上 下
23 / 79
二章 『好き』は一日一回まで

外者への偏見

しおりを挟む
 部屋を出て辻口とともに研修室へ向かえば、近づくにつれて声がはっきりと聞こえてくる。

 地元訛りの意味が聞き取りにくい話し方。それでも耳を澄ませば、地元民である俺たちならどうにか理解できる。

「なんでおめぇみたいなモンが、ここにおるんや! ここ漆やるとこやぞ? なして本なんか――」

 ……ああ、ライナスに言ってるのか。
 まだ状況を直接見ずとも事態を把握して、俺は廊下を走り出した。

 研修室に入ると、窓際の隅の席に座って本を読んでいたライナスが、白髪の老人に怒鳴られている最中だった。

 小柄で目鼻が小さく、常にしかめ面した気難しい職人。俺はすぐさま彼に駆け寄った。

「どうかしましたか、水仲さん? 彼が何かしましたか?」

「おお幸正のせがれ。見てみい、どう見ても部外者やろコレ。さっさと出てけって言っとるんじゃが、なんも動こうとせん。みんな困るじゃろ。なあ?」

 同意を求めて水仲さんが周りを見渡す。濱中を含めた研修生が気まずそうに目を泳がしている。

 ライナスは漆芸館の館長である辻口の了承を得て、俺がここで仕事している間は研修室にいる。たぶん誰か説明はしたのだろう。だが水仲さんは腕利きの職人だが、人の話をあまり聞かない。話が通じなくて研修生たちが困っているのがよく分かる。

 そして当事者であるライナスは、水仲さんの話が聞き取れず、こちらも珍しく眉をひそめて困り顔を作っている。若い連中からどうすればいいかと助けを求める目を一斉に向けられ、俺はため息をついて腹を括るしかなかった。

「水仲さん、すみません。ライナスは俺の弟子です」

「……なんやと?」

「俺が観光客に塗りを見せている間、ここで待っていてもらっているんです。ちゃんと辻口館長の了解はもらっていま――」

「おま、こんな金髪の余所もんを弟子にしたんか! ありえんやろ。ここのもんと違うのに、伝統なんか分かるもんか」

 くっ。排除ありきで考えているから話が通じない。
 余所者を入れたくないという水仲さんの気持ちも分からなくはない。俺も閉鎖的な男だ。そもそも好きで取った弟子じゃない。

 それに伝統工芸は世襲で受け継がれることが多い。水仲さんのように、身内ではないだけで拒否反応を示す者も珍しくない。それを分かった上で、俺はライナスの傍に立った。

「ライナスは将来的にここで長くやりたくて、言葉の勉強をしていたんです。俺がそう指示を出しました。研修生たちの了承は得ているし、邪魔もしていない」

「邪魔じゃろうが。視界に入るだけで気が散る」

「事情を一切知らない水仲さんが今は部外者です。迷惑なので騒ぎ立てないで下さい」

 口に出しながら、しまった……と俺は気づく。

 言い合いの燃料を継ぎ足してしまったぞ。
 ベテランから見れば、俺はまだまだ若造の部類。そんな男から注意されて、水仲さんが良い気分になるはずがない。案の定、水仲さんは顔を赤くして俺を睨みつけてきた。

「本当にお前ん所は……っ! 親も親なら子も子やな。お前らは伝統守る気なんざ一切ないもんなあ。そうやって伝統壊しても、自分らの利益さえあればいいもんなあ」

「……親父は関係ありません」

「関係あるやろ。お前を育てたんじゃから――」

 やばい。頭に血が上って手が出そうだ。
 拳を固く握って俺が怒りを押し殺していると、辻口が俺たちの間に入り、水仲さんへ朗らかな笑みを向けた。

「落ち着いて水仲さんっ。理解できるまで説明しますから、応接ルームへ来て下さい」

 俺と同じ年齢でも辻口は館長兼問屋の社長。
 この中で最も大きな肩書を持つ辻口に、水仲さんの態度は軟化する。

「オレの話も聞いてくれんか、辻口? 最近の若いもんときたら、新しいモンばっかりに食いついて、昔っからのモンに見向きもせん――」

「水仲さんのお話も聞かせて頂きますから。ほら、こっち来て下さい。山ノ中名物のニャオニャオ饅頭もお出ししますから」

 辻口に手招かれ、水仲さんは部屋を出ていく。一瞬見えた辻口の横顔はいつもの微笑だったが、眉だけは困り眉で気苦労が見て取れた。

 多忙なクセに、辻口はああやって職人の愚痴に付き合うことがままある。絶対に俺にはできないことで尊敬する。

 廊下でも愚痴をぶつける水仲さんの声が聞こえていたが、次第に遠くなって完全に聞こえなくなる。誰ともなく、部屋にいくつものため息が響く。

 ようやく危機は去ったという安堵の息。しかしライナスからは聞こえてこなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

俺の推し♂が路頭に迷っていたので

木野 章
BL
️アフターストーリーは中途半端ですが、本編は完結しております(何処かでまた書き直すつもりです) どこにでも居る冴えない男 左江内 巨輝(さえない おおき)は 地下アイドルグループ『wedge stone』のメンバーである琥珀の熱烈なファンであった。 しかしある日、グループのメンバー数人が大炎上してしまい、その流れで解散となってしまった… 推しを失ってしまった左江内は抜け殻のように日々を過ごしていたのだが…???

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...