おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい

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二章 『好き』は一日一回まで

渡りに船

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「そこまで想定していなかったわ。悪い悪い」

「おい、心がこもってないぞ」
「でも上手くやれてるみたいだし、いーじゃないか。憎まれているより断然いいと思うぞ」

「どうだかな……」

「これから雪積もっても、好かれてたら喜んで雪かきやってくれるんじゃないか? 良かったじゃないか」

「借りは作らん。迫られる口実になるだけだ」

 次第に俺の目が据わっていく。

「辻口、お前がライナスを俺に押し付けなかったら、こんな面倒な日々を送らずに済んだんだ。この借りは一生かけて返してもらうからな」

「そこは持ちつ持たれつ、だろ。克己だって俺にいっぱい借りがあるだろ? その分をまとめて返したと思ってくれ」

 笑いながら辻口に言われて俺は押し黙る。保育園から付き合いがある辻口には、確かに数え切れない借りを作っている。

 そもそも俺が漆芸で食っていけるのは、辻口が仕事をくれるからだ。しかも俺に代わって俺の作り上げた物を幅広く宣伝し、仕事を作ってくれる

 本当なら俺は、辻口に生涯頭が上がらない。心の中ではいつも感謝している。しかしそれを口にしても「悪いもの食べたか?」と言われてしまう始末。

 だから言葉にせず、仕事を裏切らないという行動で辻口に応え続けてきた。はぁ……と息をついてから、俺は頭を掻いた。

「諦めないのは分かったから、さっさと教えてライナスを独り立ちさせる。絶対そのほうが手っ取り早い」

「おお、その意気だ。しっかり教えて職人を増やしてくれー」

 辻口がおどけたように一笑した後、今度は一旦真顔になって苦笑を零した。

「理由はどうであれ、克己がライナスを育てる気になって良かったんだが……ベテランのじーちゃんたちがなあ……」

「ライナスのことで何か言われたのか?」

「実はライナス以外にも、もっと他所の人を積極的に呼び寄せて職人を育てる計画をしているんだ。この漆芸館でも後人育成はしてるが、県内の人が多数だし……もっと人材を集めて育てて、この業界を盛り上げたいんだよ俺」

 軽く言っているが、事実、辻口は盛り上げるために行動を起こし続けている。こういう漆芸に真摯なところがあるから、俺は辻口と幼なじみの距離を保っていられる。

 職人と商売人。儲けを出さねばいけない以上、商売人はシビアになるものだ。
 売れない物より、より売れる物を作れ。品物を買い取る側の価値観は大抵これだ。だが辻口は職人の視点も分かってくれている。

 売れる物も大事だが、職人の意地や誇りも大事だと態度で示してくれるのは嬉しい。上手く商品を売りながらも、金にならない物も『山ノ中漆器の宝』だと大切に扱い、業界を盛り上げるための使い道を探る。

 この山ノ中の職人はみな、辻口に感謝しているし、できる限り協力したいと望んでいる。そんな辻口のやることにもケチをつける者がいるというのは、正直腹立たしい。俺がムッとしていると、辻口は乾いた笑いを見せた。

「じーちゃん連中はなー、新しいもんを入れようとすると、片っ端から反対する生き物なんだよ。もう諦めた」

「じゃあライナスの育成もやめていいのか?」

「いいや。本当は予定してなかったんだけど、熱烈な克己推しだったから。渡りに船と思って……しっかり育てて前例作っちまってくれ」

 辻口の狙いが分かってしまい、俺はあからさまに顔をしかめる。

「それが目的だったのか。面倒なこと押しつけやがって。最初から言え、まったく」

「悪いなあ。俺が遠慮なくワガママ言えるの、克己くらいだからさ。それにライナスに教えるなら、腕が確かで自分の世界を強く持っている職人に預けないと、彼に呑まれそうだから……」

「呑まれる? どういうことだ?」

「ライナスから事情は聞いていないのか?」

「追い出す気だったから、何も」

「一か月も経ってるのにライナスのこと知らないってあり得ないだろ。いいか、ライナスはなあ――」

 辻口がライナスを語りかけたその時だった。
 かすかに廊下からしゃがれた怒鳴り声が聞こえてくる。聞こえてきた方角にあるのはは研修室。嫌な予感しかしない。俺たちは顔を見合わせ、即座に立ち上がった。
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