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二章 『好き』は一日一回まで

非日常も続けば日常

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   ◇ ◇ ◇

 愛車のSUVを走らせ、漆芸館への道を下っていく。もう周囲の木々が紅葉を散らし、冬の訪れを告げてくる。

 雪化粧をまとわぬ冬の山は、なんとも寂しく視界に入れるだけ気が重たくなる――俺ひとりで運転する時ならば。

「カツミさん、今日はお客さんと一緒に、塗りを見学してもいいですか?」

「やめろ、気が散る。お前の気配はガラス越しでもよく分かるんだ。何時間も見られ続けるなんて、勘弁してくれ」

「でも、見学するとベンキョーになります! あと目の……ホ、ヨウ? になります」

「俺を見て保養するな。厳ついおっさんが無言で塗っているだけだぞ?」

「サイコーです!」

「馬鹿野郎! いつも俺の作業を見てるだろうが。むしろ他を見て目の保養をしろ」

「他を、見て? ……カツミさんのうなじとか、ですか?」

「漆と関係ない所を見るな。というか師匠にセクハラするな。おっさんのうなじを喜ぶな」

「カツミさんのうなじだから良いんです! 他の人じゃダメです」

「力説するな……っ! まったく、お前というヤツは」

 車を走らせながら、助手席に座るライナスと話を応酬する。一緒に移動するといつもこんな感じだ。外の景色がわびしいだとか、寒々しいだとか、感慨に耽る瞬間を一切与えてくれない。

 愛車の中でこんなに賑やかな毎日を送る日が来るとは夢にも思わなかった。嫌ならば話しかけられても無視すればいいのだが、そうなると今度は俺が口を開くまでライナスに見つめられる。

 悲しみや怒りは一切なく、宝物でも眺めるように瞳をキラキラさせて見てくるのだ。そこにやましさでもあれば追い出せるのだが、下心を一切感じさせない純粋な眼差しで、心を鬼にできない。

 今だって、ライナスが俺の所が嫌になって出て行ってくれればいいと思っている。だが出ていく気配はまったくない。むしろ俺が諦めて受け入れつつある状態だ。

 非日常も続けは日常。この日々に慣れつつある自分が怖い。後で辛くなるのは目に見えているのに――。

「好きなものはずっと見ていたいです」

「……今日の『好き』は終わりだな」

「ああっ、今のはなしで!」

「別にいいぞ。つまり俺は好きなものじゃないってことだな。よし、健全だ」

「違います! カツミさん、いじわる言わないで下さい」

「じゃあ今日は諦めろ」

「うう……」

 こんな返しができるくらい、ライナスに慣れてしまった。
 俺への懸想は心底勘弁して欲しいと思うが、本当に嫌なことはしてこない。俺が呆れてツッコミを入れるぐらいの、軽い言葉の戯れがあるぐらいだ。

 そして、それを差し引いてもライナスの漆芸を学びたい姿勢は真剣なものだった。
 少し教えればすぐに身に着けてしまう。面白いほど筋がいい。性格が素直で真っ直ぐなライナスは、ものすごく教え甲斐があった。

 教え始めて約一か月。技術的にはまだまだだ。だが顔の腫れは引き、漆芸の流れは一通り覚え、この道を歩く準備は整ったと思う。

 ライナスが俺の弟子でいたい間は、師として受け入れていく――これが俺の許せる範囲の割り切りだ。
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