5 / 79
一章 押しかけ弟子は金髪キラキラ英国青年
二年だなんて聞いてない
しおりを挟む◇ ◇ ◇
次の日。てっきり俺は一度だけの訪問だと思っていた。
「オハヨーゴザイマス、カツミさん!」
朝からライナスが玄関に立っていて、俺は顔を引きつらせてしまう。しかも今日は辻口がいない。レンタカーでライナスだけでここへ来たらしい。その上、
「……顔、大丈夫か?」
見事にライナスの顔はパンパンに腫れ上がっていた。
「コレぐらい、ダイジョーブです! ツジグチさんが、ナレたらハレなくなる、イッテました!」
辻口……いや、確かにそうだが、旅行期間中に慣れるもんじゃないんだが。
無責任なことを言うなと心の中で辻口を責めてから、俺はふと気づく。
「ライナス、今さらで悪いが……いつまでこっちにいるんだ?」
「ビザで来てます。あと二年ほどあります」
二年だと!? 驚いて思わず俺はカッと目を見開いた。
「昨日のツアー客と一緒じゃなかったのか!?」
「アレは、たまたま一緒になっただけです」
話を聞きながら、俺は嫌な予感が確信に変わり始めて口端を引きつらせていく。
「まさか俺に教えて欲しいっていうのは、昨日の見学みたいなものじゃなくて……」
「デシ入りです! これから毎日、カツミさんのトコロで学びます!」
「話が違うっ! 俺はそこまで許したつもりは……ちょっと待っててくれ」
俺は慌てて居間へ行き、スマホを手にして辻口へ電話した。
『おはよう、克己――』
「おいコラ辻口っ。俺ん所にライナスを押し付けるな! 無責任だぞ!」
『え? だって、昨日お前、了承しただろ?』
「昨日だけのつもりで受け入れたんだ。まさかビザが切れるまでとは思わんだろ」
『違う違う。ライナス、将来は日本に帰化するから。つまり――』
「つまり、なんだ?」
『――生涯師弟だ。良かったな。弟子は大切になー』
無責任に言い放たれた辻口の言葉に、俺は思わずその場に膝を着く。
「俺はっ、認めていない!」
『昨日一日受け入れたんだ。もう師弟の縁が生まれている。諦めろ』
「なぜお前はそんなにライナスを俺の所へ置かせたがる?」
『担い手が欲しいからに決まってるだろ。今の時代、熱意持って来てくれる人材は貴重なんだ。育って欲しいから、できるだけ望みに応えたいんだよ。分かるか?』
意外にも真面目な答えを返され、俺は言い淀む。
「それは分かるが……」
伝統工芸の後継者問題は珍しくない。どれだけ素晴らしい技術を持っていても、後継者がおらず廃れていく――この業界に居ればよく耳にすることだ。
辻口はこの山ノ中漆器に携わる人間たちをまとめ、技術を繋ぐことに尽力している男。廃れる危機感を強く持っているのは当然だ。
『ライナスは冷やかしじゃないとお前も感じただろ? どうか新しい職人を育ててくれ。頼む』
真剣な心持ちで辻口に頼まれ、俺は渋々腹を括ろうとした。
「……お前なあ、もっと最初からそう言ってくれ」
『ハハ、悪かった。やってくれるか克己?』
「そこまで言われたらやるしかないだろ」
『良かったぁぁ……克己、昨日のウイスキーに口つけた?』
「あ、ああ、美味かったが……」
『まともに買ったら約三十万な。もし辞退するなら、ちゃんとその金額ライナスに返してやれよ』
ふ、懐に痛い……っ。
自分の勘違いに呆れながら、俺はため息を吐きながらスマホの通話を切った。
ふぅ……と息をついて心を落ち着かせ、冷静を装いながら俺は玄関へ戻る。土間で立ち尽くしていたライナスが、俺と目を合わせた瞬間にビシッと背筋を正す。
見事にまぶたも唇も腫れて元の色男は台無しになっているが、わずかに覗く瞳はどこまでも真っ直ぐで、否応なしに俺に訴えかけてくる。
俺は腕を組み、しばらくライナスと見つめ合いながら黙ってみる。
――まったく揺らがない瞳に、俺が先に折れて口を開いた。
「……ライナス。本気で俺の所でやりたいんだな?」
「はい。お願いします!」
「後でやっぱり辞めたいとか他の奴がいいとか少しでも思ったら、絶対に遠慮するな。人間引き際が肝心だ。時間を無駄にするな。いいな?」
どう考えても俺は人受けするタイプではない。黙々とやり続けるだけの、面白みのない男だ。機嫌も態度に出る。我ながら面倒な奴だ。
可能な限りの心遣いを言葉に出してやれば、ライナスは満面の笑みを返してくる。
「それはナイです。ゼッタイです。カツミさんにホレましたから」
「は……?」
「カツミさんは、ワタシのミューズです」
……おい、日本語間違ってるぞ。別の意味に聞こえるだろうが。
しかも男に向かってミューズはないだろ。ましてやおっさん。ありない例えをするな。
母国語以外の言葉をこれだけ話せているのは、むしろ良いほうだ。まあどうせ居つきはしないのだから、多くは望むまい。俺は間違いを正さず、「ついて来い」とライナスを促す。
横目で見たライナスは心なしか頬が赤くなっていた。
3
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる