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十二話 真実に近づく時
本当は何も見えてなかった
しおりを挟む宴の途中、夜風に当たりたくなって俺は砦の上に向かう。
満天の星空を見上げながら身体の火照りを癒やしていると、静かにこちらへ歩いてくる足音がする。
顔は見なくとも誰だか分かった。
「才明も夜風に当たりに来たのか?」
俺が尋ねると、小さな笑いが聞こえてきた。
「ええ。賑やかなことは好ましいですが、いささか疲れました」
振り向くと才明が苦笑しながら俺に近づいてくる。
才明の言っていることがあまりに分かりすぎて、俺は大きく頷いてしまった。
またしばらく会えないのだからと、華侯焔から酒を注がれた澗宇が酔い潰れてしまい、ただでさえひどかった華侯焔と侶普の言い合いが激しさを増してしまった。
その上、白鐸だけでなく英正まで参戦してしまい、言い疲れて眠りに落ちるまで収拾がつかない状態。終わりが見えなくて、外へ逃げてきてしまったというのもある。
俺の隣に並ぶと、才明は小声で話しかけてきた。
「昂命について、誠人様のお耳に入れさせて頂きたいことがあります」
「何が分かったことがあるのか?」
「あの者の話はいずれも確証が持てないものばかりでしたが、志馬威に対しての忠誠心は本物です。なので説得して味方につけようとは、思わないほうがいいでしょう」
志馬威――現実では柳生田さんがプレイヤーだ。
その彼の臣下として忠誠を尽くしている魔導士。ここから自ずと導き出されることを、俺はボソリと呟く。
「実質、『至高英雄』の運営は志馬威がやっているのだな」
「間違いないかと。彼らがこの世界を作り、私たちを縛り、一度負ければ這い上がれぬ理不尽な世界に閉じ込めています」
ただのVRゲームではなかった。
昂命という魔導士が、異世界の中にこの『至高英雄』という別世界を作り上げ、俺たちの世界と繋げ、敗者を奴隷としている――柳生田さんが、力のある者を都合良く搾取する構造がはっきりと見えてしまう。
現実では逆らえないことをいいことに、奴隷にした者たちを集めて好きに扱っているのだろう。懇親会という名目のあの卑猥な場は、自分に従っている配下に褒美を与える目的なのかもしれない。
まさか俺が合同練習に呼ばれた理由は、それが目的?
そして俺を指名したのは、東郷さん――。
考えてしまった瞬間、足元から感覚が消える。
最初から東郷さんは俺を罠にかけようとしていた。
でも俺を喰い物にされないよう守るために、俺を誘惑し、気に入ったフリをしてきた。
東郷さんらしくもない、人目をはばからない密着。親しげな態度。
華侯焔となりながら俺と接して、身体を繋げて、情が生まれたからの行動だと思いたい。
だが、東郷さんのスポンサーが柳生田さんだ。現実で逆らうことのできない相手。もし俺を裏切っていたとしたら……。
考えてしまった疑念を、恋人を疑うべきではないと心の中で自分に言い聞かせ、振り払おうとしたいた時。
「ひとつ、華侯焔のことでお伝えしたいことがあります」
才明が辺りを見渡し、人気がないことを確かめてから俺の耳元に顔を近づけ、声をひそめる。
「あちらの世界でお二人と分かれてから、少し調べたことがあるのですが……弟の所在が分かりません」
「なんだって?」
「澗宇様に聞いてみたのですが、どうしても言えないと教えてもらえず……何か裏があるようです」
幾度も身体を重ね、心も繋げ合い、少しは華侯焔を――ひいては東郷さんを理解していると思っていた。
本当は何も見えていなかったんだ。
一瞬でも気を緩めると涙が込み上げてしまいそうで、俺は拳を硬く握って嘆きそうな自分を押し殺す。
俺の動揺に気づかない才明ではない。
黙ってしまった俺を訝しむことなく、隣に立ち続ける。
「世界の全貌は見えましたが、分からぬことは山のようにあります。どうかくれぐれも油断されぬように」
「……ああ。分かっている」
ようやく絞り出した声は、情けなく揺れていた。
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