おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい

文字の大きさ
上 下
41 / 79
三章 ライナスのぬくもりに溶かされて

雪中の贈り物

しおりを挟む
   ◇ ◇ ◇

 雪は二日ほど降り続いた。

 玄関を開ければ、俺の目線と同じくらいの雪の壁。せめて万が一の時のためにメインの道路に出られるよう、そこまでの道をライナスに雪かきしてもらう。

 俺は屋根に上って黙々と雪を降ろしていく。体に負担がかからぬよう、シャベルでブロック状に雪を切り、小さめにすくい取って下の庭へ落とす。

 奥行きのある古民家。やたらと広い庭に雪を落とし続ければ、ソリのすべり台を作るのも、かまくらもたやすく作れる。子どもの頃によく作ったものだと思い返していると、ライナスが屋根に上ってきた。

「カツミさん、手伝います」

「道はちゃんと空けられたのか?」

「はい! せっかくなので雪の壁を飾ってみました」

 飾った? ものすごく気になるんだが……。
 ライナスのセンスはよく知っている。一ファンとしてときめいてしまう。

 すぐ屋根から下りたい気持ちを抑え、ライナスに雪降ろしを教えていく。やはり二人でやれば負担は半分――いや、俺より若くて体力がある分、ライナスのほうが量をこなしている。

 いつもなら丸一日の作業になるところ、昼過ぎには雪降ろしを終えることができた。

 俺は屋根から下りてすぐ、ライナスが頑張って作ってくれた雪の道へ向かう。
 人が余裕でひとり通れるほどの道。その両脇に沿った雪壁の上には、可愛い雪ウサギ――赤い南天の実で目を、深緑の細長い葉で耳を作ってある――が何匹も並び、戯れていた。
 男二人の所に可愛すぎだろうと吹き出していると、

「カツミさん、こっちも見て下さい!」

 俺の背後に現れたライナスが、車道のほうを指さす。何をしたのだろうかと歩いていけば、雪を固めて柱状にした物を両脇に作り、立派な門に見立てていた。

 よく見ればツタの模様が彫られており、凝った印象を受ける。その遊び心に笑わずにはいられなかった。

「ライナス、お前、何を作ってるんだ……っ」

「せっかくの雪なので、何もしないのはもったいなくて……途中、壁にお椀やお皿も作りました」

「なんだと? 見落とした」

 俺は踵を返して雪壁を見回しながら、言われたものを探していく。そして俺が見つけた時、ライナスは誇らしげに胸を張った。

「カツミさんに捧げます」

 目に入ってきたのは、俺が普段相手にしている椀や皿の形。雪の壁に埋め込まれたように、軽く出っ張ったレリーフ状で刻まれている。

 その近くには刷毛もあり、塗っている最中の光景なのだと分かる。凝ったものではないが、この遊び心は見ていると嬉しくなってくる。

「よく作ったな。ライナスらしくて良いと思う――」

「これ、まだ完成じゃないです。カツミさん、ちょっとこっちに立って下さい」

 俺の腕を引いて雪壁の漆器レリーフから離れた所に立たせると、ライナスは俺の体の向きを微調整し、納得したように頷く。

「横目であっちを見てくれますか?」

 言われるままに横目で視線を送ると、ちょうど俺の影か椀と刷毛と向き合う形になる。
 まさかと思い、手を動かして影でそれぞれを持つようにすれば、俺の影が塗りをする姿を映し出した。

「ラ、ライナス、お前、これ……っ」

「どうでしょうか? カツミさんだけのプレゼントです」

 驚きのあまりぎこちなく振り向いた俺に、ライナスが嬉しそうに微笑む。
 日差しのように明るくて眩しい、温かな笑顔。こんな雪の中で、ここまで他者のぬくもりを感じる日が来るとは思わなかった。

 急に目頭が熱くなり、俺は慌てて手で目元を覆い、ライナスから顔を逸らす。

「まったく、お前は……なんて物を作ってくれたんだ」

「す、すみません、嫌でしたか?」

「嬉しいに決まってるだろ。嬉し過ぎて、その、な……」

 まさかライナスに感極まるなんて。誰かに心を揺さぶられることなど、もうないと思っていたのに。

 目から溢れ出そうなものを必死に抑えていると、

「……カツミさん」

 やんわりとライナスが俺の手を取り、優しく顔から剥がしてしまう。そして俺の目元に唇を落とし、次いで人の唇を奪ってくる。

 おい、コラ、調子に乗るな。外はやめろ。唇が離れたら開口一番に注意せねばと気負っていたが、

「大好きです……ワタシの大切な、愛しいミューズ」
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

処理中です...