56 / 79
四章 試練と不調と裸の付き合い
距離を縮める方法
しおりを挟む
◇ ◇ ◇
漆芸館が閉館した後、俺たちは辻口に連れられ、よく馴染んた所へ向かうことになった。
町の中心にある山ノ中自慢の総湯。大きな建物が三つあり、男湯、女湯、家族風呂と分かれている。中でも男湯は一番大きな建物で、町の中央にドンと建っている。
他県から来る者は中の広さに驚くが、俺たち地元民には当たり前。町が誇る名物のひとつ。その見慣れた漆喰の壁の建物を見上げてから、俺は辻口にしかめっ面を見せた。
「辻口……なぜ総湯に?」
俺と同様、ライナスも不思議そうな眼差しを辻口に送っている。閉館時に居合わせて辻口に誘われた濱中も困惑の色を見せている――動揺しているな、濱中。
辻口に片想いしている濱中を気にしながら返事を待っていると、辻口はニンマリと悪戯好きな少年の顔になった。
「水仲さんと裸の付き合いをするんだよ。何回も繰り返せば、今よりは距離が縮まるぞ」
「「「えっ?」」」
思わず辻口以外の全員が声を上げてしまう。
突然ガバッとライナスが俺を抱き寄せ、激しく首を横に振りまくった。
「そんなことできません! カツミさんにもして欲しくないです! ハダカの付き合いは、カツミさんとだけ――」
「おいっ、誤解するな! 一緒に風呂に入るだけだ。それ以上変なことは口走るな……っ」
慌てて俺がライナスの口を押えて訴えると、ちゃんと意味を理解したらしく、安堵で顔を緩ませる。分かってくれたかとホッとして手を離したが、
「でも他の人に、カツミさんの肌を見せたくないです」
「こっちでやっていく気があるなら慣れろ! あと、そういうことは、二人きりの時に言え……ああ、くそ……っ」
頭が痛くなることを言われ、俺は顔を熱くしながらライナスを睨む。
怒られてシュンとなるライナスから目を逸らせると、一部始終を見ていた辻口と濱中が、微笑ましいものを見る眼差しを向けていることに気づく。
……勘弁してくれ。心の中で頭を抱えていると、辻口がライナスに笑いかける。
「気持ちは分かるが、水仲さんみたいな昔気質な人とやっていくには、総湯で顔を合わせるのは効果的だぞ。温泉は体にも良いし、しばらく通ってみてくれ」
「狙いは分かったが、水仲さんが利用する時間帯が分からないと合わせられんぞ?」
俺の問いかけに辻口がビシッと親指を立てた。
「それは俺に任せてくれ。取り敢えず中に入ろう」
この中でひとりだけはしゃいだ様子で辻口は男湯を顎でしゃくる。それから濱中を手招いた。
「濱中と総湯に来るのも久しぶりだな。良かったら背中流してくれないか?」
「……はい、喜んで」
強張った表情だが、濱中の口元が緩んでいる。俺からは何もしてやれないが、嬉しいようで良かった。
先に中へ入っていく二人に続いて、俺とライナスも並んで青い『ゆ』の暖簾をくぐる。
すぐに発券し、番台で券や定期を確認するじいさん――俺が子供の頃からいる――に渡す際、辻口がヒョイと気軽に尋ねた。
「今日、水仲のじーちゃん来てる?」
「おー辻口のぼっちゃん、よう来たんなあ。水仲のじぃじ、まだ来とらんよ。いつもあと一時間後ぐらいに来とるわ」
「そっかあ。あんやとな。ゆっくり風呂入りながら待たせてもらうな」
後ろでやり取りを聞きながら、個人情報筒抜けだな……と俺は遠い目をする。
漆芸館が閉館した後、俺たちは辻口に連れられ、よく馴染んた所へ向かうことになった。
町の中心にある山ノ中自慢の総湯。大きな建物が三つあり、男湯、女湯、家族風呂と分かれている。中でも男湯は一番大きな建物で、町の中央にドンと建っている。
他県から来る者は中の広さに驚くが、俺たち地元民には当たり前。町が誇る名物のひとつ。その見慣れた漆喰の壁の建物を見上げてから、俺は辻口にしかめっ面を見せた。
「辻口……なぜ総湯に?」
俺と同様、ライナスも不思議そうな眼差しを辻口に送っている。閉館時に居合わせて辻口に誘われた濱中も困惑の色を見せている――動揺しているな、濱中。
辻口に片想いしている濱中を気にしながら返事を待っていると、辻口はニンマリと悪戯好きな少年の顔になった。
「水仲さんと裸の付き合いをするんだよ。何回も繰り返せば、今よりは距離が縮まるぞ」
「「「えっ?」」」
思わず辻口以外の全員が声を上げてしまう。
突然ガバッとライナスが俺を抱き寄せ、激しく首を横に振りまくった。
「そんなことできません! カツミさんにもして欲しくないです! ハダカの付き合いは、カツミさんとだけ――」
「おいっ、誤解するな! 一緒に風呂に入るだけだ。それ以上変なことは口走るな……っ」
慌てて俺がライナスの口を押えて訴えると、ちゃんと意味を理解したらしく、安堵で顔を緩ませる。分かってくれたかとホッとして手を離したが、
「でも他の人に、カツミさんの肌を見せたくないです」
「こっちでやっていく気があるなら慣れろ! あと、そういうことは、二人きりの時に言え……ああ、くそ……っ」
頭が痛くなることを言われ、俺は顔を熱くしながらライナスを睨む。
怒られてシュンとなるライナスから目を逸らせると、一部始終を見ていた辻口と濱中が、微笑ましいものを見る眼差しを向けていることに気づく。
……勘弁してくれ。心の中で頭を抱えていると、辻口がライナスに笑いかける。
「気持ちは分かるが、水仲さんみたいな昔気質な人とやっていくには、総湯で顔を合わせるのは効果的だぞ。温泉は体にも良いし、しばらく通ってみてくれ」
「狙いは分かったが、水仲さんが利用する時間帯が分からないと合わせられんぞ?」
俺の問いかけに辻口がビシッと親指を立てた。
「それは俺に任せてくれ。取り敢えず中に入ろう」
この中でひとりだけはしゃいだ様子で辻口は男湯を顎でしゃくる。それから濱中を手招いた。
「濱中と総湯に来るのも久しぶりだな。良かったら背中流してくれないか?」
「……はい、喜んで」
強張った表情だが、濱中の口元が緩んでいる。俺からは何もしてやれないが、嬉しいようで良かった。
先に中へ入っていく二人に続いて、俺とライナスも並んで青い『ゆ』の暖簾をくぐる。
すぐに発券し、番台で券や定期を確認するじいさん――俺が子供の頃からいる――に渡す際、辻口がヒョイと気軽に尋ねた。
「今日、水仲のじーちゃん来てる?」
「おー辻口のぼっちゃん、よう来たんなあ。水仲のじぃじ、まだ来とらんよ。いつもあと一時間後ぐらいに来とるわ」
「そっかあ。あんやとな。ゆっくり風呂入りながら待たせてもらうな」
後ろでやり取りを聞きながら、個人情報筒抜けだな……と俺は遠い目をする。
1
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる