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六章 おっさんにミューズはないだろ!
こんなおっさんに命をかけるな
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屋根雪が積もり、窓が半分埋もれている。わずかしか分からない中、俺は目をよく凝らしてみる。
――誰かいる。
白い世界を照らす街灯の下、こちらに近づく人影。
大きな背丈。体格は男性のものだ。荷物を背負い、雪で歩きにくそうにしながら、ゆっくりと俺の家に近づいて来ている。思わず俺は息を呑んだ。
「ライ、ナス……なのか?」
こんな雪の中を歩いて来るなんて。恐らく集落前の道路はまだ除雪されていないはず。車では来られない。となれば、町から歩いてきたと考えたほうがいい。
「あの馬鹿、何をやっているんだ!」
俺は慌てて一階へ降りて玄関へと向かう。
しかし長靴を履いて、ドアへ手をかけようとして思い留まる。
ここで受け入れてしまえばライナスのためにはならない。残酷でも突き放すべきだ。だが破門を覚悟して豪雪の中を戻ってきたほどだ。家に入れてもらえないからと引き返すか?
一度こうすると決めたら、何をしてでもやろうとする男だ。だから俺は押し切られて、アイツの温もりを知る羽目になって、すべてを許すまでになった。
俺が許さないことはしない奴だから、無断で家に入る真似はしない。きっと家の前まで来て、俺が玄関を開けるまで待ち続ける気なのだろう。
目的のために向ける凄まじい集中力は、俺が誰よりも知っている。普通なら命の危険を感じて引き下がることでも、ライナスは構わず続ける。
……ああ、くそ。だから厄介なんだ。
こんなおっさんに命をかけるな。重いだろ。外へ羽ばたいて欲しくて追い出したのに、即日凍え死ぬだなんて本末転倒だ。人の覚悟も想いも無駄にしやがって。後で嫌になるほど説教してやる。だからそのために――。
俺は心に勢いをつけてから、ガラリと玄関ドアを引き開けた。目の前は上も下も雪景色。音もなく小さな粒雪が降り続けている。
いつの間にか雪が膝上まで積もっていやがる。この調子だと、朝には腰近くまで積もるかもしれない。
今家に入れたら、またしばらく一緒だ。
思わず俺の手が震える。それが寒さのせいなのか、恐れなのか、喜びなのか、よく分からなかった。
「ライナス……っ!」
俺が名を呼びながら外へ出ていくと、ぼんやりと見える人影が一旦立ち止まる。そしてザッ、ザッ、ザッ、と雪を踏み締めながら俺に駆け寄って来た。
「カツミさんっ!」
街灯に照らされたライナスの顔は、真夏の太陽が霞みそうなほどの破顔だった。
「……っ、と、とにかく家に入れ。話はそれからだ」
「はいっ!」
俺は睨みつけて怒り顔を見せているはずなのに、ライナスが晴れやかな返事をする。昼間の別れのやり取りはなんだったんだと思わずにいられない。
一秒でも早く怒りたくて、俺はライナスの手を掴み、家へと引っ張っていく。
出てきたばかりなのに、俺の足跡にもう雪が溜まり始めている。一歩進む度に長靴の中へ雪が入る。足が冷たさを通り越して痛みを覚える。それを気にするほど俺には余裕がなかった。
なぜ戻ってきた? 俺がどんな思いでお前を送り出したと思っている。またあの痛みと向き合わせるんじゃない。
心の中でライナスの文句を散々垂れながら、俺たちは家の中へと入る。互いに雪だらけ。無言で玄関の土間で各々に体に積もった雪を払っていると、
「カツミさん……ありがとうございます」
不意にライナスから礼を告げられ、俺は息をつきながら顔を上げた。
「家の前で凍死されたら困るからな。だが、雪かきして大通りに出られるようになったら追い出すからな。そのつもりで――ライナス、お前、顔……っ!」
「え? どうしましたか?」
「顔が白くなり過ぎだ! 今すぐ風呂に入れ! そのまま寝ると死ぬぞ」
ライナスがあまりに生気が消え失せた真っ白な顔をしていて、俺はカッと目を見開いてしまう。
すぐさま家に上がり、風呂に湯が溜まるよう温水器を操作する。居間のストーブは急速点火を押し、こたつは最大出力。呆然とするライナスの上着やリュックを脱がすのを手伝い、取り敢えず上辺だけ温めさせる。
――誰かいる。
白い世界を照らす街灯の下、こちらに近づく人影。
大きな背丈。体格は男性のものだ。荷物を背負い、雪で歩きにくそうにしながら、ゆっくりと俺の家に近づいて来ている。思わず俺は息を呑んだ。
「ライ、ナス……なのか?」
こんな雪の中を歩いて来るなんて。恐らく集落前の道路はまだ除雪されていないはず。車では来られない。となれば、町から歩いてきたと考えたほうがいい。
「あの馬鹿、何をやっているんだ!」
俺は慌てて一階へ降りて玄関へと向かう。
しかし長靴を履いて、ドアへ手をかけようとして思い留まる。
ここで受け入れてしまえばライナスのためにはならない。残酷でも突き放すべきだ。だが破門を覚悟して豪雪の中を戻ってきたほどだ。家に入れてもらえないからと引き返すか?
一度こうすると決めたら、何をしてでもやろうとする男だ。だから俺は押し切られて、アイツの温もりを知る羽目になって、すべてを許すまでになった。
俺が許さないことはしない奴だから、無断で家に入る真似はしない。きっと家の前まで来て、俺が玄関を開けるまで待ち続ける気なのだろう。
目的のために向ける凄まじい集中力は、俺が誰よりも知っている。普通なら命の危険を感じて引き下がることでも、ライナスは構わず続ける。
……ああ、くそ。だから厄介なんだ。
こんなおっさんに命をかけるな。重いだろ。外へ羽ばたいて欲しくて追い出したのに、即日凍え死ぬだなんて本末転倒だ。人の覚悟も想いも無駄にしやがって。後で嫌になるほど説教してやる。だからそのために――。
俺は心に勢いをつけてから、ガラリと玄関ドアを引き開けた。目の前は上も下も雪景色。音もなく小さな粒雪が降り続けている。
いつの間にか雪が膝上まで積もっていやがる。この調子だと、朝には腰近くまで積もるかもしれない。
今家に入れたら、またしばらく一緒だ。
思わず俺の手が震える。それが寒さのせいなのか、恐れなのか、喜びなのか、よく分からなかった。
「ライナス……っ!」
俺が名を呼びながら外へ出ていくと、ぼんやりと見える人影が一旦立ち止まる。そしてザッ、ザッ、ザッ、と雪を踏み締めながら俺に駆け寄って来た。
「カツミさんっ!」
街灯に照らされたライナスの顔は、真夏の太陽が霞みそうなほどの破顔だった。
「……っ、と、とにかく家に入れ。話はそれからだ」
「はいっ!」
俺は睨みつけて怒り顔を見せているはずなのに、ライナスが晴れやかな返事をする。昼間の別れのやり取りはなんだったんだと思わずにいられない。
一秒でも早く怒りたくて、俺はライナスの手を掴み、家へと引っ張っていく。
出てきたばかりなのに、俺の足跡にもう雪が溜まり始めている。一歩進む度に長靴の中へ雪が入る。足が冷たさを通り越して痛みを覚える。それを気にするほど俺には余裕がなかった。
なぜ戻ってきた? 俺がどんな思いでお前を送り出したと思っている。またあの痛みと向き合わせるんじゃない。
心の中でライナスの文句を散々垂れながら、俺たちは家の中へと入る。互いに雪だらけ。無言で玄関の土間で各々に体に積もった雪を払っていると、
「カツミさん……ありがとうございます」
不意にライナスから礼を告げられ、俺は息をつきながら顔を上げた。
「家の前で凍死されたら困るからな。だが、雪かきして大通りに出られるようになったら追い出すからな。そのつもりで――ライナス、お前、顔……っ!」
「え? どうしましたか?」
「顔が白くなり過ぎだ! 今すぐ風呂に入れ! そのまま寝ると死ぬぞ」
ライナスがあまりに生気が消え失せた真っ白な顔をしていて、俺はカッと目を見開いてしまう。
すぐさま家に上がり、風呂に湯が溜まるよう温水器を操作する。居間のストーブは急速点火を押し、こたつは最大出力。呆然とするライナスの上着やリュックを脱がすのを手伝い、取り敢えず上辺だけ温めさせる。
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