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三章 ライナスのぬくもりに溶かされて

ライナスのぬくもりに溶かされて

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「……嫌い、ではないと……思う」

 ようやく声を絞り出して伝えるが、気恥ずかしさで目が泳いでしまう。四十のおっさんがこの反応……情けなくて顔から火が出そうだ。こんな中途半端な答えにさぞライナスもがっかりしただろうと思い、どうにか視線を定めて目前の顔を見る。

 ……どうしてそんな長年の夢が叶ったような笑顔を浮かべているんだ、ライナス?

 唖然とする俺に、ライナスが毛布と一緒に抱き着いてくる。恥ずかしいにも程がある。だが、ぬくい。ぬくすぎて突き放さなければという気が溶かされる。体の芯まで火照りを覚えていると、ライナスが長息を吐きだした。

「ああ、ちょっとでもカツミさんに近づけた……嬉しいです」

「ゼロがイチになった程度だぞ?」

「ゼロとイチは全然違います。プラスになったなら、いつか好きになってくれるかもしれませんから」

 ギュウッ、とライナスが俺を抱き締める腕の力を強める。見た目より筋肉あるな。胸板も厚い。

 この体格差に筋力差。本気になれば俺を好きにできるだけの力がある。それでもライナスは俺に縋るように抱き締めるばかりで、それ以上の無体は働かない。ただ、

「カツミさん、大好きです……これからも好きです。ずっと、ずっと――」

 言葉だけは俺を攻め続ける。母国語ではない言葉。少ない語彙の中で想いを伝えてくる。拙い中に甘さと優しさが混じっていて、心臓に悪いのに耳には心地良い。

 相変わらず外の音は一切ない。
 しんしんと静かに、無慈悲に雪は降り積もる。
 白い世界に閉じ込められていく。俺を熱く想う奴と一緒に。

 いつもなら独りで漆と向き合い、どこまでも深い黒を作りあげていく。俺が一年の中で最も好きな季節。余計なことを考えず、雪を理由に閉じこもり、ひたすら心惹かれることに打ち込める――ここの冬は俺にとっての楽園だ。

 なのに今年はライナスがいる。本当なら独りになれぬことが歯痒いはずなのに。

「……カツミさん……」

 俺以外の息遣いが、声が、熱が、やけに胸を昂らせるのに安堵も覚えてしまう。
 誰かがこの閉じられた世界にいるという安心感。それが俺の世界に触れて、強く俺に惹かれる相手に覚えるなんて……。

 漆が手元にない今、俺が向き合っているのはライナスだ。
 漆と向き合うように、ライナスとも――。

 まるで人を深く想って好いていくかのようで、頭の中がぐちゃぐちゃしてくる。

 これは、あれだ。ライナスの腕の中にいるせいだ。離れるべきだと思うのに、隙間風が入る古民家はストーブが点いていても寒くて体が言うことをきかない。

 離れたくない、なんて絶対に言えない。
 言えばライナスは誤解するだろうし、強く押されて拒み切る自信が俺にはない。あと少しで離れよう。離れろ、と言おう。もうちょっとだけ。ほんの少しだけ――。

 ズルズルとぬくもりの中に居続け、次第に俺は眠気に囚われていく。
 少しだけ目を閉じるつもりだったのに。俺のまぶたは重さを増してしまい、そのまま開かず、意識も遠のいてしまった。

 このぬくもりは、もう手放せない。都合のいいことを自覚しながら、俺は体から力を抜いていく。

 俺に想いを曝け出したままのライナスの腕の中で――。
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