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一章 若き薬師と行き倒れの青年

港町の若き薬師2

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「お母さんは他にも寒気がするとか、熱っぽいとか言ってなかった?」

「んー……そういや、朝からずっと『寒い寒い』って言ってたや」

「きっと風邪だね。痛み止めの薬と一緒に体を温める薬も渡しておくよ。こっちは俺のおごりでいいから」

 軽く店主が片目を閉じ、二つの薬を手渡す。
 なぜか少年は頬を赤く染め、慌てて銅貨を一枚支払ってくれた。

「あ、ありがと、みなも兄ちゃん!」

 力一杯に手を振ると、少年は来た時と同じように駆け足で店を出て行った。

「兄ちゃん……か。そう見えているようで何より」

 みなもは小さく一笑すると、踵を返して棚を見る。

 在庫の確認をしながら、今までのことを思い出していく。

 一人になってから、もう八年も経過した。

 姉のいずみに痺れ針を打たれ、囮となるために立ち去られた後。みなもは一族の誰かが逃げ延びたかもしれないという一縷の希望にすがり、山を降りて姉たちの行方を捜した。

 最初は女児というだけで襲われそうになったり、人買いにさらわれそうにもなった。
 守り葉だったおかげで身を守る術はいくらでもあったが、頻繁に相手をするのは面倒で、姉や一族の行方を探す時間が減るのは惜しかった。だから服の下に革の胸当てを着け、男のフリをするようになった。

 おかげで襲われる回数が減り、どうにか各地を渡り歩くことができた。
 ――回数が減っただけで、男でも構わないという輩が意外と多いという現実に辟易もしたが。

 様々な町に流れ、この港町ザガットに落ち着いたのは四年ほど前のこと。
 港町ということもあり、人も物も集まりやすい。一族の情報を集めつつ、幅広い地域の薬草も手に入れられる。みなもには理想の町だった。

 薬師として生計を立てながら、少しでも気になる情報があれば、店を休んで現地へ向かう――そんな生活を続けているが、未だに一族の手がかりをつかめずにいる。

 肌の白さや顔立ちから、大陸の北方の兵士だったことは覚えている。
 しかし連れて行かれた場所が北とは限らない。別の大陸へ渡った可能性もある。

 視野を広げ、少しでも疑わしき情報を見落とすまいと心がけているが、その成果は未だに出ていなかった。

 目を閉じれば、みなもの瞼に凛として気品のある、四つ違いの姉・いずみの姿が浮かんでくる。
 両親は仕事で里を離れることが多くて、姉が母親代わりとなって面倒を見てくれた。いつも優美で温かな笑みを浮かべて――。

 目の前で両親は殺されてしまった。
 だから姉のいずみが、みなもにとって唯一の肉親。

 みなもの胸奥に浅い痛みがじわりと滲む。

「……生きていればいいけれど」

 ここで思いを馳せたところで、どうにもならない。
 みなもはため息を一つ吐き、気を取り直してから、改めて在庫の確認を進めた。
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