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二章 『好き』は一日一回まで

簡単に好きは出すな

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「そんなに美味いか?」

「美味しいです。今まで食べた料理の中で一番好きです!」

「お、大袈裟な……」

「家庭の味に、憧れてましたから」

 明るい笑みを浮かべたまま、ライナスの表情が翳る。

「ワタシの家族、料理を作りませんでした。料理を温めることすら嫌がっていました。だから料理に温度がある。それだけで嬉しくなります」

 敢えて聞かなかったライナスの過去が覗く。料理の温度で喜べるなんて、どんな幼少期を送ってきたんだ?

 気になったが深入りしないと心に決めている。俺は素っ気なく「そうか」と話を区切り肉を頬張る。そんな俺をライナスが目を瞬かせて見つめてくる。

 ――フッ、と。口元は微笑みながら、青い目が潤んだ。

「やっぱりカツミさん、好きです。変に同情しない。嬉しいです」

 んぐっ。危うく俺はメシを吹き出しそうになった。

「ゲホッ、おま、食事中にいきなり言うな!」

「あ、すみません。言葉はダメでしたね。じゃあ今そっちに行きま――」

「余計にダメだ! 態度で示すな! 少しでもこっち来たら破門するからな」

 距離を詰められる前に先手を打てば、ライナスの眉が八の字になる。心底残念そうだ。

「せめて言葉か態度、どっちかOKにして下さい!」

「どっちもNGだ。俺は男と付き合う気はない。恋愛対象には絶対選ばん。だから潔く諦めろ」

「……」

「目で訴えるのもやめろ」

「分かり、ました。ガマンします」

 そう言いならライナスはうつむき、長々と息を吐き出す。

「いきなり受け入れてもらえるなんて、思っていません。近くに置いてくれるのはキセキ。分かっています……でも、好きを伝えられないの、辛い……」

「言うだけ俺を怒らせるだけだ。脈はないんだ。黙っていろ」

「ただカツミさんに言いたいだけです。他は何も望んでないです……」

 言葉の意味は分かるが理解し難い。日本語をよく喋れているが母国語ではないせいか、細かなニュアンスが伝わってきにくい。

 俺が白米を掻き込んでいる最中、ライナスは顔を上げて俺を見据えてきた。

「せめて、カツミさんを称えさせて下さい。シショーは素晴らしい、と」

 ……それも恥ずかしいんだが。
 やめろと言いかけて俺は言葉を飲みこむ。ライナスの眼差しが重い。お世辞や浮かれた想いではない。真剣な目だ。

「言い過ぎないなら……それぐらいは、いい」

「ありがとうございます! カツミさん、好きです!」

「それは違わないか!? 好きって言葉を幅広く使わないでくれ」

 以降、話し合いを続けたが、結局ライナスの好き発言を全面禁止することは無理だと悟った。

 妥協案は、『好き』は一日一回で収めること。恋愛的な意味は含めないこと。

 俺としてはかなり譲歩したほうだと思う。ライナスは渋々だが、言える機会があるなら……と受け入れてくれた。

 今までに比べれば、『好き』を耳にしなくても良くなる。比較すれば耐えられる範囲。だが今まで無かった所に与えられる愛情。

 聞き流せばいいだけだと自分に言い聞かせながら、俺は終始落ち着かないまま食事を続けた。
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