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四章 試練と不調と裸の付き合い
目的のために
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俺の発言に全員が固まる。
自分でもかなり無謀なことを言ってるのは分かる。何年もかけて技術を学び、勘を養い、身をもって漆との付き合い方を学んでいくのを、一年経たずで身につけさせるなんて、我ながら馬鹿な発言だ。
だがライナスの筋はいい。何より集中力の化け物だ。コツをもったいぶらずに教えれば、きっと――。
「ライナス、やれるか?」
俺に話を振られ、即座にライナスは頷く。
「やります。カツミさん、お願いします」
まだ了承していないのに、俺たちだけで勝手に決める流れになってしまい、ローレンさんがわずかにオロオロする。しかしすぐに調子を戻し、俺を睨みつけた。
「上手くできたとしても、せいぜい数万から数十万でしょう? ビジネスとして考えると、絵画よりお金を生みませんね。それを私が認めても損をするだけ――」
「漆芸で絵を描くこともできます。作るかどうかは分かりませんが、ライナスの知名度が既にあるなら、絵を入れて高く売ることはできるかと」
「……絵、描けるのですか?」
ローレンさんの目が点になる。異国の伝統工芸に詳しい人などなかなかいない。彼女が蒔絵を知らなくて当然だ。俺はしっかりと頷く。
「金や螺鈿などで模様を付けたり、風景を描いたり、虫や動物を描いたりもできます。どんな内容になるかは本人のセンス次第ですね」
ローレンさんは何度も小さく頷いた後、ライナスに向けて早口に何かを伝える。
俺の隣で「おっ」と辻口が声を上げた。
「必ずクライアントが納得できるものを作りなさい、って言ってるな。良かった。克己の提案を呑んでくれたみたいだな」
納得してくれたなら良かったと胸を撫で下ろしていると、
「ミスター幸正」
ローレンさんに呼ばれて目を合わせると、彼女はニヤリと笑った。
「必ず彼に素晴らしい作品を作れるよう、教えて下さい。そのためなら手取り足取り、何をされても構いませんから」
「もちろんそのつもりです。ライナスには覚悟してもらいます」
俺の返事を聞き、ローレンさんは再度俺に手を差し出してくる。
つい先ほど不本意そうなやり取りをしたが、それとは明らかに重みが違う。
必ず売れる作品を作れ、というプレッシャー。望む所だと挑むように俺はローレンさんと固い握手を交わした。
漆芸館から出て、スーパーで食材を買い込んだ後の帰り道。俺は運転しながら口数が少ないライナスへ話しかけた。
「今日の件で時間がなくなったから、死ぬ気で頑張ってもらうぞ」
「……はい。よろしくお願いします!」
間は空いたが、ライナスから良い返事が飛んでくる。これなら教えている最中は、漆芸に必死に打ち込んでくれるだろう。後は集中力の純度を高めてやれば、きっとライナスは著しく伸びるはず。そのためにはなるべく我慢させないほうがいい。
俺は素早くこれからの方針と考えをまとめると、さらりと自分の覚悟の現れを見せた。
「漆芸に専念してもらいたいから、俺に対しての我慢はしなくていい。抱きたかったら抱け。手を出されても文句は言わん」
「えっ、カツミ、さん?」
「ムラムラしてたら漆に集中できんだろ。適度に発散して、昼間はしっかり学べ」
言いながら俺は、羞恥で頭をハンドルに打ち付けたくなる。
俺がここまでする必要はあるのか? と思いたくもなるが、ライナスにはよく効くだろう。俺の言動ひとつでやる気を跳ね上げることも、嘆き悲しんで物事が疎かになることもあるような奴だ。目的を果たすためなら、俺の体も利用してやる。使えるものはなんだって使ってやる。
てっきり大喜びするかと思ったが、ライナスはしばらく口ごもり、家へ到着する間際に「ありがとう、ございます」と礼を告げてくれた。
家より少し離れた空き地――俺たちで雪を退かした所へ車を停めると、降りようとして各々にドアを開く。ライナスの動きは油の足りない玩具のようにぎこちなかった。
自分でもかなり無謀なことを言ってるのは分かる。何年もかけて技術を学び、勘を養い、身をもって漆との付き合い方を学んでいくのを、一年経たずで身につけさせるなんて、我ながら馬鹿な発言だ。
だがライナスの筋はいい。何より集中力の化け物だ。コツをもったいぶらずに教えれば、きっと――。
「ライナス、やれるか?」
俺に話を振られ、即座にライナスは頷く。
「やります。カツミさん、お願いします」
まだ了承していないのに、俺たちだけで勝手に決める流れになってしまい、ローレンさんがわずかにオロオロする。しかしすぐに調子を戻し、俺を睨みつけた。
「上手くできたとしても、せいぜい数万から数十万でしょう? ビジネスとして考えると、絵画よりお金を生みませんね。それを私が認めても損をするだけ――」
「漆芸で絵を描くこともできます。作るかどうかは分かりませんが、ライナスの知名度が既にあるなら、絵を入れて高く売ることはできるかと」
「……絵、描けるのですか?」
ローレンさんの目が点になる。異国の伝統工芸に詳しい人などなかなかいない。彼女が蒔絵を知らなくて当然だ。俺はしっかりと頷く。
「金や螺鈿などで模様を付けたり、風景を描いたり、虫や動物を描いたりもできます。どんな内容になるかは本人のセンス次第ですね」
ローレンさんは何度も小さく頷いた後、ライナスに向けて早口に何かを伝える。
俺の隣で「おっ」と辻口が声を上げた。
「必ずクライアントが納得できるものを作りなさい、って言ってるな。良かった。克己の提案を呑んでくれたみたいだな」
納得してくれたなら良かったと胸を撫で下ろしていると、
「ミスター幸正」
ローレンさんに呼ばれて目を合わせると、彼女はニヤリと笑った。
「必ず彼に素晴らしい作品を作れるよう、教えて下さい。そのためなら手取り足取り、何をされても構いませんから」
「もちろんそのつもりです。ライナスには覚悟してもらいます」
俺の返事を聞き、ローレンさんは再度俺に手を差し出してくる。
つい先ほど不本意そうなやり取りをしたが、それとは明らかに重みが違う。
必ず売れる作品を作れ、というプレッシャー。望む所だと挑むように俺はローレンさんと固い握手を交わした。
漆芸館から出て、スーパーで食材を買い込んだ後の帰り道。俺は運転しながら口数が少ないライナスへ話しかけた。
「今日の件で時間がなくなったから、死ぬ気で頑張ってもらうぞ」
「……はい。よろしくお願いします!」
間は空いたが、ライナスから良い返事が飛んでくる。これなら教えている最中は、漆芸に必死に打ち込んでくれるだろう。後は集中力の純度を高めてやれば、きっとライナスは著しく伸びるはず。そのためにはなるべく我慢させないほうがいい。
俺は素早くこれからの方針と考えをまとめると、さらりと自分の覚悟の現れを見せた。
「漆芸に専念してもらいたいから、俺に対しての我慢はしなくていい。抱きたかったら抱け。手を出されても文句は言わん」
「えっ、カツミ、さん?」
「ムラムラしてたら漆に集中できんだろ。適度に発散して、昼間はしっかり学べ」
言いながら俺は、羞恥で頭をハンドルに打ち付けたくなる。
俺がここまでする必要はあるのか? と思いたくもなるが、ライナスにはよく効くだろう。俺の言動ひとつでやる気を跳ね上げることも、嘆き悲しんで物事が疎かになることもあるような奴だ。目的を果たすためなら、俺の体も利用してやる。使えるものはなんだって使ってやる。
てっきり大喜びするかと思ったが、ライナスはしばらく口ごもり、家へ到着する間際に「ありがとう、ございます」と礼を告げてくれた。
家より少し離れた空き地――俺たちで雪を退かした所へ車を停めると、降りようとして各々にドアを開く。ライナスの動きは油の足りない玩具のようにぎこちなかった。
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