29 / 79
二章 『好き』は一日一回まで
純粋な不純
しおりを挟む
「絵も続けろ、ライナス。漆芸には蒔絵もある。絵を描き続けて損はない。むしろ役に立つ。落書きでもいいから描くんだ」
「でも、ワタシは塗りの世界を――」
「俺が本気で教える。お前は筋が良いから、すぐに吸収できる」
「しかし……えっと、片手間に漆をやるのは――」
「お前ならどっちも本気でやるだろ。片手間にならない。頼むから続けてくれ」
次第に俺がライナスに縋るような形になっていく。傍から見れば、別れないでくれとでも俺がせがんでいるように見えるかもしれない。
そう見られても、今はどうでもいい。絵を見て揺さぶられた心のまま、俺は止まらない本心をぶちまける。
「俺はライナスの絵に惚れた。お前が俺の塗りに惚れたように……だから頼む。描いてくれ」
口に出して、自分が恥ずかしいことを口走っていることを自覚する。思わず羞恥でうつむき、俺は体を震わせる。
感情が安定しない。十五歳ほど離れている年下の男を相手に、なんて見苦しいワガママを言っているんだと自分に呆れる。
さすがのライナスもドン引きしているだろう。これで離れてくれたらありがたい――と割り切れる俺はもういない。
ライナスは口を開かず、じっとしたまま。恐る恐る顔を上げてみれば、顔を赤くしたライナスと目が合った。
「あの、ホント、ですか? ワタシに惚れたって」
「バ……っ、絵だからな、絵」
「嬉しいです! カツミさんに好かれるなんて、夢みたいです!」
「だから、絵だって……」
「絵、描きます。カツミさんの――私のミューズのために捧げます」
ようやく欲しかった答えが貰えて、俺の顔から力が抜ける。頼むから俺をミューズにするなと心の中でツッコんでしまうが。
この素晴らしい絵がここで途絶えない。心から良いと思えたものがなくならないことが、何よりも嬉しくてたまらない。
はぁ……と安堵の息をつきながらライナスの胸ぐらを解放したその時、
「好きです、カツミさん」
耳元で囁かれ、俺は呼吸を止める。
「……こら、ライナス。一日一回までだぞ。今日はもう言ってるだろうが」
「絵を描きますから、制限なしにして欲しいです」
「調子に乗るんじゃない。一回でもかなり譲歩しているのに――」
「必要なことですから。絵を描くために……」
そっと俺の背中にライナスが腕を回す。
完全に捕らえてくるライナスを、俺は突き飛ばすことはできなかった。
「ワタシの絵は、これから全部カツミさんにあげます。想いは口に出すほど、手が速く動くようになります。早く気持ちを伝えたくて、たまらなくなりますから」
「なんだその不純な動機は」
「不純、違います。純粋に絵でカツミさんを口説きます」
「ライナス、それは純粋な不純だ。普通に描いてくれ」
「でも心がこもらない絵は、よくならないです。そんな絵をミューズに捧げるなんて、できません」
「う……」
「カツミさんが感動できる絵を描かせて下さい」
ついさっきファンになった相手にここまで言われて、拒めるはずがなかった。
俺はぎこちなく、ささやかに頷く。分かりにくい了承でも、しっかりとライナスは汲み取り、俺をギュッと抱き締めた。
「ありがとうございます! カツミさん、大好きです!」
ここぞとばかりに言いやがって……っ。
俺は顔を熱くしながら、無言でバシバシとライナスの背を叩いて抗議した。
「でも、ワタシは塗りの世界を――」
「俺が本気で教える。お前は筋が良いから、すぐに吸収できる」
「しかし……えっと、片手間に漆をやるのは――」
「お前ならどっちも本気でやるだろ。片手間にならない。頼むから続けてくれ」
次第に俺がライナスに縋るような形になっていく。傍から見れば、別れないでくれとでも俺がせがんでいるように見えるかもしれない。
そう見られても、今はどうでもいい。絵を見て揺さぶられた心のまま、俺は止まらない本心をぶちまける。
「俺はライナスの絵に惚れた。お前が俺の塗りに惚れたように……だから頼む。描いてくれ」
口に出して、自分が恥ずかしいことを口走っていることを自覚する。思わず羞恥でうつむき、俺は体を震わせる。
感情が安定しない。十五歳ほど離れている年下の男を相手に、なんて見苦しいワガママを言っているんだと自分に呆れる。
さすがのライナスもドン引きしているだろう。これで離れてくれたらありがたい――と割り切れる俺はもういない。
ライナスは口を開かず、じっとしたまま。恐る恐る顔を上げてみれば、顔を赤くしたライナスと目が合った。
「あの、ホント、ですか? ワタシに惚れたって」
「バ……っ、絵だからな、絵」
「嬉しいです! カツミさんに好かれるなんて、夢みたいです!」
「だから、絵だって……」
「絵、描きます。カツミさんの――私のミューズのために捧げます」
ようやく欲しかった答えが貰えて、俺の顔から力が抜ける。頼むから俺をミューズにするなと心の中でツッコんでしまうが。
この素晴らしい絵がここで途絶えない。心から良いと思えたものがなくならないことが、何よりも嬉しくてたまらない。
はぁ……と安堵の息をつきながらライナスの胸ぐらを解放したその時、
「好きです、カツミさん」
耳元で囁かれ、俺は呼吸を止める。
「……こら、ライナス。一日一回までだぞ。今日はもう言ってるだろうが」
「絵を描きますから、制限なしにして欲しいです」
「調子に乗るんじゃない。一回でもかなり譲歩しているのに――」
「必要なことですから。絵を描くために……」
そっと俺の背中にライナスが腕を回す。
完全に捕らえてくるライナスを、俺は突き飛ばすことはできなかった。
「ワタシの絵は、これから全部カツミさんにあげます。想いは口に出すほど、手が速く動くようになります。早く気持ちを伝えたくて、たまらなくなりますから」
「なんだその不純な動機は」
「不純、違います。純粋に絵でカツミさんを口説きます」
「ライナス、それは純粋な不純だ。普通に描いてくれ」
「でも心がこもらない絵は、よくならないです。そんな絵をミューズに捧げるなんて、できません」
「う……」
「カツミさんが感動できる絵を描かせて下さい」
ついさっきファンになった相手にここまで言われて、拒めるはずがなかった。
俺はぎこちなく、ささやかに頷く。分かりにくい了承でも、しっかりとライナスは汲み取り、俺をギュッと抱き締めた。
「ありがとうございます! カツミさん、大好きです!」
ここぞとばかりに言いやがって……っ。
俺は顔を熱くしながら、無言でバシバシとライナスの背を叩いて抗議した。
2
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる