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人気のない後宮
しおりを挟む牢から連れ出されて案内された所は、四方を壁と緑に囲まれた小さな白亜の宮殿だった。
中も外も人気がない。
大きな部屋と寝室が一つずつ。あとは小さな泉のある浴場。
手入れは行き届いているし、置かれた調度品も立派だけれど、あまりに静かで寂しい場所だった。
後宮って、もっと大きくて人がいるものじゃないの?
何人もの美姫がいて、彼女たちを世話する侍女がいて、王の気を引こうと美に磨きをかけ、談笑交じりの牽制があちこちで起きている――私が宴に呼ばれて垣間見た後宮はそんな所。
案内してくれたラービーさんは、食事は部屋にあるからと案内してくれた後、すぐに去ってしまった。それはもう全身を震わせ、怯えた様子を隠せぬまま。
もっと詳しい話を聞きたかったのに。
いったいこの国がどんな所で、陛下はどんな人で、どうしてあんなにすべてに対して不信を抱いているのか。分からないことだらけで戸惑ってしまう。
仕方なく今できることをしようと考えて、私は空っぽの後宮で寂しく朝食を摂り、泉で身を清める。
破れた服はどうしようかと思っていたけれど、幸い浴場の隅にあるカゴに着替えがあった。
体の線がよく分かる薄絹の白いドレス。
身にまとえば秘所を覆う下着も、肌の色も、うっすらと透けてしまう頼りないもの。
男を誘う目的のものだと分かったけれど、我慢して着ることにした。
そして何もすることがなくなった私は、中庭へ足を運ぶ。
庭の中央にある天蓋のついた東屋へ行くと、大きく息を吸い、ひとまず声を出す。
地声、高い声、頭の頂を貫くほどの高音からの低い声――私の体という楽器の調子を確かめた後、私は歌を紡いだ。
もしかしたら獣王陛下が怒って来るかもしれない。
それでも明日まで命があるか分からないから、歌いたくてたまらなかった。
私にとって歌がすべて。
歌さえ歌えれば、それだけで充分。
本当はお金も要らないほどだけど、生きるためにお金は必要だから糧はもらう。
でも富はいらない。地位も、恋人も、家族もいらない。
この命が尽きるまで、私は歌えればいい――。
誰もいないこの場所で、私は歌への愛を捧げる歌を奏でる。すると、
「こんな所で、なんで歌ってんだ?」
どこからともなく、ぶっきらぼうな子どもの声が聞こえてくる。
「誰? どこにいるの?」
私が辺りを見回していると――。
「わっ!」
東屋の屋根から勢いよく小さい体が逆さまに現れ、大声を出してくる。
白い髪と犬耳を持った子どもの獣人。
大きな赤茶色の瞳は吊り上がり、見るからにやんちゃそうな子。
驚いて固まった私を見て、その子はニヤリと笑った。
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