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四章 試練と不調と裸の付き合い
誰よりも最初に認めてもらいたい
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どうやら無防備過ぎる辻口は、濱中にとっては刺激が強すぎたらしい。今も全裸で堂々とする辻口を直視できず、濱中の目が泳いでいる。これ以上は彼の目には毒だ。
「ありがとな、濱中。じゃあ辻口、さっさと入って出るぞ」
「分かった。じゃあ頼んだぞー濱中」
何も知らない辻口が濱中に近づき、肩をポンポン叩いてから浴場へ向かい出す。
罪作りな奴だ、と辻口に思う日が来るなんて……。息をついてから俺も立ち上がり、ライナスを見る。
「じゃあ行ってくる。しっかり休んでいてくれ」
「はい、待ってます。早く家に帰りたいです」
にこやかに微笑むライナスの目に、明らかな熱が宿っている。
俺だけに向けた、俺にしか分からない気配。危うく「コラ」と言いかけて、どうにか飲み込む。
頼むから不意打ちで俺を動揺させないでくれ。せめて人前だけはやめてくれ。頼むから。
切実にそう思いながら、俺は浴場へ向かった。
帰りの車の中は静かだった。いつもなら行きも帰りもライナスが俺に話しかけ、俺が相槌を打つなりツッコミを入れるなりするが、今日に限って無言だった。
山のほうへ向かう間際の信号で停まっている間、俺は横目で助手席のライナスを見やる。やけに引き締まった横顔でドキリとした。
真っ直ぐに先を見据えている目。総湯で倒れたことを落ち込んでいるようには見えない。ふと気になって俺からライナスに話を振った。
「何か考え事でもしているのか?」
「はい。カツミさんとの先を、考えていました」
「あんな豪雪でヘクサも多い辺境で、ずっと俺と一緒なんてつまらんだろ?」
「ずっと二人だけでいられるなんて、サイコーです!」
溜めなしの即答に思わず俺は吹き出してしまう。
「普通は俺みたいなおっさんと二人きりなんて、むさ苦しくて遠慮したいもんだがな」
「ワタシにとっては大切なミューズで、たったひとりの愛しい人です」
ライナスらしい答え。もう疑いも反論も俺からは出ない。そして普段なら恥ずかしくて何も言い返さないが、今日だけは俺の口も軽くなる。
「俺も……後にも先にも、お前だけだ」
「ではさっきの答えはイエスですか?」
「保留だ。まず目的を果たさんと、どうしようもないだろ」
「頑張ります! ローレンにも、他の人にも、認めてもらいます」
不意に視界の横で、ライナスがこちらを向く動きをとらえる。
そして身を乗り出し肩を叩かれて振り向けば――チュッ、と音を立てながら軽く唇を奪われた。
もう辺りは薄暗く、前後に車はない。それでも俺の羞恥を煽るには十分だった。
「ライナス、お前……っ」
「カツミさんにも、絶対に認めてもらえる物を作ります。誰よりも最初に、カツミさんに認めてもらいたいです」
言いたいことだけ言って、ライナスはさっさと助手席へ座り直す。停止中でも運転している時はやめろ、と言いたかったが、あいにく信号が青になり、走り出すしかなかった。
「ありがとな、濱中。じゃあ辻口、さっさと入って出るぞ」
「分かった。じゃあ頼んだぞー濱中」
何も知らない辻口が濱中に近づき、肩をポンポン叩いてから浴場へ向かい出す。
罪作りな奴だ、と辻口に思う日が来るなんて……。息をついてから俺も立ち上がり、ライナスを見る。
「じゃあ行ってくる。しっかり休んでいてくれ」
「はい、待ってます。早く家に帰りたいです」
にこやかに微笑むライナスの目に、明らかな熱が宿っている。
俺だけに向けた、俺にしか分からない気配。危うく「コラ」と言いかけて、どうにか飲み込む。
頼むから不意打ちで俺を動揺させないでくれ。せめて人前だけはやめてくれ。頼むから。
切実にそう思いながら、俺は浴場へ向かった。
帰りの車の中は静かだった。いつもなら行きも帰りもライナスが俺に話しかけ、俺が相槌を打つなりツッコミを入れるなりするが、今日に限って無言だった。
山のほうへ向かう間際の信号で停まっている間、俺は横目で助手席のライナスを見やる。やけに引き締まった横顔でドキリとした。
真っ直ぐに先を見据えている目。総湯で倒れたことを落ち込んでいるようには見えない。ふと気になって俺からライナスに話を振った。
「何か考え事でもしているのか?」
「はい。カツミさんとの先を、考えていました」
「あんな豪雪でヘクサも多い辺境で、ずっと俺と一緒なんてつまらんだろ?」
「ずっと二人だけでいられるなんて、サイコーです!」
溜めなしの即答に思わず俺は吹き出してしまう。
「普通は俺みたいなおっさんと二人きりなんて、むさ苦しくて遠慮したいもんだがな」
「ワタシにとっては大切なミューズで、たったひとりの愛しい人です」
ライナスらしい答え。もう疑いも反論も俺からは出ない。そして普段なら恥ずかしくて何も言い返さないが、今日だけは俺の口も軽くなる。
「俺も……後にも先にも、お前だけだ」
「ではさっきの答えはイエスですか?」
「保留だ。まず目的を果たさんと、どうしようもないだろ」
「頑張ります! ローレンにも、他の人にも、認めてもらいます」
不意に視界の横で、ライナスがこちらを向く動きをとらえる。
そして身を乗り出し肩を叩かれて振り向けば――チュッ、と音を立てながら軽く唇を奪われた。
もう辺りは薄暗く、前後に車はない。それでも俺の羞恥を煽るには十分だった。
「ライナス、お前……っ」
「カツミさんにも、絶対に認めてもらえる物を作ります。誰よりも最初に、カツミさんに認めてもらいたいです」
言いたいことだけ言って、ライナスはさっさと助手席へ座り直す。停止中でも運転している時はやめろ、と言いたかったが、あいにく信号が青になり、走り出すしかなかった。
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