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一章 若き薬師と行き倒れの青年
顔馴染みの冒険者
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◇ ◇ ◇
昼食を近くの食堂で済ませると、みなもは入り組んだ小路を進み、古びた馴染みの店へと向かう。
突き当りにある、字が消えた小さな看板がぶら下がった寂れた店。
扉を開けばフワリと店内のにおいが漂ってくる。
草の爽やかさや甘さ、鼻を刺す酸っぱさや苦み――色々と混ざり合って奇妙なにおい。普通の人間なら顔をしかめる内容だが、みなもには馴染み深く、落ち着くにおいだった。
少しだけ隠れ里の実家のにおいに似ていて、かすかにみなもの胸が痛む。
そんな心の揺れを微笑で隠しみなもは店の中へと足を踏み入れた。
店主は席を外しているらしく人の姿はなかった。
薄暗い店内は四面を棚に囲まれ、所狭しと壺やビンが置かれている。透明なビンの中から、乾燥した葉や木の実がこちらを見ている気になってしまう。
買うものは決まっているが、とても希少な掘り出し物が並ぶ時がある。
ザガットには他にも薬草を扱う店はあるが、この店ほど幅広く扱っている店はなく、みなもは贔屓にしていた。
みなもが瞳をしきりに動かして棚を見回していると、
「よお、みなも!」
突然呼びかけられると同時に、バンッと背中を叩かれ、みなもは思わず息を詰まらせる。
そしていつの間にか隣に並んだ中背の男を横目で睨んだ。
「いきなり叩いてくるなよ。馬鹿力なんだから、もっと加減しろよ浪司」
「悪い悪い。姿が見えたからつい、な。次からは気を付けるから許してくれ」
軽い調子で言いながら、浪司がにっかり歯を見せて笑う。
たくましい顎に満遍なく生えそろった不精髭。まくられた袖から見える太く硬そうな腕にも剛毛が茂っている。
適当に縛った赤毛は、所々おくれ毛が飛び出して一見するとだらしなさそうな印象を受ける。ただ、丸くて艶やかな琥珀の瞳が妙な愛嬌をたたえており、不思議と不潔さを感じさせなかった。
浪司は背負っていた荷袋を降ろすと、大きく息をつきながら首を左右に曲げた。
「ちょうどいい所に来たな、みなも。今からじーさんに品物を卸すところなんだよ。先に見るか?」
じーさんと気軽に店主を呼べるほど、浪司はこの店の常連だった。
客ではなく、品物を買い取ってもらう側。彼は冒険者で、色々な地域へ行きながら現地の薬草や薬の材料を入手し、ザガットへ立ち寄るとこの店へ卸していた。
連日のように出入りするみなもとは顔を合わせることが多く、気兼ねなく話せる仲。何より珍しい材料を買える上に情報通。みなもにとってはありがたい存在だった。
「いいの? じゃあ頼むよ」
「へへ……さあさあ、俺の戦利品をとくと見てくれ」
浪司がどっかりとあぐらをかいて座り、持ってきた手荷物を床に広げてみなもに見せてくる。
細っこい木の根や、乾燥しきってシワが寄った木の実――素人から見ればゴミとしか思えない物ばかり。しかし、みなもにとっては使える物ばかりだった。
「……ふぅん。よく見つけてきたね」
素っ気ない口ぶりとは裏腹に、みなもの口端が引き上がる。
出会った時から「俺、金欠で困ってんだよ」と泣きついてきた浪司に、珍重されて高値で取引される薬の材料の知識を教えたのはみなもだ。しっかりと覚え、こうして卸してくれるのだからありがたい。
みなもは一通り眺めて品定めをすると、にっこり笑いながら欲しいものを順に指さした。
「じゃあ……これとこれと、あと右端に並んだやつ。もちろんまけてくれるよね?」
「そりゃあお前さんだからなあ。銀貨五枚で――と言いたいところだが、今回はちょっくら物々交換させてくれねぇか? ワシは今度、北方へ冒険しに行くんだ。それで凍傷やしもやけ用の薬が欲しいんだよ」
北方――。
一瞬みなもの目が鋭くなる。
だが、すぐに緊張を解いて微笑を浮かべた。
「俺は構わないけど、それだと釣り合いが取れないな……薬を渡すついでに、夕飯をおごるよ。夕方にボラッタ食堂で待ち合わせしないか? 冒険の話もぜひ聞きたいし」
「おっしゃ! それでいいぜ。今日の晩飯確保できたから、心おきなく賭けられる!」
握り拳を作って喜ぶ浪司を、みなもは生温かい目で見つめる。
冒険だけならそこまでお金に困らないのに、いつも金欠を口にするのは賭け事のせいだ。出会ってからずっと痛い目を見続けているのに懲りないのだから、内心呆れてしまう。
まあ万年金欠のほうが足元を見て材料を安く叩くこともできるし、無理を頼むこともできる。
自分にとって賭け事好きのほうが都合はいい。
みなもは一切引き止めず、ニコリと笑って「頑張れよ」と浪司の背中を押した。
内心、仲間の手がかりが聞けるかもしれないと、わずかな希望を胸に宿しながら――。
昼食を近くの食堂で済ませると、みなもは入り組んだ小路を進み、古びた馴染みの店へと向かう。
突き当りにある、字が消えた小さな看板がぶら下がった寂れた店。
扉を開けばフワリと店内のにおいが漂ってくる。
草の爽やかさや甘さ、鼻を刺す酸っぱさや苦み――色々と混ざり合って奇妙なにおい。普通の人間なら顔をしかめる内容だが、みなもには馴染み深く、落ち着くにおいだった。
少しだけ隠れ里の実家のにおいに似ていて、かすかにみなもの胸が痛む。
そんな心の揺れを微笑で隠しみなもは店の中へと足を踏み入れた。
店主は席を外しているらしく人の姿はなかった。
薄暗い店内は四面を棚に囲まれ、所狭しと壺やビンが置かれている。透明なビンの中から、乾燥した葉や木の実がこちらを見ている気になってしまう。
買うものは決まっているが、とても希少な掘り出し物が並ぶ時がある。
ザガットには他にも薬草を扱う店はあるが、この店ほど幅広く扱っている店はなく、みなもは贔屓にしていた。
みなもが瞳をしきりに動かして棚を見回していると、
「よお、みなも!」
突然呼びかけられると同時に、バンッと背中を叩かれ、みなもは思わず息を詰まらせる。
そしていつの間にか隣に並んだ中背の男を横目で睨んだ。
「いきなり叩いてくるなよ。馬鹿力なんだから、もっと加減しろよ浪司」
「悪い悪い。姿が見えたからつい、な。次からは気を付けるから許してくれ」
軽い調子で言いながら、浪司がにっかり歯を見せて笑う。
たくましい顎に満遍なく生えそろった不精髭。まくられた袖から見える太く硬そうな腕にも剛毛が茂っている。
適当に縛った赤毛は、所々おくれ毛が飛び出して一見するとだらしなさそうな印象を受ける。ただ、丸くて艶やかな琥珀の瞳が妙な愛嬌をたたえており、不思議と不潔さを感じさせなかった。
浪司は背負っていた荷袋を降ろすと、大きく息をつきながら首を左右に曲げた。
「ちょうどいい所に来たな、みなも。今からじーさんに品物を卸すところなんだよ。先に見るか?」
じーさんと気軽に店主を呼べるほど、浪司はこの店の常連だった。
客ではなく、品物を買い取ってもらう側。彼は冒険者で、色々な地域へ行きながら現地の薬草や薬の材料を入手し、ザガットへ立ち寄るとこの店へ卸していた。
連日のように出入りするみなもとは顔を合わせることが多く、気兼ねなく話せる仲。何より珍しい材料を買える上に情報通。みなもにとってはありがたい存在だった。
「いいの? じゃあ頼むよ」
「へへ……さあさあ、俺の戦利品をとくと見てくれ」
浪司がどっかりとあぐらをかいて座り、持ってきた手荷物を床に広げてみなもに見せてくる。
細っこい木の根や、乾燥しきってシワが寄った木の実――素人から見ればゴミとしか思えない物ばかり。しかし、みなもにとっては使える物ばかりだった。
「……ふぅん。よく見つけてきたね」
素っ気ない口ぶりとは裏腹に、みなもの口端が引き上がる。
出会った時から「俺、金欠で困ってんだよ」と泣きついてきた浪司に、珍重されて高値で取引される薬の材料の知識を教えたのはみなもだ。しっかりと覚え、こうして卸してくれるのだからありがたい。
みなもは一通り眺めて品定めをすると、にっこり笑いながら欲しいものを順に指さした。
「じゃあ……これとこれと、あと右端に並んだやつ。もちろんまけてくれるよね?」
「そりゃあお前さんだからなあ。銀貨五枚で――と言いたいところだが、今回はちょっくら物々交換させてくれねぇか? ワシは今度、北方へ冒険しに行くんだ。それで凍傷やしもやけ用の薬が欲しいんだよ」
北方――。
一瞬みなもの目が鋭くなる。
だが、すぐに緊張を解いて微笑を浮かべた。
「俺は構わないけど、それだと釣り合いが取れないな……薬を渡すついでに、夕飯をおごるよ。夕方にボラッタ食堂で待ち合わせしないか? 冒険の話もぜひ聞きたいし」
「おっしゃ! それでいいぜ。今日の晩飯確保できたから、心おきなく賭けられる!」
握り拳を作って喜ぶ浪司を、みなもは生温かい目で見つめる。
冒険だけならそこまでお金に困らないのに、いつも金欠を口にするのは賭け事のせいだ。出会ってからずっと痛い目を見続けているのに懲りないのだから、内心呆れてしまう。
まあ万年金欠のほうが足元を見て材料を安く叩くこともできるし、無理を頼むこともできる。
自分にとって賭け事好きのほうが都合はいい。
みなもは一切引き止めず、ニコリと笑って「頑張れよ」と浪司の背中を押した。
内心、仲間の手がかりが聞けるかもしれないと、わずかな希望を胸に宿しながら――。
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