9 / 79
一章 押しかけ弟子は金髪キラキラ英国青年
好きを言うのがダメなら……
しおりを挟む
◇ ◇ ◇
翌日、俺は愛車の四駆SUVに乗って漆芸館へと向かう。
町までは峠道。道路は細く、片側は山の斜面が続いている。生え茂る草木は紅葉が進み、観光客には風情がある光景と喜ばれるが、見慣れた俺には冬のカウントダウンにしか見えず軽く憂鬱だ。
隣には未だ顔が腫れぼったいライナスが乗っている。昨夜はしっかりと寝れなかったようだが、信号待ちで横顔を見やる限りは嬉しそうに笑っている。
一日だけじゃあ懲りないか。本当に根性だけは異常にある奴だ。そこは認める。
俺が運転している最中、ライナスから小さな鼻歌が聞こえてきた。
「カツミさんと一緒に居られて、ウレシイです。シアワセです」
「妙なことを言うな。俺なんかと一緒にいて、何が良いって言うんだ……」
「好きな人と一緒ですから。ウレシイに決まりです!」
時々ライナスは言葉がおかしくなる。俺は眉間を揉みながら、どう注意すべきかを考える。
「ライナス……師匠に対しては好きと言うより、尊敬と言ったほうが適切だ」
「……? シショーでも好きなものは好きですよ?」
「俺のどこがいいんだ。愛想のないつまらん男だぞ?」
「でしたら目的地へ到着するまで、カツミさんの魅力を語ります。まず顔がクール。職人オブ職人。オーラがすごい。料理、上手。瞳がキレイ。ワタシのミューズ――」
それはもう嬉々とした声で言い募られ、俺の顔が大きく引きつった。
「やめろ。鳥肌が立つ」
「なぜですか? 好きだと言わずに、どうやって好きだと伝えればいいのですか?」
「伝えなくていい。黙っていてくれ」
「……なるほど。分かりました」
ライナスがおとなしく引き下がってくれる。物分かりがよくて助かったと胸を撫で下ろしながら、俺は漆芸館の裏の駐車場へ車を停める。
息をつきながら降りると、先に助手席を降りたライナスが俺を迎える。そして――ライナスが俺の頬へ口付けた。
「……っ!?」
慌てて俺は顔を離し、未だ柔らかな唇の感触が残る頬を手で押さえた。
「い、い、いきなり、何をっ!」
「カツミさんが、好きを言うのはダメと言ったので」
「馬鹿野郎! 行動に移せってことじゃ……ああっ、このっ」
動揺で上手く言葉が出てこない。口を震わせる俺へ、ライナスが一切悪びれない笑顔を浮かべた。
「なるほどです。言うより伝わります」
「盛大に誤解を招くだけだ! 今のは絶対やめろ! 二度と! お前の所なら挨拶程度かもしれないがっ! 俺にはやめてくれ!」
「誤解……?」
不思議そうにライナスが首を傾げる。駄目だ。言えば言うほど酷くなる気しかしない。俺はため息をついて首を横に振る。
「とにかくやめろ。いいな?」
「……分かりました」
「じゃあついて来い。辻口に相談しないとな」
無理に気持ちを切り替えて、俺は漆芸館の裏口から中へと入り、すぐ右手にある来賓室へ行く。そしてライナスをソファに座らせた後、受話器を取って内線をかける。
『はい、事務室です』
「幸正だ。辻口館長は?」
『今こちらにおりますよ。変わります――あ、今そちらに向かうそうです』
「ありがとう。来賓室にいると伝えてくれ」
事務の女性に伝えてすぐに受話器を置けば、ライナスが俺をジッと見つめていることに気づく。
漆芸以外も熱心だな。俺のすべてを真似る気なのか? ライナスの感覚は俺には謎過ぎる。
凝視されて背筋にざわつきを覚えながら、俺はライナスの隣へ座る。もちろんしっかりと間を空けて。しかし俺が保ちたい距離感を無視して、ライナスは軽く腰を浮かして俺との間を詰めてくる。
体がくっつきはしないが、ほのかに熱を感じる距離。特にライナスは体温が高いらしく、よく伝わってくる。
「こら、くっつくな。距離が近すぎるぞライナス」
「ダメですか? 好きだと分かってもらえると思って」
「くどいぞ。分からせようとするな。お前がなぜか俺みたいな偏屈不愛想男が好きだってことは分かったから」
「ホントに?」
「ああ。だからやめろ」
「分かって、ワタシを置いてくれるんですか?」
身を乗り出して俺に顔を近づけるライナスの目が丸い。
なぜ今さら驚く? あからさまに俺が顔をしかめていると、辻口がにこやかに入ってきた。
翌日、俺は愛車の四駆SUVに乗って漆芸館へと向かう。
町までは峠道。道路は細く、片側は山の斜面が続いている。生え茂る草木は紅葉が進み、観光客には風情がある光景と喜ばれるが、見慣れた俺には冬のカウントダウンにしか見えず軽く憂鬱だ。
隣には未だ顔が腫れぼったいライナスが乗っている。昨夜はしっかりと寝れなかったようだが、信号待ちで横顔を見やる限りは嬉しそうに笑っている。
一日だけじゃあ懲りないか。本当に根性だけは異常にある奴だ。そこは認める。
俺が運転している最中、ライナスから小さな鼻歌が聞こえてきた。
「カツミさんと一緒に居られて、ウレシイです。シアワセです」
「妙なことを言うな。俺なんかと一緒にいて、何が良いって言うんだ……」
「好きな人と一緒ですから。ウレシイに決まりです!」
時々ライナスは言葉がおかしくなる。俺は眉間を揉みながら、どう注意すべきかを考える。
「ライナス……師匠に対しては好きと言うより、尊敬と言ったほうが適切だ」
「……? シショーでも好きなものは好きですよ?」
「俺のどこがいいんだ。愛想のないつまらん男だぞ?」
「でしたら目的地へ到着するまで、カツミさんの魅力を語ります。まず顔がクール。職人オブ職人。オーラがすごい。料理、上手。瞳がキレイ。ワタシのミューズ――」
それはもう嬉々とした声で言い募られ、俺の顔が大きく引きつった。
「やめろ。鳥肌が立つ」
「なぜですか? 好きだと言わずに、どうやって好きだと伝えればいいのですか?」
「伝えなくていい。黙っていてくれ」
「……なるほど。分かりました」
ライナスがおとなしく引き下がってくれる。物分かりがよくて助かったと胸を撫で下ろしながら、俺は漆芸館の裏の駐車場へ車を停める。
息をつきながら降りると、先に助手席を降りたライナスが俺を迎える。そして――ライナスが俺の頬へ口付けた。
「……っ!?」
慌てて俺は顔を離し、未だ柔らかな唇の感触が残る頬を手で押さえた。
「い、い、いきなり、何をっ!」
「カツミさんが、好きを言うのはダメと言ったので」
「馬鹿野郎! 行動に移せってことじゃ……ああっ、このっ」
動揺で上手く言葉が出てこない。口を震わせる俺へ、ライナスが一切悪びれない笑顔を浮かべた。
「なるほどです。言うより伝わります」
「盛大に誤解を招くだけだ! 今のは絶対やめろ! 二度と! お前の所なら挨拶程度かもしれないがっ! 俺にはやめてくれ!」
「誤解……?」
不思議そうにライナスが首を傾げる。駄目だ。言えば言うほど酷くなる気しかしない。俺はため息をついて首を横に振る。
「とにかくやめろ。いいな?」
「……分かりました」
「じゃあついて来い。辻口に相談しないとな」
無理に気持ちを切り替えて、俺は漆芸館の裏口から中へと入り、すぐ右手にある来賓室へ行く。そしてライナスをソファに座らせた後、受話器を取って内線をかける。
『はい、事務室です』
「幸正だ。辻口館長は?」
『今こちらにおりますよ。変わります――あ、今そちらに向かうそうです』
「ありがとう。来賓室にいると伝えてくれ」
事務の女性に伝えてすぐに受話器を置けば、ライナスが俺をジッと見つめていることに気づく。
漆芸以外も熱心だな。俺のすべてを真似る気なのか? ライナスの感覚は俺には謎過ぎる。
凝視されて背筋にざわつきを覚えながら、俺はライナスの隣へ座る。もちろんしっかりと間を空けて。しかし俺が保ちたい距離感を無視して、ライナスは軽く腰を浮かして俺との間を詰めてくる。
体がくっつきはしないが、ほのかに熱を感じる距離。特にライナスは体温が高いらしく、よく伝わってくる。
「こら、くっつくな。距離が近すぎるぞライナス」
「ダメですか? 好きだと分かってもらえると思って」
「くどいぞ。分からせようとするな。お前がなぜか俺みたいな偏屈不愛想男が好きだってことは分かったから」
「ホントに?」
「ああ。だからやめろ」
「分かって、ワタシを置いてくれるんですか?」
身を乗り出して俺に顔を近づけるライナスの目が丸い。
なぜ今さら驚く? あからさまに俺が顔をしかめていると、辻口がにこやかに入ってきた。
3
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる