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二章 『好き』は一日一回まで

純粋な不純

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「絵も続けろ、ライナス。漆芸には蒔絵もある。絵を描き続けて損はない。むしろ役に立つ。落書きでもいいから描くんだ」

「でも、ワタシは塗りの世界を――」

「俺が本気で教える。お前は筋が良いから、すぐに吸収できる」

「しかし……えっと、片手間に漆をやるのは――」

「お前ならどっちも本気でやるだろ。片手間にならない。頼むから続けてくれ」

 次第に俺がライナスに縋るような形になっていく。傍から見れば、別れないでくれとでも俺がせがんでいるように見えるかもしれない。

 そう見られても、今はどうでもいい。絵を見て揺さぶられた心のまま、俺は止まらない本心をぶちまける。

「俺はライナスの絵に惚れた。お前が俺の塗りに惚れたように……だから頼む。描いてくれ」

 口に出して、自分が恥ずかしいことを口走っていることを自覚する。思わず羞恥でうつむき、俺は体を震わせる。

 感情が安定しない。十五歳ほど離れている年下の男を相手に、なんて見苦しいワガママを言っているんだと自分に呆れる。

 さすがのライナスもドン引きしているだろう。これで離れてくれたらありがたい――と割り切れる俺はもういない。

 ライナスは口を開かず、じっとしたまま。恐る恐る顔を上げてみれば、顔を赤くしたライナスと目が合った。

「あの、ホント、ですか? ワタシに惚れたって」

「バ……っ、絵だからな、絵」

「嬉しいです! カツミさんに好かれるなんて、夢みたいです!」

「だから、絵だって……」

「絵、描きます。カツミさんの――私のミューズのために捧げます」

 ようやく欲しかった答えが貰えて、俺の顔から力が抜ける。頼むから俺をミューズにするなと心の中でツッコんでしまうが。

 この素晴らしい絵がここで途絶えない。心から良いと思えたものがなくならないことが、何よりも嬉しくてたまらない。

 はぁ……と安堵の息をつきながらライナスの胸ぐらを解放したその時、

「好きです、カツミさん」

 耳元で囁かれ、俺は呼吸を止める。

「……こら、ライナス。一日一回までだぞ。今日はもう言ってるだろうが」

「絵を描きますから、制限なしにして欲しいです」

「調子に乗るんじゃない。一回でもかなり譲歩しているのに――」

「必要なことですから。絵を描くために……」

 そっと俺の背中にライナスが腕を回す。
 完全に捕らえてくるライナスを、俺は突き飛ばすことはできなかった。

「ワタシの絵は、これから全部カツミさんにあげます。想いは口に出すほど、手が速く動くようになります。早く気持ちを伝えたくて、たまらなくなりますから」

「なんだその不純な動機は」

「不純、違います。純粋に絵でカツミさんを口説きます」

「ライナス、それは純粋な不純だ。普通に描いてくれ」

「でも心がこもらない絵は、よくならないです。そんな絵をミューズに捧げるなんて、できません」

「う……」

「カツミさんが感動できる絵を描かせて下さい」

 ついさっきファンになった相手にここまで言われて、拒めるはずがなかった。
 俺はぎこちなく、ささやかに頷く。分かりにくい了承でも、しっかりとライナスは汲み取り、俺をギュッと抱き締めた。

「ありがとうございます! カツミさん、大好きです!」

 ここぞとばかりに言いやがって……っ。
 俺は顔を熱くしながら、無言でバシバシとライナスの背を叩いて抗議した。
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