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七話 現実が繋がる時
乱取り稽古
しおりを挟む柔道着をまとって練習を開始した途端、それまでのおかしな空気は完全に消え失せた。
乱取り稽古のために東郷さんと向き合うと、その威圧感に呑まれそうになる。
組まなくても分かる、絶対に揺らぐことのない腰の重心。どれだけブレを生じさせようと上を攻め、足を払っても崩れたことはなかった。
「正代君、行くぞ」
距離を縮め、東郷さんが俺の柔道着を掴み――バンッ。鮮やかに俺の足を払って大外刈りを繰り出す。
受け身を取って衝撃を和らげ、すぐに立ち上がって俺は構えを取る。
そうやって何度も技を受け入れて東郷さんの技の研磨に付き合っていると、不意に東郷さんが構えを取ったまま動きを止める。
「次は君の番だ。かかってこい」
稽古とはいえ、東郷さんに技をかけられる。
今まで現実の試合では上手くかけられたことはなく、イメージトレーニングでも詳細に想像できなかった。
俺の技で東郷さんの背を床に着けられる機会が巡ってくるなんて……。
密かに高揚と動揺を抱えながら、「はいっ」と返事して東郷さんを掴む。
腰を捻り、思い切りよく投げの姿勢を取れば、東郷さんから力が抜ける手応え。
試合ならブレない体幹が崩れ、投げ技がきれいに決まった。
起き上がる東郷さんを見ながら、なんとも不思議な気分になる。
この光景をいつか試合で見たいと切望するのに、実際目の当たりにした途端、東郷さんが負けるなんてと嘆きそうな自分が脳裏に浮かぶ。
俺を常敗にする人。負けたくない人なのに……負けて欲しくないと望んでしまうのは、どうしてなのだろうか?
考え込んでいると、東郷さんが俺に話しかけてきた。
「投げる時はもう少し腰を意識したほうがいい。正代君の力は申し分ないが、だからこそ力に頼り過ぎな所がある。もっと上手く体を使うようにすれば、まだまだ伸びる」
まさか東郷さんからアドバイスがもらえるとは思わず、俺は驚きを顔に出してしまう。
嘘のつけない俺の態度に、東郷さんがわずかに微笑んだ。
「正代君にはぜひ伸びてもらいたい……君なら俺と同じ場所に上がって来られると信じている」
……東郷さんが俺のことを、そんな風に見ていたなんて。
嬉しさと共に胸が焼け付きそうなほど熱くなる。
誰もが『東郷が現役の内は一強が続く』と思う中で、当の本人が俺を認めてくれている。
もちろん今は東郷さんがいる頂には届いていない。
しかし、そこへ辿り着ける可能性があると言ってもらえて力がみなぎった。
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