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二章 『好き』は一日一回まで
漆芸の入り口
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◇ ◇ ◇
刃物の研ぎ過ぎで指をケガして三日後。俺は漆器の下塗りや研ぎなど、上塗り以外の作業をする部屋でライナスに漆芸を教えた。
まずは触ってみろと、口を出しながら椀を作る作業をやらせる。
塗師刀を研がせ――包丁研ぎの成果が出て、初心者にしては良い研ぎができた――ヘラを作らせる。小刀で何か作った経験があるのか木のヘラは上手く作れた。
次に新品の刷毛を削り出し、用意しておいたぬるま湯をプラスチックの桶に入れ、固まっている刷毛の先を入れ、台に乗せてハンマーで軽く叩くことを繰り返す。
そうして少しずつ柔らかくした刷毛を洗濯ノリまみれにし、ヘラで扱いていく。出てくる茶色の汚れを湯で洗い、ノリを洗い流し、水気を拭き取ってもらう。これで刷毛が使えるようになる。
……が、しっかり乾燥させる必要があるから、今日だけ俺の刷毛をライナスに貸してやった。
「明日からは自分の物を使ってもらうからな……って、やけに目が輝いているな」
刷毛を手渡されたライナスが満面の笑みを浮かべる。
「もちろんです! やりたかったことが、やっとできます!」
見るからに上機嫌なライナスの心から、歓喜の鼻歌が聞こえてくるように思えてしまう。この熱意がどこまで続くんだろうと思いながら、俺はライナスの隣へ行き、作業を指示した。
今までは道具を使うための最低限の準備。ここからが本番だ。
ヘラでまずは生地固めに使う漆と米糊を混ぜ合わせ、漆芸館に出入りする木地職人から卸している木の椀に塗ってもらう。これは内側と外側、別々に塗る必要がある。先に内側をいくつか塗らせ、その次に既に乾いた物の外側を濡らせる。
ここまではまだ難しくはない。難易度が上がるのは次からだ。
今度は生地固めをして乾かしたものを出し、砥の粉と地の粉を合わせ、米糊と漆を加えて混ぜ、既に俺が地固めした薄茶色の椀に塗ってもらう。漆を塗るのと同じく、下地も薄く付けていくのが理想だが、初めてだと加減が分からずどうしても厚めになる。
見ていてモヤモヤして手を出したくなるから、俺は自分の作業台に戻って、しばらく仕事の手を動かす。
与えた椀をすべて生地固めた後、ライナスははしばらく未熟な漆器と向き合った。
「カツミさん、これで良いですか?」
向かい側の作業台――親父が使っていた台だ――からライナスに呼ばれて、俺は自分の作業の手を止めて顔を上げる。
一見すると満遍なく下地が塗れた椀。だが縁を見ると厚みがあり、乾かせば割れるかもしれない。
それも経験。俺は頷いてライナスの椀を風呂へ入れる。
「やってみてどうだ?」
「面白いです! ずっと動画でしたから、ウレシーです!」
「そうか。じゃあ次にいくぞ。さっきやったのが乾いたら、次は凹凸をなくすために研いでいく。今回は俺のヤツをひとつ使う。これだ。研ぎ過ぎたら失敗して無駄になるからな」
刃物の研ぎ過ぎで指をケガして三日後。俺は漆器の下塗りや研ぎなど、上塗り以外の作業をする部屋でライナスに漆芸を教えた。
まずは触ってみろと、口を出しながら椀を作る作業をやらせる。
塗師刀を研がせ――包丁研ぎの成果が出て、初心者にしては良い研ぎができた――ヘラを作らせる。小刀で何か作った経験があるのか木のヘラは上手く作れた。
次に新品の刷毛を削り出し、用意しておいたぬるま湯をプラスチックの桶に入れ、固まっている刷毛の先を入れ、台に乗せてハンマーで軽く叩くことを繰り返す。
そうして少しずつ柔らかくした刷毛を洗濯ノリまみれにし、ヘラで扱いていく。出てくる茶色の汚れを湯で洗い、ノリを洗い流し、水気を拭き取ってもらう。これで刷毛が使えるようになる。
……が、しっかり乾燥させる必要があるから、今日だけ俺の刷毛をライナスに貸してやった。
「明日からは自分の物を使ってもらうからな……って、やけに目が輝いているな」
刷毛を手渡されたライナスが満面の笑みを浮かべる。
「もちろんです! やりたかったことが、やっとできます!」
見るからに上機嫌なライナスの心から、歓喜の鼻歌が聞こえてくるように思えてしまう。この熱意がどこまで続くんだろうと思いながら、俺はライナスの隣へ行き、作業を指示した。
今までは道具を使うための最低限の準備。ここからが本番だ。
ヘラでまずは生地固めに使う漆と米糊を混ぜ合わせ、漆芸館に出入りする木地職人から卸している木の椀に塗ってもらう。これは内側と外側、別々に塗る必要がある。先に内側をいくつか塗らせ、その次に既に乾いた物の外側を濡らせる。
ここまではまだ難しくはない。難易度が上がるのは次からだ。
今度は生地固めをして乾かしたものを出し、砥の粉と地の粉を合わせ、米糊と漆を加えて混ぜ、既に俺が地固めした薄茶色の椀に塗ってもらう。漆を塗るのと同じく、下地も薄く付けていくのが理想だが、初めてだと加減が分からずどうしても厚めになる。
見ていてモヤモヤして手を出したくなるから、俺は自分の作業台に戻って、しばらく仕事の手を動かす。
与えた椀をすべて生地固めた後、ライナスははしばらく未熟な漆器と向き合った。
「カツミさん、これで良いですか?」
向かい側の作業台――親父が使っていた台だ――からライナスに呼ばれて、俺は自分の作業の手を止めて顔を上げる。
一見すると満遍なく下地が塗れた椀。だが縁を見ると厚みがあり、乾かせば割れるかもしれない。
それも経験。俺は頷いてライナスの椀を風呂へ入れる。
「やってみてどうだ?」
「面白いです! ずっと動画でしたから、ウレシーです!」
「そうか。じゃあ次にいくぞ。さっきやったのが乾いたら、次は凹凸をなくすために研いでいく。今回は俺のヤツをひとつ使う。これだ。研ぎ過ぎたら失敗して無駄になるからな」
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