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VSゴブリン

勇者の礼儀

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   ◇ ◇ ◇

 翌日、二人は魔王の居城に向かって街を出立した。

 地図を広げながら真剣な顔をして歩くグリオスの隣で、エルジュはにこやかな顔をしながら景色を楽しむ。

 上機嫌な鼻歌まで聞こえてきて、グリオスのこめかみが引きつった。

「……エルジュ、油断し過ぎだぞ。いくらお前が強いからといっても、相手を侮っていたら足元をすくわれるぞ」

「だって強いし。楽勝だし。どんな攻撃もオレには効かないし」

 あまりに稚拙で軽々しいエルジュの発言に、グリオスは大きなため息をつく。

 己の人生どころか、世界のすべてを舐めているとしか思えない態度。
 しかし、それが過言ではないことはグリオスが一番よく知っていた。

 生まれた瞬間から光の加護を授かり、数多の精霊から祝福され、物心ついた頃には剣を手にして村を襲撃する魔物を瞬殺していたエルジュ。

 否応なく経験は積み重なり、噂を聞いてあちこちから魔物退治の依頼をされ、旅行気分で遠方に向かっては魔物や魔王を蹴散らし――エルジュがその気になれば、この世界に存在する魔族を殲滅することができる力を持っているのは明白だった。

 だからこそ魔物と対峙することを一切恐れず、おぞましく絡まれても心から与えられる快楽を堪能することができる。

 そんなエルジュを理解しているからこそ、グリオスは腹立たしかった。

「あのなあ……完璧なヤツなんて存在しないんだ。そうやって甘く見ていたら、取り返しのつかないことになるかもしれないんだ」

「取り返しがつかないことって?」

「例えばの話、魔物に捕らわれて犯され続けて、快楽を得られ続けないと気が狂う……なんてことが起きたらどうする? もう既に半分捕らわれているから、魔物を見たら無防備になるんじゃないのか?」

 地図から目を離してグリオスはエルジュを見据える。

 物心ついた頃から面倒を見てきた、四歳違いの幼なじみ。
 血は繋がっていないが、常に一緒に居続けた仲。出来が良すぎて変人じみた弟みたいなもの。

 真剣に心配していることを伝えたくて眼差しを強めるが、エルジュは軽やかな笑みを崩さない。

「心配してくれるんだ、嬉しいなあ。でも安心して。オレのはそういうのじゃないから」

「信じられるか。もしそうなら、毎度魔物の懐に飛び込もうとしない――」

「分かってないなあグリオスは。オレは何をされても効かないのに、アイツらはどうにかしようと身構えて準備してくるんだよ? なのに、強いからってその努力をすぐに一蹴するって可哀そうじゃない?」

「……は? 言っている意味が分からないんだが……」

「要は、そこにワナがあるならハマってあげて、ちゃんと努力した成果をオレにぶつけさせてから倒したいってこと。それがオレなりの礼儀なの」

 エルジュから詳細を聞いても理解ができず、グリオスは目を据わらせる。

「そんな礼儀は捨ててしまえ! 人を巻き込んでまでやるな。もう俺が身代わりになって魔物に弄られるのは勘弁してくれ」

「じゃあ庇わなきゃいい。オレはキモチよくなりたいし」

「……今さら見捨てられるか。バカ野郎」

 顔を地図に戻してグリオスは息をつく。

 何をされても効かないからといって放置なんかできない。
 もし自分まで庇うことをやめてしまったら、この強すぎる勇者は――。

「ねぇグリオス。これからどこに行くの?」

 エルジュに話しかけられて、グリオスの肩がわずかに跳ねた。

「あ、ああ。魔王の居城はここより北にある。山を越えるよりは洞窟を抜けて、森を突っ切ったほうが早く着くだろう」

「洞窟に森かあ……どんな魔物がいるか楽しみだなあ。んふふー」

 ほんのり頬を染めながらエルジュがにんまりと笑う。
 昨日あれだけヤったのに、もう性欲が溢れてしまっている。そんなエルジュにグリオスは頭痛を覚えることしかできなかった。
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