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俺の歌は本命だけに届かない

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 俺がステージ中央に立つのを見計らい、真白いライトが当てられる。

 薄暗い中、ぼんやりと浮かぶ観客の姿にペンライト。
 闇の中から唐突に現れた俺の姿に、会場内が歓声に包まれる。

 切望の声。いつ聞いても気分が良い。
 少し名残惜しさを覚えながら俺が手を挙げると、観客は一斉に静まり返る。

 俺の観客はみな良い子だ。おかげで今日も全力で歌える。感謝しかない。

 伴奏が始まるよりも先に、俺は息を深く吸い込んで力を溜める。

 そして心持ち顔を上げ、視線を二階席の中央へと向ける。
 いつもあの場所へ関係者を招いているが、今日もあの人の姿が見えて口元が綻びかけてしまう。

 相坂尚樹――目つきの悪い、地味で寡黙な男。
 いつもは短い黒髪に手入れが足らずボサボサなのに、俺のツアー最終日に顔を出す時は髪を整えている。服も見慣れぬスーツでストイックさに磨きがかかっている。

 デビュー曲からずっと俺の歌詞を手がけてくれている人。
 初めて歌詞を見て心を掴まれた。直に会って歌詞の意図を聞いて、本人に心を奪われた。

『若いからこそ悲恋に打ちひしがれ、それでも焦がれ、捻じ曲げたいと切に願う――強欲を抑えるな。永峰くん、君なら必ず歌いこなせる』

 まだ世に出ていない俺に、彼はそう言い切ってくれた。
 俺よりも頭一つ背が低く、体つきも筋肉質な俺よりも一回り細いのに、俺には彼が誰よりも大きくて頼もしい導き手に見えた。

 歌手・永峰凱斗を一番に認め、仕上げてくれた人。
 あの日から俺は彼のことを想いながら、魂を込めて歌い続けてきた。

 あと間もなくで一曲目が始まる。

 想いを溜めて、溜めて――第一声を放つ。
 腹の底から力強く、彼への想いをこの世のすべてに知らしめるよう歌を紡ぐ。

 観客の反応はいい。歓声に混じって、感激の涙を流す嗚咽や絶叫すら聞こえてくる。

 だが肝心な歌の送り先の彼は、微動だにしない。
 腕を組み、しばらくステージ上の俺を見て、フイッと顔を逸らす。

 表情はよく見えないが、喜んで歌を聞いている感じではない。

(今日も、なのか……っ)

 胸の奥がざわつく。
 もっと伝えなければと腹に力を集め、俺は縋るような熱唱を繰り返す。

 俺の中はもどかしさと憤りで満たされていく。だが、俺が焦れるほどに観客は盛り上がり、相坂さんは退屈そうによそ見を続ける。



 どの曲も彼に捧げて歌っているというのに。
 俺の歌は本命だけに届かない――。
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