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四章 試練と不調と裸の付き合い

異邦からの来客

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 しばらく雪かきを手伝った後、事務所でお茶をもらい、休憩している時だった。

「館長、すみません。ちょっと来て頂けますか?」

 館内スタッフの女性がドアから顔を出し、俺の向かい側に座っていた辻口を手招く。

「分かった、すぐ行く。克己たちはゆっくりしていてくれ」

 立ち上がった瞬間に、辻口の緩み切っていた顔が外部用に引き締まる。この切り替えは俺には真似できない。

 立派な館長の風格を漂わせながら事務所を出ていく辻口を見送ってから、俺はボソリと呟く。

「昔から外面は良いんだ。中身は面白いもの好きのガキのままなのに……」

「そう言えるのは幸正さんだけですよ。さすが館長の幼なじみです」

 ズッ、と茶をすすってから濱中が言葉を返す。俺に妬いているのかと一瞬考えたが、濱中の顔は穏やかだ。どうやら心から感心しているらしい。

 もう隠す気はないと察し、俺は考えてしまったことをそのまま漏らす。

「アイツはなかなか手強いぞ。何年も前に離婚して独り身だが、娘さんと漆器業界のことしか考えていないヤツだ。あと致命的に自分の恋愛に鈍い。あんなに鈍いとは……」

「知っています。でも、それがあの人の魅力ですから。鈍いから近くで支え続けることができますし」

 うっすらと笑う濱中から憂いはまったく感じない。辻口の人柄も事情もすべて受け入れているからこそできる顔だ。あまりに報われないと苦しむことも多々あるだろうに。

 濱中にはライナス共々世話になった。何かしら礼ができればと、俺は小声で告げる。

「アイツのことで知りたいことがあったら、いつでも頼ってくれ」

「ありがとうございます。じゃあ今度、卒業アルバム見せて下さい。昔の姿を見たいです」

 互いに事情が分かっている者同士になったためか、濱中が遠慮なく俺に頼みごとをしてくる。押し入れに片付けてあることを思い出して頷くと、

「ワタシも見たいです! 小さいカツミさん、見たいです!」

 隣に座っていたライナスが俺に振り向き、身を乗り出して訴えてくる。予想以上のがっつきぶりに軽く引いてしまう。

「見ても面白くもなんともないぞ。我ながら可愛げのない子どもだったと思うし」

「今度、絵に描いて飾りたいです」

「ライナス、やめろっ。お前の才能を無駄に使うな!」

 どんな風に描いてくれるのかと胸が騒いでしまうが、俺の子供の頃の姿を見ても嬉しくない。むしろ直視できないほど恥ずかしい。

 本気で焦る俺をよそに、濱中がライナスへ熱視線を送る。

「俺も小さい館長を描いて欲しい」

「オッケーです。描きます!」

 即座に親指を立てて受け容れてしまうライナスへ、濱中が満足そうに大きく頷く。

 二人とも、少し落ち着け。まさかこんな調子で意思疎通して、交流を深めていたのか?
 このまま固い握手でも交わしそうな勢いを感じている最中、ガチャ、とドアが開く。ノックもなく開けるなんてよほど焦っているのかと思っていたら、入ってきたのは軽く息を切らした辻口だった。

 ライナスのほうに目を向け、辻口は困ったように眉をひそめる。

「ライナス、君に来客だ。すぐに来て欲しい」

「えっ、ワタシにお客さん?」

「ローレンさん……よく知っている人だろ?」

 俺にはまったく聞き覚えのない名前。しかしライナスはハッと息を引き、勢いよく立ち上がる。

「彼女が来ているのですか!」

「イギリスからわざわざ来たと言っていた。早くライナスを出せと、かなり苛立っている……どうする?」

 辻口が口早に尋ねてくる。こんなに焦りを見せるのは珍しい。顔をライナスに向ければ、驚きというより絶望したような表情を浮かべてドキリとする。

 無性に嫌な予感を覚えていると、強張った顔が俺を見やる。目が合った瞬間、ライナスの顔つきが引き締まった。

「行きます。カツミさん、ここで待っていて下さい」
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