38 / 79
三章 ライナスのぬくもりに溶かされて
ライナスのぬくもりに溶かされて
しおりを挟む
「……嫌い、ではないと……思う」
ようやく声を絞り出して伝えるが、気恥ずかしさで目が泳いでしまう。四十のおっさんがこの反応……情けなくて顔から火が出そうだ。こんな中途半端な答えにさぞライナスもがっかりしただろうと思い、どうにか視線を定めて目前の顔を見る。
……どうしてそんな長年の夢が叶ったような笑顔を浮かべているんだ、ライナス?
唖然とする俺に、ライナスが毛布と一緒に抱き着いてくる。恥ずかしいにも程がある。だが、ぬくい。ぬくすぎて突き放さなければという気が溶かされる。体の芯まで火照りを覚えていると、ライナスが長息を吐きだした。
「ああ、ちょっとでもカツミさんに近づけた……嬉しいです」
「ゼロがイチになった程度だぞ?」
「ゼロとイチは全然違います。プラスになったなら、いつか好きになってくれるかもしれませんから」
ギュウッ、とライナスが俺を抱き締める腕の力を強める。見た目より筋肉あるな。胸板も厚い。
この体格差に筋力差。本気になれば俺を好きにできるだけの力がある。それでもライナスは俺に縋るように抱き締めるばかりで、それ以上の無体は働かない。ただ、
「カツミさん、大好きです……これからも好きです。ずっと、ずっと――」
言葉だけは俺を攻め続ける。母国語ではない言葉。少ない語彙の中で想いを伝えてくる。拙い中に甘さと優しさが混じっていて、心臓に悪いのに耳には心地良い。
相変わらず外の音は一切ない。
しんしんと静かに、無慈悲に雪は降り積もる。
白い世界に閉じ込められていく。俺を熱く想う奴と一緒に。
いつもなら独りで漆と向き合い、どこまでも深い黒を作りあげていく。俺が一年の中で最も好きな季節。余計なことを考えず、雪を理由に閉じこもり、ひたすら心惹かれることに打ち込める――ここの冬は俺にとっての楽園だ。
なのに今年はライナスがいる。本当なら独りになれぬことが歯痒いはずなのに。
「……カツミさん……」
俺以外の息遣いが、声が、熱が、やけに胸を昂らせるのに安堵も覚えてしまう。
誰かがこの閉じられた世界にいるという安心感。それが俺の世界に触れて、強く俺に惹かれる相手に覚えるなんて……。
漆が手元にない今、俺が向き合っているのはライナスだ。
漆と向き合うように、ライナスとも――。
まるで人を深く想って好いていくかのようで、頭の中がぐちゃぐちゃしてくる。
これは、あれだ。ライナスの腕の中にいるせいだ。離れるべきだと思うのに、隙間風が入る古民家はストーブが点いていても寒くて体が言うことをきかない。
離れたくない、なんて絶対に言えない。
言えばライナスは誤解するだろうし、強く押されて拒み切る自信が俺にはない。あと少しで離れよう。離れろ、と言おう。もうちょっとだけ。ほんの少しだけ――。
ズルズルとぬくもりの中に居続け、次第に俺は眠気に囚われていく。
少しだけ目を閉じるつもりだったのに。俺のまぶたは重さを増してしまい、そのまま開かず、意識も遠のいてしまった。
このぬくもりは、もう手放せない。都合のいいことを自覚しながら、俺は体から力を抜いていく。
俺に想いを曝け出したままのライナスの腕の中で――。
ようやく声を絞り出して伝えるが、気恥ずかしさで目が泳いでしまう。四十のおっさんがこの反応……情けなくて顔から火が出そうだ。こんな中途半端な答えにさぞライナスもがっかりしただろうと思い、どうにか視線を定めて目前の顔を見る。
……どうしてそんな長年の夢が叶ったような笑顔を浮かべているんだ、ライナス?
唖然とする俺に、ライナスが毛布と一緒に抱き着いてくる。恥ずかしいにも程がある。だが、ぬくい。ぬくすぎて突き放さなければという気が溶かされる。体の芯まで火照りを覚えていると、ライナスが長息を吐きだした。
「ああ、ちょっとでもカツミさんに近づけた……嬉しいです」
「ゼロがイチになった程度だぞ?」
「ゼロとイチは全然違います。プラスになったなら、いつか好きになってくれるかもしれませんから」
ギュウッ、とライナスが俺を抱き締める腕の力を強める。見た目より筋肉あるな。胸板も厚い。
この体格差に筋力差。本気になれば俺を好きにできるだけの力がある。それでもライナスは俺に縋るように抱き締めるばかりで、それ以上の無体は働かない。ただ、
「カツミさん、大好きです……これからも好きです。ずっと、ずっと――」
言葉だけは俺を攻め続ける。母国語ではない言葉。少ない語彙の中で想いを伝えてくる。拙い中に甘さと優しさが混じっていて、心臓に悪いのに耳には心地良い。
相変わらず外の音は一切ない。
しんしんと静かに、無慈悲に雪は降り積もる。
白い世界に閉じ込められていく。俺を熱く想う奴と一緒に。
いつもなら独りで漆と向き合い、どこまでも深い黒を作りあげていく。俺が一年の中で最も好きな季節。余計なことを考えず、雪を理由に閉じこもり、ひたすら心惹かれることに打ち込める――ここの冬は俺にとっての楽園だ。
なのに今年はライナスがいる。本当なら独りになれぬことが歯痒いはずなのに。
「……カツミさん……」
俺以外の息遣いが、声が、熱が、やけに胸を昂らせるのに安堵も覚えてしまう。
誰かがこの閉じられた世界にいるという安心感。それが俺の世界に触れて、強く俺に惹かれる相手に覚えるなんて……。
漆が手元にない今、俺が向き合っているのはライナスだ。
漆と向き合うように、ライナスとも――。
まるで人を深く想って好いていくかのようで、頭の中がぐちゃぐちゃしてくる。
これは、あれだ。ライナスの腕の中にいるせいだ。離れるべきだと思うのに、隙間風が入る古民家はストーブが点いていても寒くて体が言うことをきかない。
離れたくない、なんて絶対に言えない。
言えばライナスは誤解するだろうし、強く押されて拒み切る自信が俺にはない。あと少しで離れよう。離れろ、と言おう。もうちょっとだけ。ほんの少しだけ――。
ズルズルとぬくもりの中に居続け、次第に俺は眠気に囚われていく。
少しだけ目を閉じるつもりだったのに。俺のまぶたは重さを増してしまい、そのまま開かず、意識も遠のいてしまった。
このぬくもりは、もう手放せない。都合のいいことを自覚しながら、俺は体から力を抜いていく。
俺に想いを曝け出したままのライナスの腕の中で――。
2
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる