46 / 79
四章 試練と不調と裸の付き合い
日常が日常にならなくて
しおりを挟む
◇ ◇ ◇
雪が落ち着き、町に出られるようになったのは、一緒に寝るようになって二日後だった。
非番の日だったが挨拶も兼ねて漆芸館へ向かうと、雪かき中の辻口と濱中に会うことができた。
「おお克己、出られるようになったか!」
車を降りた俺たちに気づき、辻口が駆け寄ろうとする。
日陰はまだ凍っている。不用意に走ると足を滑らせてしまう。気をつけろと俺が言うよりも早く、辻口は足を滑らせて前に倒れかけた。
「わわっ」
言わんこっちゃない、と目を覆いたくなったその時――ガッ。いつの間にか駆け付けていた濱中が、辻口の腹部に腕を入れ、見事に転倒を防いでいた。
「大丈夫ですか、館長?」
「た、助かったぁぁ……ありがとうな、濱中」
ふにゃりと辻口が強張った顔を笑顔に緩め、濱中を見上げながら礼を告げる。俺も安堵で胸を撫で下ろしていると、濱中が「いえ……」と愛想なく応える。
今までなら相変わらず反応が薄いな、としか思わなかっただろう。しかしライナスと触れ合うようになり、濱中の事情を知った今、俺は気づいてしまう。
濱中が腕の中にいる迂闊なおっさんを見つめる眼差しに、熱がこもっていることを――。
濱中、お前が惹かれている相手は……そいつなのか?
思わず頬を引きつらせた俺に気づいた濱中の口元に、フッと苦笑が浮かぶ。
……俺を選んだライナスもそうだが、お前もなかなかに趣味が悪かったんだな、濱中。
心の中で思わずそう呟いていると、何も知らない辻口がその場へ立ち直し、今度は慎重に歩いて俺たちの所へ近づいてきた。
「いやあ、今日も濱中のおかげで助かった」
「今日も、だと?」
「ここ最近の豪雪で雪かき三昧なんだけどな、こうやって何度も転びそうになってんだよ。いやー、もう若くないなー。でも、その度に濱中が助けてくれてな」
「もう少し歩き方を考えろ。年のせいにするな、辻口」
「分かってるよ。ただ雪が積もる前の歩き方が抜けなくて、つい、な」
笑いながら頭を掻く辻口の隣で、濱中が小さなため息をつく。
「気を付けて下さい館長。貴方に万が一のことがあったら大変なんです。自分を大事にして下さい」
淡々とした声だが、濱中の切実で優しい心が垣間見える。それなのに、
「俺は昔から迂闊でこんなヤツだから。また助けてくれ、濱中」
明らかに冗談で流そうとする辻口に、俺が呆れてしまう。濱中からは仕方ないと諦めの気配。そして、この悪ふざけのノリも愛おしいと言いたげな目線を辻口に送る。
なんて愛が深い。なのに辻口はまったく気づかないまま、俺とライナスを見交わす。
「おっ、雪に閉じ込められて距離が縮まったか?」
「……っ、な、なんで急にそんなことを」
「だって立ち位置が前より近いから。一目瞭然だろ」
辻口に指摘されて俺はハッとなる。
俺のすぐ斜め後ろにライナスが立っている。体温までは分からずとも気配が近い。最近はこれぐらいの距離感が当たり前だ。
チラリとライナスを見やれば、惚気たようにニンマリしている。対して俺は顔が熱い。多分赤くなっている。動揺を隠せない俺を見て、辻口が吹き出した。
「そこまで恥ずかしがらなくてもいいだろ。仲良し師弟、良いじゃないか」
……辻口、お前、鈍かったんだな。
四十にして辻口の新たな面に気づくあたり、俺も鈍いと思わずにいられなかった。大きく息をついてから、俺はライナスに振り向く。
「手分けして雪かきするぞ。手伝ってくれ」
「はいっ、カツミさん!」
今までと同じ笑顔の返事――だが、眩しさが増して見えるのは日を浴びた雪の輝きのせいだろうか。自分の口元が緩んでしまうのを辻口たちに見られたくなくて、俺は足早にシャベルを取りに行く。
ついて来たライナスが俺の顔を覗き込み、小さく笑う。
「カツミさん、可愛いです」
「くっ……外で、言うな」
日常が日常にならないことに羞恥を覚えつつ、俺はライナスの頭を軽く小突いた。
雪が落ち着き、町に出られるようになったのは、一緒に寝るようになって二日後だった。
非番の日だったが挨拶も兼ねて漆芸館へ向かうと、雪かき中の辻口と濱中に会うことができた。
「おお克己、出られるようになったか!」
車を降りた俺たちに気づき、辻口が駆け寄ろうとする。
日陰はまだ凍っている。不用意に走ると足を滑らせてしまう。気をつけろと俺が言うよりも早く、辻口は足を滑らせて前に倒れかけた。
「わわっ」
言わんこっちゃない、と目を覆いたくなったその時――ガッ。いつの間にか駆け付けていた濱中が、辻口の腹部に腕を入れ、見事に転倒を防いでいた。
「大丈夫ですか、館長?」
「た、助かったぁぁ……ありがとうな、濱中」
ふにゃりと辻口が強張った顔を笑顔に緩め、濱中を見上げながら礼を告げる。俺も安堵で胸を撫で下ろしていると、濱中が「いえ……」と愛想なく応える。
今までなら相変わらず反応が薄いな、としか思わなかっただろう。しかしライナスと触れ合うようになり、濱中の事情を知った今、俺は気づいてしまう。
濱中が腕の中にいる迂闊なおっさんを見つめる眼差しに、熱がこもっていることを――。
濱中、お前が惹かれている相手は……そいつなのか?
思わず頬を引きつらせた俺に気づいた濱中の口元に、フッと苦笑が浮かぶ。
……俺を選んだライナスもそうだが、お前もなかなかに趣味が悪かったんだな、濱中。
心の中で思わずそう呟いていると、何も知らない辻口がその場へ立ち直し、今度は慎重に歩いて俺たちの所へ近づいてきた。
「いやあ、今日も濱中のおかげで助かった」
「今日も、だと?」
「ここ最近の豪雪で雪かき三昧なんだけどな、こうやって何度も転びそうになってんだよ。いやー、もう若くないなー。でも、その度に濱中が助けてくれてな」
「もう少し歩き方を考えろ。年のせいにするな、辻口」
「分かってるよ。ただ雪が積もる前の歩き方が抜けなくて、つい、な」
笑いながら頭を掻く辻口の隣で、濱中が小さなため息をつく。
「気を付けて下さい館長。貴方に万が一のことがあったら大変なんです。自分を大事にして下さい」
淡々とした声だが、濱中の切実で優しい心が垣間見える。それなのに、
「俺は昔から迂闊でこんなヤツだから。また助けてくれ、濱中」
明らかに冗談で流そうとする辻口に、俺が呆れてしまう。濱中からは仕方ないと諦めの気配。そして、この悪ふざけのノリも愛おしいと言いたげな目線を辻口に送る。
なんて愛が深い。なのに辻口はまったく気づかないまま、俺とライナスを見交わす。
「おっ、雪に閉じ込められて距離が縮まったか?」
「……っ、な、なんで急にそんなことを」
「だって立ち位置が前より近いから。一目瞭然だろ」
辻口に指摘されて俺はハッとなる。
俺のすぐ斜め後ろにライナスが立っている。体温までは分からずとも気配が近い。最近はこれぐらいの距離感が当たり前だ。
チラリとライナスを見やれば、惚気たようにニンマリしている。対して俺は顔が熱い。多分赤くなっている。動揺を隠せない俺を見て、辻口が吹き出した。
「そこまで恥ずかしがらなくてもいいだろ。仲良し師弟、良いじゃないか」
……辻口、お前、鈍かったんだな。
四十にして辻口の新たな面に気づくあたり、俺も鈍いと思わずにいられなかった。大きく息をついてから、俺はライナスに振り向く。
「手分けして雪かきするぞ。手伝ってくれ」
「はいっ、カツミさん!」
今までと同じ笑顔の返事――だが、眩しさが増して見えるのは日を浴びた雪の輝きのせいだろうか。自分の口元が緩んでしまうのを辻口たちに見られたくなくて、俺は足早にシャベルを取りに行く。
ついて来たライナスが俺の顔を覗き込み、小さく笑う。
「カツミさん、可愛いです」
「くっ……外で、言うな」
日常が日常にならないことに羞恥を覚えつつ、俺はライナスの頭を軽く小突いた。
1
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる