303 / 345
十三話 裏切りの常習犯
どれだけ厳しくとも
しおりを挟む
はっきりと才明が意思を告げた瞬間、俺の胸の奥に温かなものが注がれていく。
精神が、心が、才明と繋がっていく感触。
策を仕込み、相手を翻弄する時は大胆さを見せるというのに、俺に向けられているのはささやかで優しい献身だ。
英正よりも控えめな、それでも俺を守り包もうとする気配。
本心をなかなか見せず、掴みどころがないのは、慎重さゆえのことだと伝わってくる。
才明が高く手をかざすと、他の者たちにも同様の白緑の光が灯っていく。
華侯焔だけが何も宿さぬ中、才明は俺を立たせ、目配せした。
「誠人様、どうかお力添えを」
軽く会釈され、俺は竹砕棍をひと振りする。
ほんの小さな炎舞撃を放つぐらいの軽い力を放てば、俺の陣営すべての身体が空に浮かんだ。
「ごきげんよう、華侯焔……飛翔瞬着」
静かに才明が呟いた瞬間、俺たちの身体が瞬く間に透けていく。
消える間際、俺を見上げる華侯焔と目が合う。
捕らえたかった獲物が消えそうだというのに、その瞳はやけに眩しげに細まり、口元は柔らかな笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
目の前が一瞬暗くなり、すぐ視界が戻る。
辺りは戦場になっていた荒野ではなく、まだ見慣れていない俺の居城内の広場だった。
体力を使い果たしていた英正も羽勳も、華侯焔にやられていた白鐸も、起き上がれないながらもここにいる。兵士たちもきょとんとしながら、辺りを見渡している。
見たところ、あの場にいた味方全員が揃っているらしい。
全体を見渡してから、才明は「ふむ」と口元に手を当てた。
「なるほど。合わせ技を習得する際、武将側が望んだ力を手に入れることができるのですか。全軍を望んだ場所に移動できるなんて、こんな都合のいい能力を得られるとは――」
独り言を垂れ流した後、ふと才明が我に返って俺に微笑む。
「すみません、つい悪いクセが……誠人様、お体は大丈夫ですか?」
「あ、ああ。問題ない。俺よりも英正たちを……」
目を向けると、近くにいた兵士たち英正と羽勳に声をかけたり、肩を貸して医務室へ向かおうとしているのが見える。
それなら俺は……と、白鐸の元へ駆けつけた。
「白鐸、大丈夫か?」
「……なんとか無事ですー。華侯焔のヤツ、遠慮ないんですからー」
横たわりながらも、白鐸の声ははっきりとしている。心の通った、騒げば耳が痛くなる声。
これなら死ぬことはなさそうだとホッとしてから、俺は白鐸を抱き上げた。
「床で寝るのは辛いだろ? 俺の寝台に運ぶから、今はしっかり休んで身体を癒やしてくれ」
「誠人サマぁ……本当にお優しいんですからー」
白鐸が小さく笑うと、その身体が急に軽くなる。
土埃でざらついていた毛の感触が消え、いつの間にか俺の腕を離れて白鐸は虚空にフラフラと浮かんでいた。
「ワタシは大丈夫ですー。誠人様がしっかり休まれて下さいー」
「待ってくれ。どこに行くんだ?」
「ちょっと考え事をー」
ゆっくりと俺から離れていこうとするが、不意に止まって言葉を置いていく。
「……ワタシは誠人サマに隠していることはありますが、絶対に裏切りませんからー。それだけは信じて下さいー」
責めないから、その隠し事を教えてくれないか?
そう言いたくなる気持ちを抑え、俺は遠のいていく白鐸を見送り続ける。
「白鐸の隠し事ですか。華侯焔の食事に下剤を入れていたとか、そんなくだらない内容なら良いのですがね」
俺の隣に並んで白鐸を見送りながら、才明がわずかに笑う。
しかし息をつくと、重たくなった声で呟く。
「どうにか退却できましたが、華侯焔が抜けた穴は大きいです。上手く立て直すことができるかどうか……」
志馬威と敵対することを決めてしまった上に、最強の将である華侯焔が寝返った。
すぐに志馬威から動きがあるだろう。
志馬威を討ち取り、覇者となることができるか――考える間でもなく、俺は声に出していた。
「できることをやる。それだけだ」
精神が、心が、才明と繋がっていく感触。
策を仕込み、相手を翻弄する時は大胆さを見せるというのに、俺に向けられているのはささやかで優しい献身だ。
英正よりも控えめな、それでも俺を守り包もうとする気配。
本心をなかなか見せず、掴みどころがないのは、慎重さゆえのことだと伝わってくる。
才明が高く手をかざすと、他の者たちにも同様の白緑の光が灯っていく。
華侯焔だけが何も宿さぬ中、才明は俺を立たせ、目配せした。
「誠人様、どうかお力添えを」
軽く会釈され、俺は竹砕棍をひと振りする。
ほんの小さな炎舞撃を放つぐらいの軽い力を放てば、俺の陣営すべての身体が空に浮かんだ。
「ごきげんよう、華侯焔……飛翔瞬着」
静かに才明が呟いた瞬間、俺たちの身体が瞬く間に透けていく。
消える間際、俺を見上げる華侯焔と目が合う。
捕らえたかった獲物が消えそうだというのに、その瞳はやけに眩しげに細まり、口元は柔らかな笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
目の前が一瞬暗くなり、すぐ視界が戻る。
辺りは戦場になっていた荒野ではなく、まだ見慣れていない俺の居城内の広場だった。
体力を使い果たしていた英正も羽勳も、華侯焔にやられていた白鐸も、起き上がれないながらもここにいる。兵士たちもきょとんとしながら、辺りを見渡している。
見たところ、あの場にいた味方全員が揃っているらしい。
全体を見渡してから、才明は「ふむ」と口元に手を当てた。
「なるほど。合わせ技を習得する際、武将側が望んだ力を手に入れることができるのですか。全軍を望んだ場所に移動できるなんて、こんな都合のいい能力を得られるとは――」
独り言を垂れ流した後、ふと才明が我に返って俺に微笑む。
「すみません、つい悪いクセが……誠人様、お体は大丈夫ですか?」
「あ、ああ。問題ない。俺よりも英正たちを……」
目を向けると、近くにいた兵士たち英正と羽勳に声をかけたり、肩を貸して医務室へ向かおうとしているのが見える。
それなら俺は……と、白鐸の元へ駆けつけた。
「白鐸、大丈夫か?」
「……なんとか無事ですー。華侯焔のヤツ、遠慮ないんですからー」
横たわりながらも、白鐸の声ははっきりとしている。心の通った、騒げば耳が痛くなる声。
これなら死ぬことはなさそうだとホッとしてから、俺は白鐸を抱き上げた。
「床で寝るのは辛いだろ? 俺の寝台に運ぶから、今はしっかり休んで身体を癒やしてくれ」
「誠人サマぁ……本当にお優しいんですからー」
白鐸が小さく笑うと、その身体が急に軽くなる。
土埃でざらついていた毛の感触が消え、いつの間にか俺の腕を離れて白鐸は虚空にフラフラと浮かんでいた。
「ワタシは大丈夫ですー。誠人様がしっかり休まれて下さいー」
「待ってくれ。どこに行くんだ?」
「ちょっと考え事をー」
ゆっくりと俺から離れていこうとするが、不意に止まって言葉を置いていく。
「……ワタシは誠人サマに隠していることはありますが、絶対に裏切りませんからー。それだけは信じて下さいー」
責めないから、その隠し事を教えてくれないか?
そう言いたくなる気持ちを抑え、俺は遠のいていく白鐸を見送り続ける。
「白鐸の隠し事ですか。華侯焔の食事に下剤を入れていたとか、そんなくだらない内容なら良いのですがね」
俺の隣に並んで白鐸を見送りながら、才明がわずかに笑う。
しかし息をつくと、重たくなった声で呟く。
「どうにか退却できましたが、華侯焔が抜けた穴は大きいです。上手く立て直すことができるかどうか……」
志馬威と敵対することを決めてしまった上に、最強の将である華侯焔が寝返った。
すぐに志馬威から動きがあるだろう。
志馬威を討ち取り、覇者となることができるか――考える間でもなく、俺は声に出していた。
「できることをやる。それだけだ」
0
お気に入りに追加
427
あなたにおすすめの小説

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。


久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜
古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。
かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。
その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。
ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。
BLoveさんに先行書き溜め。
なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。
猫宮乾
BL
異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる