上 下
3 / 111
一章 若き薬師と行き倒れの青年

港町の若き薬師2

しおりを挟む
「お母さんは他にも寒気がするとか、熱っぽいとか言ってなかった?」

「んー……そういや、朝からずっと『寒い寒い』って言ってたや」

「きっと風邪だね。痛み止めの薬と一緒に体を温める薬も渡しておくよ。こっちは俺のおごりでいいから」

 軽く店主が片目を閉じ、二つの薬を手渡す。
 なぜか少年は頬を赤く染め、慌てて銅貨を一枚支払ってくれた。

「あ、ありがと、みなも兄ちゃん!」

 力一杯に手を振ると、少年は来た時と同じように駆け足で店を出て行った。

「兄ちゃん……か。そう見えているようで何より」

 みなもは小さく一笑すると、踵を返して棚を見る。

 在庫の確認をしながら、今までのことを思い出していく。

 一人になってから、もう八年も経過した。

 姉のいずみに痺れ針を打たれ、囮となるために立ち去られた後。みなもは一族の誰かが逃げ延びたかもしれないという一縷の希望にすがり、山を降りて姉たちの行方を捜した。

 最初は女児というだけで襲われそうになったり、人買いにさらわれそうにもなった。
 守り葉だったおかげで身を守る術はいくらでもあったが、頻繁に相手をするのは面倒で、姉や一族の行方を探す時間が減るのは惜しかった。だから服の下に革の胸当てを着け、男のフリをするようになった。

 おかげで襲われる回数が減り、どうにか各地を渡り歩くことができた。
 ――回数が減っただけで、男でも構わないという輩が意外と多いという現実に辟易もしたが。

 様々な町に流れ、この港町ザガットに落ち着いたのは四年ほど前のこと。
 港町ということもあり、人も物も集まりやすい。一族の情報を集めつつ、幅広い地域の薬草も手に入れられる。みなもには理想の町だった。

 薬師として生計を立てながら、少しでも気になる情報があれば、店を休んで現地へ向かう――そんな生活を続けているが、未だに一族の手がかりをつかめずにいる。

 肌の白さや顔立ちから、大陸の北方の兵士だったことは覚えている。
 しかし連れて行かれた場所が北とは限らない。別の大陸へ渡った可能性もある。

 視野を広げ、少しでも疑わしき情報を見落とすまいと心がけているが、その成果は未だに出ていなかった。

 目を閉じれば、みなもの瞼に凛として気品のある、四つ違いの姉・いずみの姿が浮かんでくる。
 両親は仕事で里を離れることが多くて、姉が母親代わりとなって面倒を見てくれた。いつも優美で温かな笑みを浮かべて――。

 目の前で両親は殺されてしまった。
 だから姉のいずみが、みなもにとって唯一の肉親。

 みなもの胸奥に浅い痛みがじわりと滲む。

「……生きていればいいけれど」

 ここで思いを馳せたところで、どうにもならない。
 みなもはため息を一つ吐き、気を取り直してから、改めて在庫の確認を進めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毒はお好きですか? 浸毒の令嬢と公爵様の結婚まで

屋月 トム伽
恋愛
産まれる前から、ライアス・ノルディス公爵との結婚が決まっていたローズ・ベラルド男爵令嬢。 結婚式には、いつも死んでしまい、何度も繰り返されるループを終わらせたくて、薬作りに没頭していた今回のループ。 それなのに、いつもと違いライアス様が毎日森の薬屋に通ってくる。その上、自分が婚約者だと知らないはずなのに、何故かデートに誘ってくる始末。 いつもと違うループに、戸惑いながらも、結婚式は近づいていき……。 ※あらすじは書き直すことがあります。 ※小説家になろう様にも投稿してます。

最弱能力「毒無効」実は最強だった!

斑目 ごたく
ファンタジー
 「毒無効」と聞いて、強い能力を思い浮かべる人はまずいないだろう。  それどころか、そんな能力は必要のないと考え、たとえ存在しても顧みられないような、そんな最弱能力と認識されているのではないか。  そんな能力を神から授けられてしまったアラン・ブレイクはその栄光の人生が一転、挫折へと転がり落ちてしまう。  ここは「ギフト」と呼ばれる特別な能力が、誰にでも授けられる世界。  そんな世界で衆目の下、そのような最弱能力を授けられてしまったアランは、周りから一気に手の平を返され、貴族としての存在すらも抹消されてしまう。  そんな絶望に耐えきれなくなった彼は姿を消し、人里離れた奥地で一人引きこもっていた。  そして彼は自分の殻に閉じこもり、自堕落な生活を送る。  そんな彼に、外の世界の情報など入ってくる訳もない。  だから、知らなかったのだ。  世界がある日を境に変わってしまったことを。  これは変わってしまった世界で最強の能力となった「毒無効」を武器に、かつて自分を見限り捨て去った者達へと復讐するアラン・ブレイクの物語。  この作品は「小説家になろう」様にも投降されています。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

悪役令嬢は毒を食べた。

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
婚約者が本当に好きだった 悪役令嬢のその後

【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi
恋愛
「愛している」と言ってくれた夫スチュワートが亡くなった。  ふたりの愛の結晶だと、周囲からも待ち望まれていた妊娠4ヶ月目の子供も失った。  夫と子供を喪い、実家に戻る予定だったミルドレッドに告げられたのは、夫の異母弟との婚姻。  夫の異母弟レナードには平民の恋人サリーも居て、ふたりは結婚する予定だった。   愛し合うふたりを不幸にしてまで、両家の縁は繋がなければならないの?  国の事業に絡んだ政略結婚だから?  早々に切り替えが出来ないミルドレッドに王都から幼い女児を連れた女性ローラが訪ねてくる。 『王都でスチュワート様のお世話になっていたんです』 『この子はあのひとの娘です』  自分と結婚する前に、夫には子供が居た……    王家主導の事業に絡んだ婚姻だったけれど、夫とは政略以上の関係を結べていたはずだった。  個人の幸せよりも家の繁栄が優先される貴族同士の婚姻で、ミルドレッドが選択した結末は……     *****  ヒロイン的には恋愛パートは亡くなった夫との回想が主で、新たな恋愛要素は少なめです。 ⚠️ ヒロインの周囲に同性愛者がいます。   具体的なシーンはありませんが、人物設定しています。   自衛をお願いいたします。  8万字を越えてしまい、長編に変更致しました。  他サイトでも公開中です

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】たとえあなたに選ばれなくても

神宮寺 あおい
恋愛
人を踏みつけた者には相応の報いを。 伯爵令嬢のアリシアは半年後に結婚する予定だった。 公爵家次男の婚約者、ルーカスと両思いで一緒になれるのを楽しみにしていたのに。 ルーカスにとって腹違いの兄、ニコラオスの突然の死が全てを狂わせていく。 義母の願う血筋の継承。 ニコラオスの婚約者、フォティアからの横槍。 公爵家を継ぐ義務に縛られるルーカス。 フォティアのお腹にはニコラオスの子供が宿っており、正統なる後継者を望む義母はルーカスとアリシアの婚約を破棄させ、フォティアと婚約させようとする。 そんな中アリシアのお腹にもまた小さな命が。 アリシアとルーカスの思いとは裏腹に2人は周りの思惑に振り回されていく。 何があってもこの子を守らなければ。 大切なあなたとの未来を夢見たいのに許されない。 ならば私は去りましょう。 たとえあなたに選ばれなくても。 私は私の人生を歩んでいく。 これは普通の伯爵令嬢と訳あり公爵令息の、想いが報われるまでの物語。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 読む前にご確認いただけると助かります。 1)西洋の貴族社会をベースにした世界観ではあるものの、あくまでファンタジーです 2)作中では第一王位継承者のみ『皇太子』とし、それ以外は『王子』『王女』としています よろしくお願いいたします。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 誤字を教えてくださる方、ありがとうございます。 読み返してから投稿しているのですが、見落としていることがあるのでとても助かります。

処理中です...