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第六巻「ぼくが地球を救う」

第六章 やっぱりルージュが好き(前編)

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1

……、……、……。
「待ってて、クロ。すぐ用意して来るから。」
俺は何も聞かず、すぐに屋敷へと取って返す。
その俺に、ライアンが合流して来た。
「ユ……ルージュ、何があった?」
「判らないわ。でも、ライアンもすぐ用意して。完全武装よ。」
ライアンは俺を見詰め、その後一度クロを振り返り、「判った。」と、それ以上何も聞かずに後に続く。
目指す場所は、離れに設えたエッデルコ夫妻の工房だ。
工房へ着くと、ライアンはエッデルコの下へ、俺はチュチュの下へと急ぐ。
「チュチュ、試作品を出して頂戴。着て行くわ。」
そう声を掛けると、突っ伏していた机からガバッと身を起こすチュチュ。
また徹夜で作業していたのか。
こんな昼下がりには、いつも力尽きて寝こけているな。
女の子なんだから、もう少し美容と健康には気を使いなさい、なんて、本当だったら軽口を叩きたいところだが……。
「……緊急事態なの。頼めるかしら。」
俺がいつに無く真剣なトーンでそう語り掛けると、チュチュはすぐさま動き出した。
「すみません。お急ぎでしたら、ご自分でお着物はお脱ぎになって下さい。下着から何まで、全て御入り用ですね。」
「えぇ、お願い。少しでも役立ちそうな物があるなら、何でも持って来て。」
チュチュが大慌てで作業場を走り回り、俺は素早く裸になって身を任せる。
着る物こそミニスカボディコンワンピースだが、これは戦装束である。
そして、チュチュはその専門家で、細かい部分までこだわったトータルコーディネイトを考えてくれている。
戦国武将が甲冑を着せて貰う時のように、俺はチュチュに全ての装束を着させて貰う。
下着も靴下も、ベルト、リストバンド、髪留めに至るまで、チュチュお手製の魔法の防具だ。
これで防ぎ切れぬダメージなら、他のどの防具を身に付けていても防げやしない。
そして今回、相手はそれでも万全と言えないような相手だろう。
クロはただの家族じゃ無い。
誇り高き最強の古代竜なのだ。
そのクロが、俺に泣いてすがるのだ。
俺の全身全霊を以て応えねばなるまい。

着替えが終わると、今度は俺もエッデルコの下へと急ぐ。
「ライアン、準備はどう?」
そう声を掛けて部屋に入ると、丁度エッデルコがライアンにプレートアーマーを着せているところだった。
「もう少し掛かる。奥様の装備はそこに出してある。悪いが自分で装備してくれ。」
そう返事をしたのはエッデルコだった。
ライアンの鎧はフルプレートアーマーだから、ひとりでは着られないし手間も掛かる。
ライアンはじっとして、エッデルコに委ねている。
それが一番早いからな。
俺はテーブルの上に投げ出してあった、ダガーとショートソードを腰に回す。
こいつはいつも使っているゲイムスヴァーグの作品だが、折角なのでエッデルコに手入れだけ頼んでおいた。
分解整備を通して技術を盗む事も出来るから、エッデルコの方が申し入れて来たんだけどな。
先のトリエンティヌス王国お家騒動の時も何人か斬ったりしたが、その程度では曇りひとつ無い逸品とは言え、お気に入りとして常に携行していたから、俺自身の素人手入れしか出来ていなかった。
腰に吊るした後引き抜いてかざしてみると、なるほどまるで見違えた。
魔法的な処置を廃しているからこそ、魔法によって簡単に劣化を防止する事は出来無い。
日頃からメンテナンスをきちんとしなければ、最高の状態を維持するのは難しい。
やはり、有能な鍛冶師の存在は重要だ。
「良し、終わった。後、少し待ってくれ。」
そう言ってエッデルコは、工房の一角でごそごそやり出す。
ライアンの方は、鎧一式装備完了だ。
元々エッデルコが島でドラゴンスケイルアーマー(竜鱗鎧)として制作した物を、新調する鎧が完成するまでの繋ぎの装備として、ライアン用に調整してあった物だ。
ヘルム(兜)からグリーブ(脛当て)、サバトン(鉄靴)に至るまで、竜の鱗を基礎として作られたフルプレートアーマーで、本来ライアンが愛用するプレートメイル(チェインメイルとプレートアーマーを重ねて着る鎧)よりも重装備になる為、あくまでも間に合わせの装備である。
それでも、そこいらの鎧よりも遥かに高性能なので、今考え得る最高の鎧と言える。
「よっ………こらせっ、と。」
エッデルコは、ラージシールドよりも少し大きな竜鱗の盾と、ロングソードよりも少し長いバスタードソードを引っ張り出して来た。
「旦那様のご要望とは食い違うが、俺が持参した中では最高の逸品だ。まぁ、精錬ミスリルのバスタードソードは羽根のように軽いから問題無いと思うが、ドラゴンスケイルシールドの方はどうだ?扱えそうか?」
そう言われて、早速左腕一本で盾を構えるライアン。
「これは……、確かにかなりの重量だね。……しかし、この盾には付呪の余裕がある。すまない、ルージュ。軽量化を頼めるかい?」
「……うん、大丈夫。任せて。」
俺はすぐさま、軽量化の術式に取り掛かる。
本当なら、もっと効果的な付呪を施した方が性能向上に繋がるが、ライアンは剣と盾を軽快に取り回して戦うスタイルだから、装備が重過ぎるのは問題だ。
それに、エッデルコのドラゴンスケイルシールドは、素で充分強い。
敢えて強化を施さなくても、クロとの模擬戦で失ったライアン愛用の盾をも凌ぐだろう。
「すまんな、奥様、旦那様。俺の仕事がもっと早ければ、こんな半端な装備で送り出さなくて済んだのに。」
「何を言う、エッデルコ。君のお陰で、私は実力以上の力を発揮出来るだろう。本当に、君がいてくれて良かった。」
ライアンにそう言われ、照れるエッデルコ。しかし、すぐに表情が曇る。
「そう言って貰えるのは光栄だが、やはり半端な仕事は俺の矜持に関わる。旦那様の専用装備は、この世にふたつと並び立つ物の無い逸品に仕上げてみせよう。……だから、ちゃんと帰って来て下さいよ。」
「……あぁ、大丈夫。ちゃんと愛しい妻を護って、ふたりで帰って来るよ。」
軽量化の術式は難しいものじゃ無い。
すぐにも作業は終わるだろう。
さぁ、早くクロの下へ戻らないとな。

ふたりとも完全武装を調えて、改めて屋敷の外へ出てみると、街路から庭先へ家族たちがクロを移動させたようだ。
そのクロを取り囲むように、キンバリーさんや女中たち、エルダ、その愛する人であるライアン付き聖堂騎士ベルデハイムなどが集まり、クロを心配して寄り添っていた。
クロはまだ泣き顔をしているが、幾分落ち着きを取り戻したようだ。
……もうクロは家族だ。
そして、エルダもベルディもキンバリーさんも女中たちも……俺とライアン、この世界に身寄りの無いふたりの、掛け替えの無い家族。
「私たちはすぐに発つわ。キンバリーさん、後の事は頼みます。エルダ、ベルディ、皆を護ってやって。……オルヴァは大丈夫だと思うけどね。」
俺はそう呼び掛けながら、そっとクロの手を取る。
「ルージュ……。」
「大丈夫。私たちが何とかするわ。……皆、少し離れて。」
俺は振り返り、周りへそう呼び掛ける。
そうして俺、ライアン、クロの3人から少し距離を取った皆、キンバリーさん、女中たち、エルダ、ベルディ、仲間の聖堂騎士たち、エッデルコ夫妻が見守る中、「それじゃあ、行って来ます。」と挨拶をして、俺は新型テレポートで上空1000mへ転移した。

2

さすがにライアンは慌てていないが、クロはいきなりの転移に吃驚して声を上げる。
「はぁ?!……あ、ルージュ、手前ぇ、また何かやりやがったな!」
俺はクロの頭に拳骨を落とす。ごち。「ってぇ……。」
「手前ぇって何よ。ほら、街の人の目もあるから上空へ飛んだんだから、さっさとしないと落ちちゃうわよ。」
そう、今は転移して空へ上がっただけなので、このままでは落ちてしまう。
ようやく状況を理解して、クロは瞬時に成竜へと変化した。
俺とライアンは、そのままクロの背に降りる。
ついついそうしてしまうのか、クロはひと声「グォゥォオオ!」と咆哮を上げ、美しい漆黒の翼を羽ばたかせ空を進み始めた。北西の空へと。
それから数分、誰も何も言わずに漆黒が蒼穹を割り続けたが、一番最初にクロが耐えかね声を掛けて来た。
「……なぁ、何も聞かないのか?」
俺は、風の精霊に頼んでクロごと結界で包んで貰う。
こうすれば、風切り音で会話が聞こえづらいのを防げるし、若干クロの速度も上がる。
「聞くわよ。さっきは、準備を調えて出発するのを優先しただけ。」
「落ち着いたかい、クロ?だったら聞かせてくれ。一体、何があったんだい?」
優しくライアンが問い掛けるが、すぐに返事は返って来なかった。
どうやら、また涙ぐんでしまったようだ。
何かを思い返したのか、優しさが目に沁みたのか。
ぐすっ、と鼻を啜る音がした後、クロは静かに語り出す。
「……島が、島が襲われたんだ。大量の悪魔に。」
!……古代竜の島を襲うモノなどいる訳が無い……、しかし、それが悪魔となると話は別だ。
魔族では無く、本物の悪魔だ。
本来であれば、アーデルヴァイトに、この物質界には存在し得ないモノ。
「いきなり悪魔を引き連れた何者かが村にやって来て、爺ぃを連れ去ろうとした。もちろん抵抗しようとしたが、爺ぃはそいつの魔法で身動き取れなくされちまった。」
……確かに、ドルドガヴォイドは老いていた。
だからこそ俺が新しい体を創っていた訳だが、それでもまだ寿命には程遠く、アストラル体の方は壮健そのもの。
戦闘力だけなら既に最強では無いが、それでも古代竜の長老としてその存在力は規格外の超越種の中でも特別だった。
そんなドルドガヴォイドを魔法で縛り付けるなんて、並大抵の業じゃ無い。
「そいつは確かに強かったが、多分俺たち3人が上手く連携すれば倒せる程度だ。」
ここで言う3人ってのは、クロとヴァイスイート、メイリウムスの3人だな。
古代竜最強のクロと、最強の矛ヴァイスイート、最強の盾メイリウムスが揃えば、勝てない相手などいないはずだ。
……俺の事はこの際置いといて(^^;
「周りにいる大量の悪魔も、所詮レッサーやグレーターだ。ドワーフたちは気に掛かるが、俺たちにとっては脅威じゃ無い。」
「……でも、低級悪魔が大量発生してるって事は……。」
「あぁ、俺はアークデーモンを3体確認してる。……だが、ただのアークデーモンだったら、それこそ俺たちの敵じゃ無ぇ。」
「ただのって……。ちょっと待って、そんなまさか……。」
「詳しい事は判らねぇ。だけど、その内の1体だけは格が違った。姿形から間違い無くアークデーモンだが、他の2体を遥かに超える強さで、多分引き連れて来た奴より断然強ぇ。俺たち3人掛かりで、こいつ1体を相手にやられないようにするのが精一杯だった……。」
「……ルージュ、どう言う事だと思う?悪魔には詳しいよね。」
「……はっきりした事は言えないけど、多分ネームドよ。」
「Named、名前付きか。」
「普通ネームドともなると、アークデーモンすら超える存在のはずだけど、それしか考えられない。悪魔の序列はある程度判ってるけど、どうやって生まれてどう成長し、どう序列が上がって行くのかなんて知りようが無いから憶測だけど、アークデーモンとして生まれ付いたけど成長して上位存在に名前を与えられた。そんな奴じゃないかしら。」
主にコンピューターロールプレイングゲームの概念のひとつで、雑魚モンスターとは違う名前の付いた中ボス的な敵を、俗に名前付き、顔付き(イベントシーンなどで台詞があったりするので、雑魚とは違う顔アイコンが設定されている事から)、英語であるNamed=ネームド、などと呼ばれる。
あくまで、雑魚とは違う特別な敵だから名前が付くのだが、とある有名な転生作品では、逆転の発想で名前を付ける事で成長、進化していたな。
定番とは真逆なだけだが、作品の良い、そして重要なアクセントになっていた。
ゲームだと、特別なドラゴンだから、エイブラ、ブラムド、ナース、マイセン、シューティングスターと言う名前が付いていたり、仲間になるスライムだからスラリンとか、ペット(家族?)のようなキラーパンサーだからゲレゲレとか。
現実でも、特別だから名前が付く。
シートンで有名な狡猾な狼ロボ、ネス湖のUMA(未確認生物)でネッシー、屈斜路湖になるとクッシー、いないはずのアザラシが多摩川にいたからタマちゃん、野良猫に皆勝手に名前を付けるからイッパイアッテナ。
このアークデーモンも、普通のアークデーモンを超える特別なアークデーモンだから、上位存在に名前でも与えられているんじゃないだろうか。
と言う話であって、本当に名前があるのかどうかは知らないけどな。
「ネームドアークデーモン……、そうか、そんな相手だったのか、あいつ……。」
押し黙ってしまうクロ。
しかし、まだ話には続きがある。
「クロ……。」
「あ、あぁ、すまねぇ。そうこうする内、爺ぃが連れ去られちまった。向かったのは山の方だ。俺は後を追いたかったが、目の前のアークデーモンを躱して追い掛けるなんて無理だ。他の仲間は、レッサーはともかくグレーターが群れて襲って来たら対処するのがやっとだし、アークデーモンがいるから延々湧き出て来やがる。並みのアークデーモンだけなら俺たちで倒せただろうが、目の前の奴はとても倒せそうに無ぇ。俺は、焦るばかりで何も出来無かった……。」
「でも、貴方はやって来た。何があったの?」
「……ヴァイの奴が言ったんだ。こいつはひとりで足止めするから、お前らは逃げろって。もちろんそんな事出来無ぇって言ったけど、助けを呼んで来い、ドワーフも守れって。周りの仲間は何とか後退を始めたところだったし、ドワーフたちを守らなきゃならないのは判る。だから今度は、メイが自分がドワーフを守りに行くから、俺は……、俺は助けを求めに行けって。」
……確かに、そこは一旦退いて態勢を立て直すのが常道。でも……。
「……あいつ、覚悟をしてた。それが伝わって来た。でも……、でも何故ヴァイなんだ。別にその役は、俺だって良いじゃないか。何格好付けてんだよ……死んだら終わりじゃねぇか……。」
……単に、クロより年上だから、古代竜の兄として体を張ったのか、すでに助からないような傷を受けていたのか……。
でも、ヴァイスイートは未来を遺した。
古代竜の未来を。
「ライアンっ!」と、俺はライアンに抱き付いた。
「ど、どうしたんだい、ルージュ!?」
「私の体をお願い。」「え?!」
俺はライアンに文字通り体を預け、アストラル体で抜け出す。
「待ってろ、クロ。すぐに援軍を呼んで来る。安心しろ。きっと俺たちがお前を助けてやる。」
そして俺は、モーサントへとアストラル転移した。

一年中花咲き乱れるモーサントだが、春ともなればいつも以上に花々が元気に見える。
宙を舞い踊り狂う花の妖精たちも、さらに楽しそうに飛び回っている。
キャシーと共同研究を始めてからは何度も訪れている街だが、何故かいつもクリスティーナたちは留守だった。
本当に勇者ってのは、忙しいお仕事だ。
しかし、今は逢わなければならない。
根拠なのだから、今回ばかりはいて欲しい。
さて、どこにいるのかな、とアストラル感知をしてみれば、良かった、今日は街にいるぞ。
……それにこれは……、どうやらもうひと組、懐かしい顔に出逢えそうだな。
とは言え急ぐので、俺はまず、クリスティーナたちの気配の許へと飛ぶ。
ぱっ、と転移してみると、どこかの宿の一室のようだから、多分クリスティーナが定宿に使っている薔薇百合農園(と言う名前の宿(^^;)だな。
広いスイートルームになっており、そのリビングに3人が揃っていた。
内、クリスティーナとシロは、すぐにこちらに気付く。
「やっぱり何かあったのか、クリムゾン。」
と、いきなりシロが問い掛けて来た。
「どう言う事だ?」
「朝からシロちゃんの様子が変なのよ。何だかそわそわして落ち着かなくて。でも、シロちゃんにも何が原因か良く判らないって。」
そうか……、島の異変を、本能的に感じ取っていたのかもな。
「何か……あったんだな、クリムゾン。」
「あぁ、しかも、かなり大変な事態で、急も要する。シロ、お前の故郷が悪魔の大群に襲われている。クロがオルヴァまで報せに飛んで来たんだ。」
「そんなっ……。ね、ねぇ、シロちゃん、どうしよう……。」
「慌てるな、クリスティーナ。こうしてクリムゾンがここに来た。もう何か行動に移っているのだろう?」
「俺とライアン、そしてクロが、今オルヴァから島へ急行中だ。ただ、あんまりにも距離が遠過ぎるから、到着は明日の朝以降になるだろう。取り敢えず、シロたちにも向かって貰おうと報せに来た。そうだな……、ここからだとシロたちの方が先に着けるが、相手が相手だ、戦力がいる。島から一番近いバルドサンドのファリステ近郊で落ち合おう。」
「わ、判ったわ。すぐ、準備する。」
「あ、姐さん。あっしは、どう……。」
「悪いなトラップ、お前は今回お留守番だ。アークデーモンまで確認されている。すまんが、お前を守っている余裕は無いだろう。」
「……へい、判りやした。皆さんのご無事を、祈ってやすぜ。」
「シロ……。」
「……大丈夫だ。それより、ガ……クロの奴を、宜しく頼む。」
「……実はな、あの後クロと少し一緒に過ごしたんだ。結構強くなったんだぜ、あの子。今じゃ、口だけじゃ無く名実ともに古代竜最強だよ。大丈夫、安心してくれ。俺もライアンも付いてるしな。」
「そう……そうか。それは頼もしいな。あいつは少しやんちゃが過ぎたが、古代竜の将来を背負って立つ男だからな。頼んだぞ、クリムゾン。」
「あぁ、任せてくれ。クロはもう、俺の家族なんだ。」
ぼやけたアストラル体じゃ良く判らないかも知れないが、俺は笑顔でそう言った後、一度ライアンたちの許へ戻った。

「ただいまー。」
まだ出掛けるが、一応そう告げた。
「おかえり、ルージュ。」
ライアンも、一応応えてくれる。
「クロ、行き先変更だ。もう少し、北に向けてくれ。」
「……どう言う事だ?」
「シロたちも駆け付けて来る。位置的に向こうの方が先に着くが、相手が相手だ。まとまって行動した方が良い。だから、一度西方諸国で合流して、それから島へ渡る。軌道を修正して半日も飛べば、シロたちの気配も感じられるだろ。先に待ってて貰うから、集合場所へ急ごう。」
「……判った。」
「……すまないな。本当なら、真っ直ぐ島へ向かいたいだろうに。」
「ん?そんな事は無いさ。俺だって、覚悟を決めて逃げ出したんだ。何も考えずに突っ込んで、返り討ちに遭う訳には行かないからな。ルージュの言う事は尤もだ。」
……本当に、大人になった。
力だけじゃ無い、内面も成長した。
それでも、理屈と感情は別だ。
この悔しさを、絶対無駄にしてはならない。
「それじゃあ、俺はまた飛ぶよ。」
「今度はどこへ?主神様のところかい?」
「うん、オルヴァドルにも協力を仰ぎに行くけど、その前に、他にも懐かしい人たちを見付けたんだ。戦力は多いに越した事は無いからな。そいつらに逢いに行って来る。」
「懐かしい人?この事態で逢いに行くって事は、特別なんだね。」
「あぁ、そうさ。クロ、オルヴァドルに並ぶほど、強力な戦力になるはずだ。特に、悪魔絡みなら欠かせない人材だからな。」
「それは一体誰だい?」
「ふふ、サプライズ。きっと吃驚するはずさ。あ、クロ、先に言っておくけど、絶対喧嘩するなよ。今回だけは味方だからな。」
「何だよ、それ。喧嘩するな、今回だけはって、そいつは敵なのか?」
「逢ってのお楽しみだ。本当、良いタイミングだぜ。これは運が向いて来た。じゃ、行って来まーす。」
そして俺は、モーサントの北西に感じた、懐かしい奴らの許へと飛んだのだった。

3

北方諸国とは言え、この季節ともなればもう暖かい。
ただ、さすがに上空の空気は冷たく、彼の露出の多い格好を見れば、むしろそれを目にした者の方が寒いと感じてしまうだろう。
俺が飛んだ先で待っていたのは、そんな薄着も昔のままな、すらっとして背の高い、かなりのイケメンだった。
「よう、久しぶり。ちょっと良いか。」
俺が親し気に声を掛けると、後ろに控えていたもうひとりが、訝しげな声を上げる。
「何者だっ……、いや、もしかして……、クリムゾン、殿?」
そう言えば、あの時一度は別人の仮面を外したが、結局混乱するからってすぐ付け直したな。
別人の仮面の効果がしっかり発揮されていたから、今の俺とあの時の俺が一致しないのかも知れない。
「はぁ、そうだよ、ゴンドス。今はアストラル体だからクリムゾンの体じゃ無いけど、気配で判るだろう。」
そう、後ろに控えている男の名はゴンドス。
以前魔族の事を知ろうとグランダガーノ帝国へ赴いた時、戦場で出逢った魔族だ。
つまり、俺の目の前にいるこの男は……。
「さすがアスタレイ。別人の仮面も効いてなかったから、俺の気配を覚えてたか。」
細マッチョの長身で、腰まで届く白銀の髪が美しく、肌には隈取を施したような紋様が浮かび、その金色の瞳も合わさって超絶美形な魔族の隊長、あのアスタレイである。
今は、その背に蝙蝠を思わせる羽も生えているが、それで飛んでいる訳では無い。
あくまでも空を飛ぶ象徴であり、実際には魔力によって浮かび周囲のマナに乗って飛翔していて、それは古代竜やグリフォンなどと同様である。
その証拠に、今は羽ばたきもせず中空で静止している。
ちなみに、ゴンドスの方は鴉を思わせる黒い翼だ。
当然の事ながら、人間と魔族は敵対関係にあるし、あくまで俺が味方しているのはジェレヴァンナの森のディンギアたち一部の魔族だけだから、一別以来だ。
プロレスを共に戦った仲ではあるが、仲間とか友達なんて、気安く言えるような間柄じゃ無い。
お互い、認め合っていても、だ。
「何をしに来た、クリムゾン。こっちは急いでいるんだ。用があるなら今度にしてくれ……、と言いたいところだが……、はぁ、何かあったな。しかも、多分こっちの問題と関係ありだろう。」
「……そっちの問題が何か知らないが、俺はお前たちが悪魔の気配を察して向かってるもんだと思って来た。こっちの問題は、ずばり、悪魔だ。」
「……判った。お前には話した方が良いだろう。」
「た、隊長、さすがにそれはっ……。」
「ゴンドス、良いんだ。いや、そうしなければならないはずだ。もう、魔族だけの問題では無くなった。多分、そう言う事だ。」
「……それじゃあ、こっちの事情を先に説明するぞ。何者かは判らないが、古代竜の島に大量の悪魔を伴って上陸した奴がいる。中には、並みのアークデーモンを超えるアークデーモンもいたようだが、少し疑問だったんだ。そんな化け物を、果たして招喚出来得る者なんているのだろうか、ってな。だがもし、そいつが……。」
「た、隊長……。」
「……あぁ、そいつは魔族だ。くそっ、古代竜の島だと!?あの野郎、本気で魔王でも降臨させるつもりか。」
魔王、だと?!もちろん、ここで言う魔王ってのは、魔族たちが住む魔界の王の事じゃ無い。
アストラル界にある真なる魔界に棲む真なる魔王……悪魔たちを統べる王だ。
「さすがに、聞き捨てならない話だな。聞かせてくれるか?」
腕を組み、目を閉じて俯き、深い溜息を吐いた後、アスタレイは静かに語り始める。
「お前も知っての通り、俺たち魔族の中には悪魔迎撃を使命とする部隊がいる。そいつもそのひとりで、悪魔を深く知る過程で取り憑かれちまったみたいだ。様子がおかしかったから問い質そうとしたんだが、ヤサはすでにもぬけの殻でな。だが、多少の自我が残っていたようで、手記を残していた。どうやら、大悪魔の降臨を目論み、それに見合った贄を探しに行くと言う事らしくてな。ハイエルフや神族、そして古代竜。いや、ウチの魔王様も候補だったようだが、実力を知っているだけに避けたんだろう。俺たちは、奴の魔力残滓を追って追跡中だったんだが……、遅かったようだな。」
大悪魔の降臨……、あのアヴァドラスみたいな奴を、一時の招喚では無くこのアーデルヴァイトに居座らせるつもりか。
そんな事になれば、アーデルヴァイトは、この物質界は、いや、少なくとも物質界に生きる神々の子供たちは、全て息絶える事になるだろう。
事はもう、古代竜や魔族だけの問題では無くなった。
生きとし生ける者、全ての命運が懸かった事態だ。
「とは言え、大悪魔降臨の儀式となれば、上等な贄だけじゃ足りない。本当だったら、数か月、下手すりゃ数年掛かりの準備が必要になる。儀式を強行するとしても、まだ時間はあるはずだ。」
「あぁ、そいつは蝕まれる意識と戦い続けていたみたいだからな。その間、充分な準備は出来無かっただろう。追い付いて儀式を阻止すれば、まだ何とかなるはずだ。」
「協力してくれるんだろ、アスタレイ。島はもう悪魔だらけだ。いくらお前でも、ゴンドスさんとふたりで飛び込んだりすまい?」
「あぁ、むしろ協力してくれ、クリムゾン。奴に辿り着けなきゃ、この世の終わりだ。今は種族なんかにこだわっている場合じゃ無い。良いな、ゴンドス。」
「……はい、私にも理解出来ました。もうそこまで事態が進展しているとは……。それに、クリムゾン殿ならば、願っても無い相手です。」
良し、最悪は最悪だが、その中で最高の協力者を得た。
だが、問題が無い訳じゃ無い。
「……種族は関係無い、と言ってくれて嬉しいが、こっちの仲間は色々いるんでな。喧嘩はしないでくれよ。」
「あん?どう言う事だ?」
「……まずは、古代竜の島が襲われたんだ、こっちにはふたり古代竜がいる。」
「あぁ、すまないが、魔族の仕業だからって、こっちに襲い掛かって来たりしないようにしてくれよ。」
「それから、俺の夫がオルヴァの勇者だ。俺も元勇者だからな。不思議じゃ無いだろ。」
「夫?まぁ、人間ならそう言う事もあるか。」
呪いの所為で、子供に問題を抱えている魔族の場合、やはり男女が結ばれる事が多いのだろう。
まぁ、魔剣やヴァンパイアみたいな特殊な奴もいるくらいだから、男同士、女同士で子作りしたり、雌雄同体でひとりで子供が産める奴だっているかも知れないけどな(^^;
「そしてもうひとり、中央諸国の防波堤である、勇者クリスだ。……彼女は完全に魔族の敵だからな。揉めないでくれよ。」
「ゆ、勇者クリス……、わ、判りました。そうですか……、勇者クリスが……。」
さすがに、ゴンドスは簡単には呑み込めなかったようだな。
アスタレイの方は、大して気にしないだろうが。
「おい、クリムゾン。それで全てじゃ無いだろう。お前が勇者クリス程度で言い淀むとは思えないな。」
「……ま、こっちはこれから話しに行くところだから、間に合うかは判らないんだが……。俺は魔族の実態を知るのと同じように……、神族の実態を知る為にアーデルヴァイト・エルムスにも行ったんだよ。」
「おいおい、まさか……。」
「はは、そのまさかさ。俺は主神オルヴァドルとも仲良しでな。これから、助けてくれるよう逢いに行ってくるよ。」
ゴンドスさんの開いた口が塞がらないだけで無く、さすがのアスタレイもこれには驚きを隠せないのであった(^Д^;

俺はその後、移動を開始していたシロの背に転移した。
「うわっ、吃驚した!……クリムゾンちゃん、いきなり現れないでよ。」
どうやら、クリスティーナの目の前に出てしまったようだ。
「あぁ、すまんな、クリスティーナ。いつもと違って空を移動中だから、直接シロの背中を目標にして転移したんだ。悪いな。」
「ん、もう、仕方無いわね。今は緊急事態だもんね。」
「……それでクリムゾン、また何かあったのかね。」
シロが念話で話し掛けて来る。
「あぁ、ちゃんと情報を共有しておく必要があると思ってね。これだけそれぞれが離れていると、俺しか伝令役は務まらないだろ。」
「そうよねぇ。思えば、本当に凄いわよね、クリムゾンちゃん。車も飛行機も無い、聞けばこの世界には安全な転移も無いんでしょ。それなのに、クリムゾンちゃんは世界中飛び回れるんだもん。」
クリスティーナも念話で返して来た。
どうやら、シロの能力で念話による多人数会話が成立しているようだ。
オフィーリアも使っていた能力だが、なるほど便利だな。
俺も、一対一の念話の魔法なら一応知っているが、普段使う事は無い。
だから、今まで気にしていなかったが、こう言う会話がしにくい環境で多人数会話が可能な術式を組んでおけば、役に立ちそうだな。
「それで、クリムゾン。共有しておく情報とは?」
「あ、あぁ、まず、今回の一件の原因が判明した。悪魔に取り憑かれた魔族のひとりが、大悪魔の降臨を目論んで、その生贄として古代竜を選んだようだ。悪魔に襲われている現状も充分不味いが、放っておくともっと不味い事態になる。」
「もっと……不味い事態って……。」
「話を聞かせてくれた男の言葉を借りれば、そいつは魔王でも降臨させるつもりらしい。」
「!……、……、……。」「……。」
クリスティーナからは、強い驚きの感情が感じられた。
勇者が倒すべき魔王とは訳が違う。
アーデルヴァイトの魔王すら倒せるかどうか判らないのに、真なる魔王など相手に出来るはずも無い。
まぁ、あくまで比喩であり、どんな大悪魔の降臨を目論んでいるのか、正確なところは判らないけどな。
「……確かに、それは貴重な情報だな。しかし、わざわざ今報せに来る必要もあるまい。気になるのは、君が誰からその話を聞いて来たのか、だよ。」
「そ、そうね。確かにそうだわ。そんな話、一体誰から……。」
「……クリスティーナ、今は緊急事態だ。戦力はいくらあっても困らない。だから、喧嘩なんかしないでくれよ。」
「え?私?何よ、何よ、私、喧嘩なんてしないわよ。大丈夫、ちゃんと判ってる。力を貸してくれるなら、誰だって大歓迎よ。」
……まぁ、基本的にはその通り。
ただ、クリスティーナは一番真面目に勇者しているからな。
ライアンは、ヴァンパイアの件もあるし、理解してくれるだろうが……。
「はぁ、取り敢えず、距離の問題からそっちと先に合流して貰う事になるから、本当に頼むぜ。最悪シロ、クリスティーナを宥めてくれよ。」
「……一体、どんな相手なのよ……。」
「……名はアスタレイ。俺が魔族の事を知る為に、グランダガーノ帝国へ赴いた時に出逢った……魔族だ。」
「!……、……、……。」
絶句したクリスティーナは、今どんな心境なのだろう……。

その後、俺は一度ライアンたちの許へ。
さすがにクリスティーナも駄々を捏ねはしなかったが、果たして納得してくれたのかどうか……。
本当はサプライズとして黙っておくつもりだったが、期せずして敵の目的も判明したし、クリスティーナの反応を見て思い直した。
ライアンも一応勇者なのだから、魔族と共闘する事を話しておいた方が良いだろう。
「おかえり、ルージュ。首尾はどうだった?」
「……少し事情が変わったから、サプライズは中止だ。ライアンとクロにも、今話しておく。まず、今回の原因が判明した。」
「何だとっ?!それは本当か、ルージュ!」
「あぁ、本当だよ、クロ。敵の目的は、大悪魔の降臨だ。悪魔に魅入られた魔族のひとりが、古代竜を生贄に儀式を行うつもりなんだ。」
「大……悪魔?ちょっと待て、そんな事の為に俺たちを襲い、爺ぃを連れ去ったのか。あ、いや、そうじゃ無ぇ。そこじゃ無ぇ。つまり、俺たちが爺ぃを助けられなかったら、あのアークデーモンなんかよりもっと手に負えない悪魔が出て来ちまうのか。」
……意外だな。
確かに大人になったと思ったが、ここまで冷静で、且つ頭が回るとは。
俺は少し、クロを侮っていたのかも知れん。
「その通り、と言いたいところだが、実際にはもっと悪い。ドルドガヴォイドは真なる古代竜に一番近い最古の古代竜だ。儀式が敵の思惑通り完遂すれば、手に負えない悪魔どころか、その悪魔によってこのアーデルヴァイトが滅ぶ事にもなりかねない。それほどの事態だよ。」
「……、……マジかよ……。」
「……それで、ルージュ。サプライズを中止した理由は?」
さすがライアン、シロ同様、そこまで判るんだな。
「うん、その情報をもたらしたのが、俺がさっき逢いに行った奴らで、まぁ、俺が魔族を知る為に帝国へ行った時に出逢った魔族なんだ。その事を話した時のクリスティーナの様子がね……。頭では判ってると思うんだけど、これは一応、同じ勇者だからライアンにも先に話しておいた方が良いんじゃないかって思い直した。」
「なるほど。中央諸国で長年魔族と戦って来たクリスティーナは複雑だろうね。判った。私は大丈夫。私も魔族と直接逢って、少し価値観が変わった人間だ。心配してくれてありがとう、ルージュ。」
「うん、多分ライアンは大丈夫だって思ってたけど、一応な。……クロも大丈夫だよな。」
「ん?……あぁ、そう言う事か。今回の犯人が魔族だった。そんな魔族と一緒に戦えるのか、そう言う事だろ。大丈夫。俺はルージュのお陰で、色々見られたからな。人間の中にも色々な奴がいた。魔族の中にも色々な奴がいる。犯人とそいつらは別もんだ。ルージュが信頼する相手なら、尚更な。」
「……本当、クロは凄いな。あんまり早く成長するんで、少し寂しいくらいだ。」
「……どう言う意味だよ、それ。」
「子供の成長は、嬉しい半分、手を離れちゃって寂しい半分、って話さ。」
「だから、俺を子供扱いするなっ。」
ふふ、こう言うやり取りは、本当に良いもんだ。
……守らなくちゃな、この幸せを。
「さて、ひとつ心配の種が片付いた事だし、もう一箇所行って来るよ。」
「もう一箇所……、なるほど。もうひとりの、君の子供のところか。」
「そ。位置的にオルヴァよりも遠いから、間に合うか判らないけど、大量の悪魔が大陸にまで渡って来たら大変だからな。後詰めをして貰うだけでもありがたい。それじゃ、また行って来ます。」
「行ってらっしゃい。」
そして最後に、俺はアーデルヴァイト・エルムスにあるオルヴァドルの宮殿へと飛んだ。

4

過去何度か訪れた宮殿だが、今日は嫌に静やかだった。
どうやら今、宮殿には誰もいないようだ。
感知してみると、以前ダヴァリエたちと模擬戦を行った彼らの詰め所に、多くの神族が集まっていた。
……さすが光の神々の後裔。何かを感じ取ったようだな。
そこにオルヴァドルもいるので、すぐに彼らの許へと転移する。
ぱっ、と転移した瞬間、オルヴァドルとアルス、ダヴァリエが俺の来訪に気付く。
「ママ……、今日はパパだ。やっぱり来たんだね。詳しいお話を聞かせてくれるでしょ。」
「……と言う事は、やっぱり何かに気付いたんだな。」
「おぅ、悪魔だろ。俺は何も感じねぇけどな。」
「オルヴァドルが、遠方に大きな気配を感じると言うんだ。少なくとも、アークデーモンやデーモンロードを超える悪魔が出現したはずだから、戦闘準備をしろと言う。この数千年、いや、俺たちが生まれる遥か以前から、こんな事は無かったからな。半信半疑で一応人は集めたんだが……、お前がやって来たと言う事は、オルヴァドルは正しかったと言う事だ。」
なるほど。神族だからと、一々悪魔の招喚、降臨を感知出来る訳では無いんだな。
主神として、もしかしたらオルヴァドル自身の特殊な力として、今回の件を感知出来たと言う事か。
「やっぱり凄いな、オルヴァドル。しかも、こうしていつでも動けるように準備までしてるなんて、さすが主神だな。」
「ありがとう、パパ。それが僕のお仕事だからね。聞かせて、パパ。急ぐんでしょ。」
「そうだな。……なぁ、オルヴァドル。もしかして、お前は念話を通して周囲の人間と一度に話す事は出来るのか?」
「え?うん、出来るよ。あ、そう言う事か。判ったよ、パパ。ここにいるみんなにパパの声が聞こえるようにするね。」
本当に、オルヴァドルは頭が良い。
あくまでも、子供っぽいのは目に見える表層的な部分だけで、中身は歴とした神族の長たる主神なのだ。
俺は、オルヴァドルを通して、集まった100名ほどの神族たちにも話を聞かせる。
「とある魔族が悪魔に取り憑かれて、大悪魔の降臨の儀式を行おうとしている。生贄は古代竜の長老、場所は西の海に浮かぶ古代竜の島。現在、大量の悪魔とともに、アークデーモンが3体確認されている。その内の1体は通常のアークデーモンを超える強さを持っている事から、ネームドアークデーモンだと予想している。この儀式が敵の思惑通り完遂されれば、多分この世の終わりだ。」
その場の神族たちは、ざわつくどころか一切の無言となった。言葉も無いのだ。
いや、理解が追い付いていない者すらいるのだろう。
「そこで、出来れば神族の助けも借りたいと駆け付けたんだが、場所が場所だ。飛べる者も俺たち先陣には追い付けないだろうし、飛べない者は残念だが今回留守番だな。他に、今から俺たちの後を追って来られる様な能力を持った奴はいるか?」
ここで、100名の神族たちが一斉にざわめく。
オルヴァドルが取捨選択して不要な雑音を遮断しているようで、念話がやかましくなる事は無いが、これでは話が進まないな。
そこで、俺は他の神族は放っておいて、アルスに話し掛ける。
「そもそも、ここに集まった連中はどう言う奴らなんだ?さすがに、無気力じゃ無いようだが。」
「あぁ、一応、俺たちの部下が中心だ。ダヴァリエほどの覇気は無いが、常日頃兵としての訓練は積んでいるからな。それから、数は少ないが肩書き持ちだな。オルヴァドルの主神、俺たちの軍神以外にも、愛の女神や美の女神、狩人の神や鍛造の神。光の神々の役職を引き継いだ者たちは、少しはまともなんでな。」
「……正直、その中で使いものになるのはどのくらいだ?」
「……半分だな。レッサーはともかく、グレーターデーモン相手に後れを取らなくて済むだけの力を発揮出来るのは、多分半分程度だ。他は、能力だけならともかく、精神的に戦いに耐えられないだろう。ここに集まってくれただけでも驚きだよ。」
神族の力は、種族としては古代竜に並びアーデルヴァイト最強と言って良いだろう。
その巨大な姿は、神々の血を色濃く遺している事を証明している。
だが、アーデルヴァイトで一番、戦いとは無縁の種族でもある。
能力だけは高くとも、戦い方を、その力の使い方を、多くの神族が知らない、いや、忘れてしまったのだ。
「さらにその半分だ。凄ぇ残念だが、肉弾戦担当の俺は空を飛べねぇ。兄貴は飛べるが、他の奴らも飛べたり飛べなかったり。」
「なるほど。それじゃあ、多くても25人程度か。実際には、もっと減るだろうな。」
「それから、他にお前たちの後を追える能力と言うのも、思い付かないな。例えば、お前の使う空間転移のような能力か。そもそも、俺たち神族はアーデルヴァイト・エルムスを出られないからな。移動系の能力なんて、誰も持っていないんじゃないか?」
しまった。それもそうか。
神族くらいの超越種なら、何かしら移動能力を持ってるんじゃないかと期待したんだが、神の国内しか自由に移動出来無い環境なんだ。
その手の能力を持っていたとしても、宝の持ち腐れか。
「パパ、それなら僕は使えるよ。パパの傍になら、一瞬で飛んで行けるんだ。」
「何?!それって、特定の相手を目標に、空間転移出来るって事か?」
「うん。念話と一緒で、これと決めた相手のところにだけ飛べるんだ。」
「念話か……、と言う事は、魂の回廊が繋がった相手限定の、主神の特殊能力って事かな?」
「魂のかいろう?」
「ん?あぁ、要するに、魂と魂の間に廊下を繋げる感じだ。必要な時に行き来出来るように。」
「うん、うん、そう。さすがパパだね。そう言うかんじ。誰でも、何人でもできる訳じゃなくて、波長?とか言うのがあう人と、う~ん、僕の場合3人くらいまでかな?心の中でこうと決めておいた人と頭の中でお話しできるし、それができる人のところにはいつでも行けるんだ。」
僕の場合は、って事は、やはり歴代の主神に受け継がれている力のひとつなのだろう。
例えば、神の奇跡を演出する為に、時の主神教教皇や巫女の許へ一瞬で飛んで行けたりすれば、神の威光を示す事も出来るだろう。
実際、昔はそう言う使い方をしていたのかも知れない。
念話の方も、常に主神教教皇や巫女と意思疎通出来れば、人間族の支配に有効だったはずだ。
主神に身に付いていても、おかしく無い能力だな。
「良し、それなら、オルヴァドルだけは後で直接合流してくれ。俺たちが集合した後、改めて心で呼び掛けるから。」
「うん、わかった。」
「後は、空を飛べる奴らは、すぐに北西へ飛んでくれ。俺たちとは合流出来無いだろうが、後詰めとして援軍に駆け付けてくれれば、討ち漏らした悪魔どもを迎撃出来るかも知れないからな。」
「了解だ。オルヴァドル、処置を頼む。」
「うん。それじゃあ、みんな。僕の前に並んで。」
呼び掛けられて、13人ほどの神族が集まって来た。
どうやら、最終的に飛行可能な神族は、アルスを入れて14人だな。
その中で、充分な力を持っているのは6人か。
今回、多分アークデーモンたちは悪魔に取り憑かれた魔族が招喚したもので、通常通り生贄を使って仮初めの体に入っているだろうが、レッサーやグレーターはそのアークデーモンが直接魔界から喚び出したものだから、本来の魔法生物扱いだろう。
仮初めの体を持つレッサーでもLv20を超える訳だが、その束縛が無ければLv25相当になるのではないか。
グレーターは、そこから+10Lvくらいありそうだよな。
仮に、今回のレッサーがLv25、グレーターがLv35だとして、一般的な人間族の戦闘職がLv10で一人前。
Lv13もあれば精鋭で、オルヴァギルドマスターだったマックスがLv15、カンギ帝国冒険者ギルドニホン帝国支部でギルドマスターを務めていた、戦士系特化のグァンツォでLv20。
普通の人間はLv20を超えるのも難しく、勇者クリスの従者として異例の成長を遂げたトラップすらLv28、120年を生きた永遠のポーラスター・キャシーでさえLv32である。
レッサーですら大いなる脅威であり、グレーターデーモンなど人間世界では充分伝説級の怪物なのだ。
それほどの悪魔すら物ともしない超越種である神族とは言え、全員が全員、Lv50の壁の向こう側にいる訳では無い。
神族や魔族は、その数を減らしたとは言え今でも古代竜より多く、全ての個体が少なくとも壁を越えている古代竜と比べれば、個体ごとの強さでは劣る者が多い。
今回、飛べる者の中では、肩書き持ちは皆壁を越えているが、ダヴァリエたちの部下はそこまで強く無い。
多分、強化版グレーター1体1体と互角程度だろう。
そんなグレーターたちの群れと対すれば、悪いが数合わせにしかならない訳だ。
もちろん、壁を越えた6人と合わせ、心強い援軍である事に違い無いが。
「軍神アルスクリス、愛の女神メリヘイル、狩人の神ピリスティマス……。」
オルヴァドルが、ひとりひとり名前を呼びながら、その額に触れて行く。
「鍛造の神ヘルベルデムス、鏡の女神ミアテリス、獣神オルドゥヴァス……。」
ここまでが、肩書き持ちだな。
さすがに、気配だけで言うならダヴァリエやアルスが頭ひとつ抜けているが、それぞれに得意とするところも違うだろう。
この6人であれば、グレーターが群れで襲って来ても、充分撃退出来るはずだ。
「守護者ピントス、守護者アルカンヌ、守護者ムスタング、守護者マルスムス、守護者エーベルハム、守護者テントッド、守護者キルグリス、守護者メアリーアン。主神の名において、この者らに聖進の許しを与えるものなり。」
オルヴァドルがそう唱え終えると、彼らの額に光る呪紋が浮かぶ。
これにより、神族を神の国に閉じ込めている結界を、通り抜ける事が出来るのだろう。
ちなみに、聖ダヴァリエ王国の港街オーヴォワールにいた魔族の奴隷たちにも呪紋が刻まれていたが、呪紋と言うのは呪いの紋章、では無く呪文の紋章だ。
あくまで魔法的な効果、制約などが刻まれるもので、今回の場合主神の許しを得た事を証明する手形みたいなものだろう。
これが額にある神族だけが、結界を通り抜けられると言う事だな。
「それじゃあみんな、よろしくね。」
「うむ。良し、では行くぞ!」
軍神アルスを先頭に、彼ら14人は純白の翼を生やし、それを羽ばたかせて空へと舞い上がる。
彼らの神々しい出陣の姿は、それを見た人間族に、神を感じさせる事だろう。
「良し、それじゃあオルヴァドル。まだ半日は掛かると思うが、俺たちが集結した後呼び掛けるから、しっかり準備して合流してくれ。お前の力を頼りにさせて貰うぞ。」
「うん、わかったよ、パパ。僕、待ってるね。」
俺は手を振り、オルヴァドルやダヴァリエたちに見送られ、ライアンの許へと帰るのだった。
オルヴァドルが合流出来るのは大きい。
後は、アスタレイとゴンドスが、主神と喧嘩しない事を祈ろう(^^;

5

それから12時間、まだまだ合流場所は遠い。
最南端オルヴァから中央諸国までで概算3000km、今回は西方諸国西端の港町付近が目的地なので、俺たちは北西へ斜めに移動する形になるから、さらに距離は伸びる。
風の精霊の力も借りて、クロの飛行速度はそれなりに上がっているが、俺の新型フライですら時速300km出ているかどうか。
ジャンボジェットほど、短時間で世界を飛び回れる訳じゃ無い。
それでも、ようやくクロにもシロたちの気配が察知出来る距離まで来たようだ。
微妙な軌道修正をして、今は真っ直ぐ合流地点に向かって飛んでいる。
後2~3時間もすれば着くだろう。
シロたちとアスタレイたちは、もう合流地点で遭遇しているみたいだ。
何事も無ければ良いのだが、ま、さすがに事の重要性は解っているのだから、大丈夫だろう。
俺はライアンの胸に抱かれたまま、もう少し眠る事にする。
まぁ、さすがにこの状況では熟睡など出来無いんだが、目を瞑っているだけでも休まるし、何よりライアンに抱かれているのが心地良い……いやまぁ、ドラゴンスケイルアーマーを着込んでるから、ごつごつしてるけども(^^;
……場合によっては、これがライアンと過ごす最期の時間になるかも知れないのだ。
戦いによって命を落とす、と言うだけで無く、負ければこの世の終わりなのだから……。

2時間後、俺たちはバルドサンド共和国の港町ファリステ近郊へと辿り着く。
そこにある森の中で、クリスティーナたちは人目を忍んで待機していたようだ。
少し開けた場所に、小竜となったシロとクリスティーナ、そして少し離れてアスタレイとゴンドスがいた。
距離を離しているとは言え、そこまで険悪な雰囲気は感じない。
思うところは双方あるだろうが、それはすでに呑み込んだ。
仲良くなる必要も無いし、喧嘩さえしていなければ大丈夫。
俺は、上空で新型テレポートを発動してライアンと先に降り、クロは後から人間の姿に変じて降り立つ。
「……先に言っておくわよ、ゴンドスさん。私がクリムゾンの今の姿よ。アスタレイなら判ると思うけど。」
「は?……クリムゾン、殿?いやでも……貴女は女性ですよね……。」
「俺の夫って、そう言う意味かよ。まさか、お前が女になっているとはな。つくづく面白い奴だな、クリムゾン。」
「ルージュよ。今の私は冒険者ルージュ。良かったらルージュと呼んでね。」
「しかし、ルージュよ。その体じゃ、もう一緒にプロレスは楽しめそうに無いな。」
「ま、本物のプロレスも、男子と女子は別々だしね。ただね、性別はともかく、今の私の方が、本来の自分に近いのよ。さっき逢った時、私のアストラル体見たでしょ。」
「ん?……そう言えば、言われてみれば以前よりも背は低かったか。」
「そ。あれが生前の私の姿。元オルヴァの勇者だからね。本当は異世界の人間で、本当の私はクリムゾンみたいなゴリマッチョじゃ無かったからね。アスタレイと戦った時も、本当は少し、体がぶかぶかだったのよ。サイズの合っていない大きくて重い鎧を無理矢理着てたようなもんね。だから、サイズ感ぴったりの今の方が、実力を発揮出来るわよ。」
「見た目は華奢になっても、むしろ強くなっている、か。まぁ、お前のアストラル体を直接視たんだ。体なんか関係無しに、あの頃よりも圧倒的に強くなっているのは判ったけどな。……それで、そっちの鎧の男が、お前の夫か?」
「そうね。一応、ちゃんと自己紹介をしておきましょうか。」
そう言って、俺はライアンとクロを伴って、シロとクリスティーナたち、アスタレイとゴンドスの間に入るように移動して、結果的に全員が少し近付く形にする。
「改めまして、私が冒険者のルージュよ。元オルヴァの勇者であり、冒険者クリムゾンだった。ここにいる全員と面識があるから、一応私がまとめ役をやらせて貰うわ。」
「……ルージュが一番強いんだから、ルージュがリーダーで良いだろ。」
と、クロがぼそっと呟く。
「そうだな。それに文句のあるような奴は、ここにはいないだろ。俺も魔族の中では強い方だと自負しているが、とても今のルージュには敵わない。ゴンドス、お前にもそれくらいは判るな。」
「お、お言葉ですが……、いえ、その……。すみません。この中で、私が一番弱いのは判ります。情けない話ですが……。」
「仕方あるまい。ここにいる連中は特別だ。ゴンドス、お前が弱いんじゃ無い。こいつらが強過ぎるんだ。」
オルヴァの勇者に古代竜、ゴンドスを除けば、他の皆は全員Lv50の壁の向こうにいる。
壁の向こうにいても、それぞれ力の差はあるが、正直これだけの面子が一堂に会する機会など普通ならあり得ない。
「俺の名はアスタレイ。魔族軍で遊撃部隊を率いるとともに、悪魔を見付けたら倒して回る特殊部隊の隊長でもある。こっちのゴンドスは俺の副官だ。今回、俺たち魔族の不手際でこんな事態になってしまったが、事は世界の命運に関わる。すまないが、力を貸してくれ。」
そう言って、アスタレイは頭を下げた。
それに驚き、後に続くゴンドス。
……多分、アスタレイの正体は、今語った肩書き以上のものだろう。
もちろん、ゴンドスはそれを知っている。
だから、アスタレイ本人よりも、ゴンドスの方がより不本意な思いを抱いているんだろうな。
あぁ、ちなみに、別にアスタレイの正体が魔王だ、なんて思っている訳じゃ無いぞ。
ただ、ただの遊撃隊、及び特殊部隊の隊長ってレベルでは収まらないはずだ。
その年齢がトップシークレットって事は、多分……。
ま、詮索する気は無いが。
「一応、簡単な自己紹介は済ませたけど、私も改めまして。オルヴァの勇者クリスだ……って、今更ね。私はクリムゾンちゃんとは反対で、元は女だったの。勇者の素体って全部男なのよ。それで今はこんなにムキムキになっちゃったけど、そのお陰でたくさんの人を守れる勇者が務まってるんだから、今は感謝してるわ。それで、こっちの可愛い小竜がシロちゃんよ。」
「……シロだ。今回は島が世話になる。宜しく頼む。」
こちらも揃って、頭を下げる。
クリスティーナたちはアスタレイたちと先に合流していたんだから、少しは話をしたんだろう。
今のクリスティーナの態度からは、わだかまりは感じられない。
「次は私かな。」そう言って、ライアンは兜を脱ぐ。
「私もオルヴァの勇者で、ライアンだ。ルージュの夫でもある。彼女ほど強くは無いが、負けないように頑張るよ。」
あぁ、いつ見ても素敵な笑顔だ。
思わず見惚れてしまうな。
「……お前凄いな。あのクリムゾンが、お前の前では本当にただの女になっちまう。姿が変わった事よりも、今のルージュを見るのが驚きだ。」
「え?……何よ、それ。どう言う意味よ、アスタレイ。」
「あん?気付いてないのか?ライアンが兜を脱いで微笑んだ途端、お前見惚れて相好崩れてるぞ。どこからどう見ても恋する乙女だ。不思議な光景だぜ。」
いや、見惚れちまったのは自覚してたが、そんなにだらしない顔してるのか、俺(^^:
「本当。あのクリムゾンちゃんがこんなに可愛らしくなっちゃうなんて、凄いわねぇ。ライアンちゃんも、少し固いくらいかと思ってたのに、とても優しい顔してる。ふたりが運命の恋人同士だったなんて、ちょっと羨ましいわ。」
「あ、や、これはその……。ちょっと止めて。顔が熱くなっちゃう。」
おいおい、勘弁してくれ。今はそんな場合じゃ無いだろ。
もう意識しちゃってライアンの方を見られないが、ライアンは今どんな顔をしているのかな。
「つ、次、クロ。貴方の番よ。」
「あん、俺か?全く、ライアンが絡むと本当におかしくなるよな、ルージュは。俺様は、最強の古代竜ガルドヴォイドだ。まぁ、クロと呼んで良い。島と爺ぃを助ける為に、力を貸してくれ。それから……、すまなかったな。ルグスヴォルテム、クリスティーナ。あの時は、俺が悪かった。」
頭を下げるクロを見て、呆気に取られるシロ。
男子三日会わざれば……、クロは本当に成長した。
まだあの時から半年くらいしか経っていないが、どうだ、クロは大人になっただろ、シロ。
「良いのよ~、と言うか、こちらこそごめんなさい。あの時は私、少し心が迷ってて、つい手を出しちゃったのよ。私の方が悪かったわ。でもね、そのお陰でクリムゾンちゃんと再会して、そこで色々教えて貰って、私も少しは成長したのよ。貴方も、クリムゾンちゃんに逢って変わったんじゃない?全然雰囲気違うもん。だから、あれは私たちにとって、とっても良い経験だったのよ。」
クリスティーナも凄いな。本当にさばさばしている。
やっぱり、俺とは違って中身が女性だから、感性が違うのかも知れないな。
見た目は女、頭脳は男、のままだからな、俺(^^;
「……確かに、良い出逢いだったようだな。ガルドヴォイド、本当に立派になった。もうお前は子供じゃ無い。頼りにしているぞ。」
「お、おぅ、任せとけ。……しかし、ルグスヴォルテムにそう言われると、何だかくすぐったいな。」
はは、やっぱり照れてる。
こう言うところは、まだまだ子供だ……、守ってやらないとな。
「さぁ、これで全員自己紹介は済んだな。それじゃあ……。」
「あ、ちょっと待って、アスタレイ。まだいるのよ。」
「あん?……そう言えば、主神に逢いに行くと言っていたが、姿が見えないな。てっきり、神の国からじゃ間に合わないからだと思ったんだが。」
「確かにそうなんだけど、ひとりだけ合流出来そうなのよ。ちょっと待ってて。」
そう断ってから、俺は心の中でオルヴァドルへ呼び掛けた。

オルヴァドル……。オルヴァドル、聞こえるか?
俺は目を閉じて心の中で呼び掛けると、即返事が返って来た。
「うん、パパ、聞こえるよ。もう行って良い?」
もうって、ちゃんと準備を調えて、しっかり休んだのか?
「うん、だいじょうぶ。たっぷり寝たし、ヨモツヒラサカの様子も見てきたよ。」
そうか……。オルヴァドルは、中身はしっかりした主神様だからな。
やる事はちゃんとやってるんだ。
それは良かったが、すまん、オルヴァドル。
さっき、言いそびれた事がある。
今回の犯人の情報を提供してくれたのが、そいつを追って来た魔族なんだ。
その魔族も一緒に戦ってくれるから、今ここにいる。
魔族と神族は敵同士だが、事態が事態だ。
喧嘩しないで、仲良く出来るか?
「……うん、だいじょうぶだよ。きっと、魔族の人もパパに協力してると思ってたから。」
魔族が犯人だなんて情報をどう手に入れたか。
オルヴァドルは、それを察する事が出来るくらい、賢いんだよな。
つい子供のように思ってしまうが、神族の行く末を常日頃考えているような、立派な主神だもんな。
「僕たち神族は、人間族にぜんぶ任せて引きこもっているから、魔族が敵だって実感もうすい。むしろ、魔族の人の方が、僕の事をゆるせないんじゃないかな。」
確かにそうかもな。
だけど、アスタレイなら大丈夫だと思う。
ここに至って、ごねて優先すべき事を見誤るような漢じゃ無いさ。
オルヴァドル、こちらは大丈夫だと思う。
ところで、その転移は発動したらすぐこちらに到着するのか?
「うん、すぐだよ、パパ。」
俺は目を開けて「話は付いたわ。今から転移して貰うわ。オルヴァドル、来て良いわよ。」
そう、声を発しながら心の中でも呼び掛けると、俺のすぐ隣に光の柱が湧き立ち、一瞬でその光柱が消えると、そこに4mほどの巨人が姿を現す。
今日のオルヴァドルは、美しい金髪をちゃんと整え、軽装鎧に身を包み、その手には光の魔力に満ちたひと振りの槍を携えていた。
いつも宮殿で逢う時とは違い、だらしなさなど微塵も感じない堂々とした佇まいで、その神々しい姿と隠そうともしていない強い気配から、大いなる威厳を感じさせる。
見た目だけなら、どこからどう見ても立派な主神様だ。
「……パパ……あれ?あ、そうか、今はママだ。ママ、来たよ。」
そう言って、顔いっぱいににっこり笑うオルヴァドル。
「え!?」と思わずゴンドスが声を漏らすが、他の面々も怪訝な顔をしている。
そう言えば、オルヴァドルがどんな子かは、ライアンにしか話していなかったな。
「紹介するわ。こちら、神族を束ねる主神のオルヴァドルよ。彼だけは、特別な能力で直接私の元まで転移出来るから、こうして合流して貰ったの。残念ながら、他の神族たちは到着に時間が掛かるけど、軍神が13人ほど引き連れて、今こっちへ向かってるところよ。」
「みなさん、おはようございます。主神のオルヴァドルです。よろしくおねがいします。」
そうして、子供がそうするように、大きな動作でぺこりと頭を下げる。
「……あ~、え~と……。まぁ、想像は付く。しかし、ゴンドスも混乱してるし、説明してくれるか、ルージュ。」
と、アスタレイが申し出る。まぁ、当然だ。
この場にいる者を凌ぐ力を感じさせる癖に、まるで子供のように無邪気に振舞うその姿はちぐはぐだからな。
それこそ、滲み出る力を感じさせなければ、馬鹿にされていると勘違いしかねない。
「この子は、歴代の主神の中でも最強なの。その代わり、なのかな。心が子供のまま止まってるみたいでね。私は懐かれちゃってママなんて呼ばれてるけど、本当のママじゃ無いわよ、ゴンドスさん(笑)」
「え、あの……、良く判らないんですが……。」
「力の代償、ってやつか。ま、強い力の代わりに精神の成長が止まったのか、精神の成長が止まったから力が強くなったのか、それは判らないがな。……皮肉だな。まるで、俺たちみたいじゃないか。そうだろ、ゴンドス。」
「……なるほど……、そう言う事ですか。」
さすがだな、アスタレイ。
理解も早いし、説明も的確だ。
「ただ、子供のように思えるだけで、ちゃんと主神たる力だけで無く、資質も兼ね備えているわよ。物事は理解している、と言うより、かなり賢いわ。それこそ、私は精神的には充分大人なんだと思う。だから、とても頼りになるわよ。」
「ありがとう、ママ。僕、がんばるね。」
「……ふぅ、やれやれだ。主神がどんな奴か興味はあったが、まさかこんな奴だったとはな。……俺が本気になっても、少しも敵いそうも無いな。ウチの魔王様も敵わないんじゃないか?神族を倒そうなんて俺は考えた事も無いが、やろうと思っても無理だな、こりゃ。」
「た、隊長……。」
「最強の助っ人だ。今はとてもありがたいぜ。宜しく頼むぜ、主神様。」
「よ、よろしくおねがいします。」
歴史的な邂逅、とはならないんだろうが、今日この時ばかりは、神族と魔族が共同戦線を張る事になった。
森は遠過ぎてジェレヴァンナの力は借りられないが、ここに神族、魔族、古代竜が揃ったのである。
これ以上無いメンバーだ。
ちなみに、ジェレヴァンナはいつも上空から降りて来るが、空を飛んでいる訳では無い。
あくまで、樹上を移動して俺の目の前に降りて来ているだけだ。
精霊魔法にも使いものになる飛行魔法は存在しないので、ジェレヴァンナもスニーティフもここまで飛んで来る事は出来無い。
風の精霊に頼んで飛ばして貰う新型フライは、あくまで二重詠唱によって成立しているので、俺にしか使えないのだ。
さらに、今回はコマンダーたちも使わない。
実力的にも、ボニーとクライドですらグレーターには手こずるだろうし、今回はアークデーモンにより招喚された受肉していないレッサー、グレーターが相手だ。
そう、正の生命力を持たない魔法生物扱いの悪魔では、生命力吸収による再生が働かない。
その上、一番近くにいる生命体がドワーフや古代竜になってしまうから、守るべき対象から生命力を奪ってしまう事にもなりかねない。
再生が効かない彼ら自身の身の為にも、ドワーフたちの身の為にも、今回のケースではゾンビは使いにくいのだ。
コピーゾンビにも同じ欠点はあるが、コピーはやられても塵に還るだけ。
その分使いようはあるのだが、問題はおつむの方だ。
コピーゾンビには、簡単な命令しか下せない。
特に、放置するとなると、単純明快な命令が不可欠だ。
クロ相手に、目の前の竜を倒せ、倒すなり逃げたりしたら自壊せよ、と言う命令を与えていたように、簡単なプログラムに従うだけ。
直接俺が操るなら都度命令を変更すれば良いだけだが、放置となると与えた命令を忠実に遂行し続ける事になる。
アーデルヴァイトの地理など頭に入っていないから、バルドサンドのファリステまで飛べ、なんて命令しても動けない。
悪魔を攻撃しろ、なんて命令をして放置したら、手当たり次第にファイアーブレスを吐きまくって、ドワーフたちも巻き添えを喰うだろう。
成長前とは言えクロのコピードラゴンゾンビともなれば戦力としては大きいが、悪魔ごとドワーフたちを焼き尽くされては堪らない(-ω-)
結局、今の面子が最強メンバーなのである。
「さぁ、ルージュ。これで今集結出来得る最高戦力は集ったのだ。後はお前に任せるぞ。すぐ出陣するのか?」
「アスタレイ、焦る気持ちは判るけど、まずは作戦よ。今から説明するわ。」
失敗は許されないが、果たして俺の采配で問題無いのだろうか。
不安は募るが、とにかくやるしか無いのだ。

6

俺は一度、深く深呼吸をする。
決して失敗出来無いと言う緊張感の所為もあるが、その作戦内容の所為でもある。
全員が全員、すんなり納得してくれるとは思えない。
俺自身自信も持てないから、心がぐらついてしまう。
……これで、これで良いはずだ……。
「……まず、クリスティーナ、貴女にはここに残って貰うわ。」
「え?!……ちょっと、何で?何で私がここに残るの?」
「……甘い考えかも知れないけど、本当は全員でその魔族を追うのが正解かも知れないけど……、私は守れる者は皆守りたいの。いいえ、本音を言えば、少しでも関りを持った人たちだけ守れれば良いんだけど、クリスティーナ、貴女は違うわよね。」
「それは……、その通りだけど……。」
「ファリステの街の人たちを守ってあげて。」
「あ!」クリスティーナも、ようやく気が付いたようだ。
「もちろん、それだけが理由じゃ無いわ。クリスティーナは戦士系特化で、空を飛ぶ悪魔たちを自分から攻めて行くのに不向きでしょ。でも、襲って来る悪魔を迎撃するなら問題無い。幸い、まだ悪魔たちは飛来していないみたいだし、受肉していないからアークデーモンの傍を離れられないのかも知れない。長くアーデルヴァイトに留まっていられないのかも知れない。でも、私が感知した限り、かなり大陸に近付いて来てるわ。多分、その内ファリステまでやって来ると思う。でも、島へ渡る私たちは、それを一々迎撃しながら進む訳じゃ無い。神族の援軍が到着するにも時間が掛かる。今全員で乗り込めば、確実にファリステの人たちは犠牲になるわ。」
「……。」黙り込むクリスティーナ。
元々現代日本に住んでいたアメリカ人女性なんだから、多分それほど戦いにこだわりがある訳では無いだろう。
しかし、今日まで勇者として戦い過ごして来た中で、少なからず戦士としての矜持も芽生えたはずだ。
であれば、やはり一緒に島へ乗り込んで、暴れたいと言う思いもあったろう。
世界の命運を懸けた決戦なんだし。
それでも、クリスティーナは勇者なのだ。
人々を守る、勇者なのだ。
「ふむ、クリスティーナが残るなら、私もここに残る事になるのだな、クリムゾン。」
シロも聡明だから、俺の考えを察したようだ。
「え!?どうしてそうなるの?」
「……もちろん、いつも一緒にいてシロがクリスティーナを見守ってるから、と言うのもひとつ。そして、クリスティーナだけじゃ空から襲って来る大量の悪魔たちを迎撃出来無いわ。ファリステだけじゃ無い。他の街へも行かせない為に、多数を一度に殲滅出来る能力が望ましい。古代竜のブレスならそれに適う。そして、残るならクロでは無くシロになるのは、クリスティーナのパートナーとして当然でしょ。」
「でも……、シロちゃんだって、仲間を助けに行きたいでしょ。」
「クリスティーナ、仲間と言うなら、私の一番の仲間は君だよ。一緒に戦う事に、不満なんて無いよ。」
「シロちゃん……、ごめんね。」
そっとシロを抱き締めるクリスティーナ。
「こ、こら、よしなさい。別に謝る必要も無い。私も、それが一番だと思う。クリムゾンは正しい。」
「それでも……、それでもよ……。」
優しく、しかし決して離そうとしないクリスティーナと、敢えてそこから逃れないシロ。
ふたりも判ってる。場合によっては、これが最期になる事を……。
「……と言う事で、残った皆が島へ渡るわ。ただ、ゴンドスさん。貴方は、島へ着いたらドワーフたちを守ってあげて。」
「え?!私がですか?」
「悪いけど、貴方の実力だと、制約を受けていないグレーターデーモン1体にも手こずるはずよ。はっきり言うわ。貴方が付いて行ったら、アスタレイが本気で戦えない。きっとメイリウムス、赤い古代竜がドワーフたちを守る為に戦っているはずだから、その子やドワーフたちと協力して、生き残って頂戴。」
「ぐっ……。」悔しさから、唇を噛み締めるゴンドス。
あぁは言ったが、実際にはアスタレイに付いて行ったら、ゴンドスは死ぬ。
無駄死にさせるよりも、メイリウムスやドワーフたちの生存率を上げる為に役立って貰う方が、こちらとしても助かるのだ。
「ゴンドス。」と、ゴンドスの肩に手を置くアスタレイ。
「ルージュが言いにくい事を代わりに言ってくれたが、俺も同じ意見だ。今度ばかりは、俺も部下の面倒を見ながら戦えるほどの、余裕は無さそうだからな。」
アスタレイも、俺の真意は汲み取ってくれる。そして……。
「判ってます、隊長、いえ、アスタレイ様、ルージュ殿。貴方方が、私の身を案じて下さっているのは。そうさせてしまう自分の不甲斐無さに腹が立ちます。ですが、私が足手まといにならない事で、アスタレイ様が自由に戦えるのは事実です。ルージュ殿の采配に従いましょう。」
「すまんな、ゴンドス。これが無事に終わったら、改めて稽古を付けてやるよ。お前はまだ強くなれるさ。」
ゴンドスの肩を抱くアスタレイ。
そうさ、ゴンドスさん。あんたはもっと強くなれる。
その為にも、明日と言う日を守らなければ。
「島に渡った後、やる事はみっつあるわ。ひとつは、アークデーモンを倒す事よ。アークデーモンを放っておいたら、いくら倒してもレッサーとグレーターが後から後から湧いて出て来る。そこで、まずはライアンとアスタレイがそれぞれ1体ずつアークデーモンを倒した後、もう1体のネームドらしいアークデーモンを抑えて頂戴。」
「……抑えるだけか?」
「もちろん、倒せるなら倒しても良いけど……、クロたち古代竜が3人掛かりでも敵わなかった相手よ。ふたりで抑えるのだって……本当は心配よ。だからオルヴァドル、貴方はふたりのフォローもお願い。」
「僕?僕も一緒に戦うの?」
「いいえ、あくまでもふたりを、それと無く守って欲しいの。貴方にはまた別の役目があるから。」
「おい、ルージュ。確かにオルヴァドルの方が強いんだから、フォローされるのは仕方無いと思うが……。だったら、そのネームドはオルヴァドルに任せたらどうだ。」
「……本当はそうしたいんだけどね。もうひとつ大事な事があるの。それは、大量の悪魔たちを、可能な限り撃退する事よ。」
「なるほど、いくら湧いて出て来ると言っても、無視は出来ないからね。私も、クリスティーナ同様多数を相手に戦うには不向きだ。アスタレイ、君はどうだい?」
「ちっ、確かにそうだ。やってやれない事は無いが、俺の戦い方は一対一を想定したものだ。暗黒魔法を使って攻撃する事も出来るが、受肉していない悪魔相手じゃ、大した効果も期待出来無いだろうな。」
「ライアンもアスタレイも、単体から少数を相手に戦う分には力を発揮すると思うけど、……感知した限りもう数千体はいるのよ、レッサーたち。オルヴァドル、貴方なら、たくさんの悪魔を一気に薙ぎ払うような攻撃、出来るんじゃない?」
「うん、できるよ。元々、神様のへいたいとして悪魔や魔族と戦うために創られたからね。」
「だから、オルヴァドルには島全体に広がる悪魔たちを出来るだけたくさん倒して貰って、その間にライアンとアスタレイでアークデーモンを迎撃。可能であれば、ふたりとオルヴァドルの援護でネームドも撃破。……無理だけはしないでね。」
「判ってるよ、ルージュ。君や家族を残して、私は死なない。アスタレイだって魔族を背負ってるんだ。無駄に命を散らすつもりは無いだろう?」
「あぁ、当然だ。俺は、血気に逸るような歳じゃ無いからな。無理はしないし、させないよ。いざとなったら、オルヴァドルも助けてくれるんだろ。ちゃんとお前の夫は生きて帰してやるさ。」
「うん、僕がライアンさんを守ってあげるよ。心配しないで、ママ。」
「いや、別に、ライアンだけの話じゃ……。でも、お願いね、アスタレイ、オルヴァドル。」
本当は、俺も一緒にライアンと戦いたい。
ライアンが危ない目に遭わないように、背中を守りたい。
でも、俺は俺で、大変な役目があるのだ。
そう、一番大変な役目が。
「そして、私とクロで、その魔族を追うわ。何とか、儀式を成功させる前に、ドルドガヴォイドを助け出さなくちゃ。」
「おうよ、任せろ。俺が絶対、爺ぃを助け出してやるぜ!」
他の役目も失敗出来るような役目じゃ無いが、その中でも俺たちの責任は重大だ。
儀式の阻止に失敗すれば、ドルドガヴォイドを救えないだけじゃ無く、この世が終わってしまうのだから。
「あ~、ルージュ。どうでも良い事かも知れないが、一応伝えておく。今回の事件を引き起こした馬鹿の名前は、アストンヘイトン。……すでに奴は死んでいるも同じだ。お前の手で、引導を渡してやってくれ。」
「……判ったわ。アストンヘイトン、もうひとりの悪魔の犠牲者。彼も悪魔の計画が失敗する事を望んでいるはずよ。その志は果たしてあげるわ。」
「……あぁ、頼んだ。」
「それじゃあ、行くわよ、皆。死ぬんじゃ無いわよ!」
「応っ!」と、皆の声が重なった。
さぁ、この世の命運を懸けた、最後のいち日の始まりである。

背中に赤光を背負って、5つの影が飛び上がる。
飛び立ってすぐ、森を超えた先で最初の影、シロに乗ったクリスティーナが群れから離れる。
残る影、クロに乗った俺とライアン、蝙蝠のような羽を生やしたアスタレイ、鴉羽のゴンドス、そして純白の美しい翼を広げたオルヴァドルは、そのまま海上へと進み、速度を上げて行く。
以前島へ渡った時は、クロの速度で3時間程度、多分島は大陸から600kmくらいに位置する。
今は風の精霊の力を借りているし、アスタレイとオルヴァドルはその速度に付いて来られるので、2時間弱で着けるかも知れない。
だが、途中でレッサーたちに遭遇しそうだから、ある程度は戦う必要もある。
何より、この速度にゴンドスは付いて来られていないので、レッサーたちをそのままにしてしまうと、ゴンドスが危ない。
結局、少し速度を落とし、進路上のレッサーたちは出来るだけ撃墜して進んだので、島へ到達するまで3時間掛かった。
しかし、そこに広がる光景は、この世のものとも思えぬ光景だった。
トップをねらえ!にあったセリフになぞらえれば、空が青く見えない。敵が7分に青が3分だ!と言った具合だ。
雲ひとつ無い晴れ渡った空なのに、蠢く悪魔どもがその空を覆い、視界の7分を埋め尽くす勢いである。
……アストラル感知で数だけは判っていたが、いざ目の前にすると凄絶な光景だ。
こんな状態では、もう……。いや、希望を捨てる訳には行かない。
俺たちは、そのまま空を飛んで島へ上陸するが、ひとり遅れたゴンドスはドワーフの集落に向かったはずだ。
上空を通り過ぎる際、まだドワーフたちの姿が見えたし、赤竜の姿も確認出来た。
そう、まだ戦っているのだ、島の者たちは。
ゴンドスが合流すれば、まだ少しは持つだろう。
急がなければならない。
ドワーフの集落と古代竜の集落は10km以上離れているが、その中ほど、北と南にアークデーモンの気配があった。
「アスタレイ!北の1体をお願い。」と、俺は念話で呼び掛ける。
すかさず高度を下げて行き、北のアークデーモンへと向かうアスタレイ。
「オルヴァドル、ライアンを南の1体の許へ送り届けて。その後、雑魚の掃除を始めて頂戴。」
「うん、わかった!」と念話で返事を返し、オルヴァドルはライアンの許へ。
「……死なないでね、ライアン。私は、貴方と明日も生きる為に、これから死地に向かうんだから。帰って来た時、貴方がいない世界なんて御免よ。」
「……君も死ぬんじゃないぞ、ユウ。もし駄目だと思ったら私の許へ帰っておいで。最期はふたりで迎えよう。僕も、君のいない世界なんて御免だからね。」
フルプレートを着込んだライアンとは口付けすら交わせないけど、最後に互いの体を抱き締め合う。
「……オルヴァドル、ライアンをお願い!」
「……うん、ママ、まかせて。ライアンさんは、絶対守ってみせるよ。」
そうしてオルヴァドルの掌に乗せられて、ライアンが死地へと出陣して行った……。
異世界なんて救ってやらねぇと思っていたが、ここはもう異世界なんかじゃ無い。
俺とライアンが生きる、自分の世界だ。
だったら、救ってやろうじゃないか。
異世界なんかじゃ無い、このアーデルヴァイトを。
「クロ!後は私たち次第よ!絶対、お爺さんを助けましょう!」
「当たり前だ!俺様が、爺ぃも世界も救ってやるぜ!」
俺は新型フライを発動し、クロの背中から飛び立った。
目指すは、島の西側にあるエンポリュス山。
さぁ、決戦の始まりだ!

後編へつづく

なかがき

書いている内予想以上にボリュームアップしていて、まだふたつほど件を残す時点で他の章の倍ほどの長さになっている事に気付き、それならばふたつに割って前半だけでも先にアップしてしまおうと考えました。
内容そのものは当初予定した通りなんですが、書く前は短くなり過ぎたらどうしようと思っていたのに、どうしてこうなった(^^;
これも、キャラクターが勝手に動いてくれているからだとしたら、嬉しい誤算なんですが。
多分、後編を書き上げるのにそこまで時間は掛からないと思いますが、取り敢えず前編をお送りします。
後編を楽しみに待って頂けたら幸いです。
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