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第四巻「天国と地獄」

第三章 屋根裏の散歩者

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1

怒られた。
怒声を上げるような怒り方じゃ無くて、呆れて物も言えないと言う怒り方だが、冒険者ギルドの受付の親父に怒られた。
先の一件、一応解決したのは俺だが、あくまで忍者ノワールの話。
全てをありのままに伝える訳には行かないので、御曹司を守る事には失敗したが、悪魔は倒した。
悪魔はグレーターデーモンだったが、招喚した人間は不明、と言う事にしてある。
それを鵜呑みにはしないけれど、そう言う事にしておく、と言う形で、忍者ギルドではこの一件は終了。
関わった人間が人間だけに、真実も事実も表には出ない。
外様の冒険者ギルドからすれば、警護対象が精神的に耐え切れず自害、依頼は失敗、と言う事になる。
俺……冒険者クリムゾンは、忍者ギルドで裏の情報を探ってから、危なければ最悪逃げる、とは言ってあったが、依頼主の前に姿も出さず、すっぽかした間に警護対象が死んだ事になる訳だ。
仕事を請けておいてすっぽかすのは頂けないし、その間に失敗するなど最悪のケースだ。
……何か、クリムゾンでいる意味無い気がして来た。
中央諸国でも、義賊ノワールの陰で悪評ばかり、ここでもノワールの活躍の裏でクリムゾンは依頼をすっぽかし。
元々、出奔勇者イタミ・ヒデオと言う正体を隠す為、盗賊ノワールは裏の顔になるから、表の顔としての冒険者クリムゾン、と言うつもりだったが、もうノワールだけで良くね?(^^:
ノワールが盗賊系冒険者としてもギルド登録しておくだけで、事足りるような気がする。
イタミ・ヒデオの追手の気配も、一切無いしな。
クリムゾンとしてしか会っていない奴らもいるが、もう退場させちゃおうかな。

で、今は冒険者ギルドの奥、ギルドマスターの部屋の中だ。
さすがに支部なので、そこまで豪勢な部屋では無い。
質素な内装なのは、支部だからと言う理由だけで無く、ギルドマスターの性格にもよる。
生粋の戦士系冒険者。
戦士系スキルに特化していて、190を超える俺よりも背が高く、ゴリマッチョな俺よりもさらにゴリマッチョな男、それがカンギ帝国冒険者ギルド日本支部のギルドマスター、グァンツォだった。
質実剛健を体現したような男、と聞いていたが、今は非道く困り顔をしている。
「……クリムゾンさん、本当、勘弁して下さいよ。」
困り顔では無く、本当に困っていたようだ。
「私はこれでも、カンギギルドの中じゃ一、二を争う剛の者だと言う自負があります。でもね、Lv20ですよ。立場上貴方の上役って事になりますけど、自分より倍もレベルが高い貴方の足元にも及びませんよ。こちらから頼る事もあるかと思っていたら、いきなり依頼をすっぽかすなんて、私、立場上貴方を罰しないといけないんですよ?本当、勘弁して下さいよ。」
オルヴァ盗賊ギルドのギルドマスター、マックスはLv15だった。
凄腕暗殺者のリトルドクターでLv18。
Lv20ともなれば、一国を預かる王にだってなれるほどの実力と言える。
Lv30であれば、周辺国すら支配して、歴史にその名を残すだろう。
Lv40とは、伝承に語られるような勇者や英雄だ。
人間でLv50に至ったならば、それこそ100年に一度魔王を倒すほどの存在だと言える。
だから、グァンツォが弱い訳では無い。
俺が規格外なのだ。
戦士系特化のグァンツォと、盗賊/魔法系の俺が腕相撲したとして、簡単に俺が勝ってしまうだろう。
Lv20とLv40の差は、それほど圧倒的だ。
そんな奴が便宜上部下で、ミスをした以上罰しなければならないのだ。
さぞや、胃の痛い事だろう(^^;
「……一応、ひとつ仕事をやって貰います。ある意味重要で、ある意味どうでも良い仕事です。」
「あ~……、すまんな。俺にも色々事情はあったんだが、迷惑を掛けた。何だってするよ。何でも言ってくれ。」
「……有り体に言えば、間諜です。別に、ニホンとどうこうとは考えていませんが、何かしら重要な機密でも盗み出せれば、外交カードに使えるかも知れない。そんな馬鹿な事を考えたお偉いさんの要望でしてね。わざわざ出向と言う形でニホン支部を作ったのも、その為だとか。私としてはどうでも良い仕事ですが、一応命令はされているんで、今まではそれに足る人材がいないと流して来ました。でも、貴方なら……、と言う話です。」
「ふ~ん……、まぁ確かに、潜入工作は得意分野だな。」
「こんな事でも無ければ、やらせませんよ。リスクしか無い仕事です。大した情報なんて盗めやしないし、バレたら要らぬ波風立てるだけ。馬鹿馬鹿しい話です。」
本当は、こんな中間管理職では無く、戦場を駆けていたいんだろうなぁ。
「貴方の腕を疑う訳じゃありませんが、請けるならギルドカードは預かります。もしもの時に、ウチとの繋がりが疑われないように。今回の件で謹慎して貰い、その間ギルドカードを取り上げた、と言う形で、内部にも示しが付きますから。」
「Ok、それで構わない。今回は全面的に俺が悪いし、仕事も得意な内容なんだ。文句は無い。」
そう言って、俺はグァンツォにギルドカードを預ける。
「出来れば、トウキ家なんかよりもっと中枢、タヤス家やヒトツバシ家にでも忍び込んで下さい。もっと東の方です。その方が、よりウチとの距離も開きますし。盗むものは、何だって良いです。具体的な要望がある訳じゃ無いんで。」
「了解。観光がてら、街道旅と洒落込むさ。そのヒトツバシ家とやらまでどれくらいだ?」
「ニホンはそれほど広い国じゃ無いんで、乗合馬車で3日と言ったところです。」
実際の日本よりも、かなり小さい島なんだな。
堺から江戸までだったら、本当はもっと掛かるよな。
「くれぐれも、気を付けて下さいよ。無理にやる必要なんか無い仕事なんです。そんなんで何かあったら、申し訳無いですから。」
「大丈夫、無理はしないさ。俺は存外臆病者なんだぜ。」
片手を上げ軽く答えて、俺は部屋を後にした。
この時は、本当に軽く考えていたのだ。
アギラほどの悪魔とさえ、対等に渡り合えるようになったんだから。
油断したつもりなど、全く無いんだけどな……。

2

急ぐ旅でも無し、乗合馬車に揺られて3日、俺はエドミヤコへと辿り着いた。
この日本の首都はキョウミヤコで、そこにニホン帝国皇帝と公家たちが暮らしている。
エドミヤコは将軍が治める第二首都で、武家たちが暮らしている。
皇帝が首長であり、公家が文官、武家が武官に相当する。
今は政情が安定していて、国内での権力争いは表向き存在しない。
現実世界とは違い、モンスターと言う脅威がいる為、戦国のような乱世では無くとも、若干武家の方が力関係は強いそうだ。
航路がひとつしか無い閉鎖された島国だけに、文官は外交と言う活躍の場も無いしな。
結果、内政で結果を残すしか無いから、現実世界の公家とは立場が違う。
京で蹴鞠や句会に興じているだけで良い、とは行かないのだ。
まぁ、現地に赴くのは公家も武家も配下の者で、彼ら自身はキョウミヤコとエドミヤコから離れない。
だから、暇な時にはちゃんと風雅な遊びもしているんだろうけど(^^;
ちなみに、サカイミナト周辺を治めるのがトウキ家で、家老であるマツダイラ家が現地で実務をこなしていた。
トウキ家のお殿様は、あくまでエドミヤコに住んでいる訳だ。

キョウミヤコの皇帝や公家たちでは無く、エドミヤコの武家を狙うのは、単にサカイミナトからの距離の問題だ。
グァンツォの言うように、特に具体的な標的が決まっている訳では無いので、ギルドから遠方の地が選ばれただけの話。
物事には絶対など無いから、リスク回避は当然考慮すべきだからな。
お陰で、道中はゆっくり出来て、食事と温泉を楽しんだ。
食事は、時代劇で見るような古風で質素なものだったが、出汁文化は根付いていて美味しゅう御座いました。
温泉の方は、湯帷子を着て浸かるスタイルで、昔の日本と同じ。
夜は旅人が行き交う宿場町で寝泊まりするので、木賃宿の大部屋で雑魚寝となった。
細かいところで昔の日本そのものだったりするが、そこに暮らす人々がラティーノと言うのが、やはり馴染めない(^^;

エドミヤコに着いてすぐ、旅籠に部屋を取り、忍者ギルドへと向かう。
冒険者クリムゾンとしては、現在その身分を隠しての隠密行動中となるが、忍者ノワールは別口だ。
折角なので、街の酒場で聞き込みをするのでは無く、忍者ギルドで情報を買う事にした。
その方が、確度は高いしな。
今回忍び込むのは、ヒトツバシ家と決めた。
御三卿の内、田安や清水は良く知らないが、徳川最後の将軍として徳川慶喜が有名だから、聞き覚えがある。
その程度の理由だ(^^;
「すまんが、ヒトツバシ家について、判る事を適当に教えてくれないか。もしあれば、屋敷の見取り図なんてあると助かる。」
前回に倣い、金貨1枚をカウンターに置きつつ、もう1枚を握らせる。
担当忍者は、握らせた1枚は仕舞い込むも、カウンターの1枚には手を付けない。
「どう言う了見です?場所が場所だけに、おいそれと判りましたとは言えませんよ。」
「腕試しに忍び込もうと思ってね。な~に、別に悪さはしないよ。入って、出て来るだけ。将軍様のお城よりは警戒も緩くて、他の家よりは厳重そうだ。腕試しには、丁度良さそうだろ。」
我ながら、説得力の無い言い訳である。
だが、建前で問題無い。
忍者の仕事には草、と言うものがある。
現地に溶け込んで情報収集を行うとともに、有事の際には密命を実行すると言うものだ。
俺のような外部の人間はともかく、長く日本で生活している忍者の何割かは、草として各地に潜伏している。
ヒトツバシ家にも使用人や家人として、何人も草が入り込んでいる事だろう。
今更1人や2人忍者が忍び込んでも、それ自体は大した事じゃ無い。
ただ、下手に騒ぎを起こされては困る、そう言う事だ。
「そう言う事なら、別に留め立てする理由は無いが……、あんまり時期は良く無い。次期将軍候補の件で色々あってね。少し神経を尖らせているんだ。と言って、その意味じゃどこの家も大差無いから、ヒトツバシだけの話じゃ無いけどな。だから、もし忍び込むなら条件がある。ギルドカードはこちらで預かる。何かあってもお前個人の責任、そう言う事だ。」
一橋慶喜からヒトツバシ家と決めたけど、どうやら似たような将軍継嗣問題でも起こっているようだな。
政情は安定していて、表向きには権力争いは無い、ってのは、裏では権力争いがある、と言う意味だった訳だ。
しかし、こちらでもギルドカードの召し上げか。
これは、俺の腕云々の話では無く、良くある話なのかもな。
権謀術数渦巻く世では、忍者の侵入など日常茶飯事で、忍者が捕まったり殺されたりするのもまた日常の風景なのだろう。
俺はそっと、ギルドカードを差し出す。
「仕方無い。その代わり、判る限りの事は教えてくれよ。その方が、そっちも安心だろ。」

3

ヒトツバシ家の屋敷は、多くの大名が屋敷を構えるエドミヤコ城東部の一画で、一番の広さを誇る屋敷だった。
敷地の一辺は優に500mに及び、人が住む建物だけで軽く十を超え、ヒトツバシ家当主ナリアツの家族だけで無く、いくつかの親戚も軒を借りて生活している。
時代劇の知識同様、母屋は平屋が基本で、縦では無く横に広い構造だ。
ここまで広く、複数の家族が暮らす屋敷だと、ヒトツバシ家当主の在所すら良く判らない。
情報を買っておいて良かった。
まぁ、別に何をどうこうしようと決めている訳では無いので、適当に土蔵の中を物色だけして帰っても良いんだけどね。
折角だから、ご当主様の背後でも取って、サイレントキルが発動出来る状態にした上で何もしない、くらいのお遊びをして来よう。
そんな風に思っているのだが……、一応、忍び込んだ証みたいなものも何かしら用意しないと、冒険者ギルドに戻れないしな。
タイミング良く、継嗣問題絡みの密談でもしている現場に出くわせば、情報と言う手土産になるんだけどな。

取り敢えず、俺はステルス状態で屋敷の上空に飛び、そこから全景を眺めてみる。
見せて貰った間取り図によると、正門となる南門から最初の建物は親類筋であるクロダ家の母屋で、ヒトツバシ家への取次役を務めている。
仮に敵勢が正面から乗り込んでも、まずクロダ家が立ち塞がる訳だ。
そう言う意図で配置されているので、四方外縁に親類筋が配置されていて、中央がヒトツバシ家の母屋となる。
そのヒトツバシ家母屋の周囲には、常在する家人たちの長屋があって、どこの門から敵勢が侵入したとしても、すぐに家人たちが迎撃出来る格好だ。
政情が安定している現在、実際に攻められる事は無いのだが、武家同士の争いとなった場合、武家屋敷はそのまま砦の役割を果たす事になる。
だから伝統的に、守りを固く建てられるのだ。
取り敢えず、空間感知とアストラル感知を展開。
……どうやら、判りやすく屋根裏に忍んでいる忍者はいないようだ(^^;
何人いるかは判らないが、草として潜り込んでいる者は、使用人や家人として潜入しているのだろう。
屋根裏で鉢合わせる事は無さそうだ……ま、どの道、ステルス状態のこちらに気付く事は無いはずだけども。
家人たちにも、目立って警戒するような相手は見当たらないな。
この程度の相手なら、仮に見付かっても斬り倒せるし、逃げ切る事はもっと簡単だ。
それとは別に、土蔵のいくつかから、それなりに大きなアストラル体を感じる。
これは生物から感じるものでは無く、多分マジックアイテムの類。
さすがヒトツバシ、相応のお宝が眠っていそうだな。
……どうしよう。
正直、その辺を物色し、お宝のひとつでも持ち帰るのが一番無難な気がする。
ヒトツバシ家秘蔵の掛け軸、みたいなのを献上しておけば、カンギ帝国のお偉いさんも、満足してくれるんじゃないかな?
……良し、取り敢えず、お宝をいくつか物色してみよう。
何か見付けて、その後ご当主様のご尊顔だけ拝して、それから逃げよう。
密談の最中に居合わせる事もあるかも知れないから、お宝だけ持って逃げるのは勿体無いもんな。

まずは南東、一番大きな反応があった土蔵だ。
気配を気取られず、土蔵の入り口を開ける事は簡単だが、土蔵の入り口は目立つ。
俺自身が見付からずとも、土蔵の扉が開いている事は見付かる危険がある。
だから、多少目立たない二階部分から侵入しよう……、と思ったんだが、そう言えば俺、見える範囲なら短距離空間転移で侵入出来るんだった(^^;
どうも、閉じられた扉は開かなくちゃ、と言う先入観で、つい真っ先に鍵開けを考えてしまうんだが、明かり取りから中さえ見えれば、そこから転移可能なんだよな。
って事で、特にどこも開けずに侵入し、反応のあった辺りをピンポイントで捜索。
果たしてそこにあったのは、仏像であった。
その形相から、仁王像を思わせる。
その眼が左右ばらばらに、ぎょろぎょろと周りを引っ切り無しに眺め回している事を除けば、だが。
うん、これ、何か入ってる(^^;
しかも、この気配には覚えがある……悪魔だ。
何ちゅうもんを仕舞い込んでいるのやら(-ω-;
これは、寺にでも引き取って貰った方が安全だろうに。
多分、グレーターデーモンを退治し切れず、この仏像に封印した奴がいたんだろう。
そう、グレーターデーモンだ。
そこまでの脅威じゃ無い。
自力で出て来る事も出来無いようだし。
……アスタレイには、悪魔を見掛けたら魔界に還すようにする、と言った手前、本当は見過ごしたく無いんだが、神聖魔法が得意では無い俺には、この状態のまま周りに気付かれずグレーターをどうこうする術が無い。
ここは見なかった事にしておこう。

次は、北東の土蔵だ。
また悪魔なんかを見付けたく無いので、小さめの反応を追う(^^;
この蔵には雑多に小物が置かれていて、まだ未整理な贈答品を押し込めてあるようだ。
いくつかの小さな反応の中、その中では一番大きい反応を示していたのが、小さな土鈴である。
現代日本で見られる土産物みたいな感じでは無く、もっと古めかしい宗教儀式に使う感じの趣だ。
桐の箱に丁寧に収められているのを見ると、なるほど贈り物と見做せる装いとなってはいるが、本質的には気軽に人に贈るような代物とは思えないよな。
……呪い、だろうか?
とは言え、そこまで禍々しい気配はしないので、悪意のある贈り物とも限らない。
贈り主は……、サネキヨ・サンジョウ。
俺は、公家には明るく無いんだが、確か結構偉い方だよな。
歴史もので、三条何某ってのは良く耳にした。
ニホン帝国の公家と武家の関係は日本とは違うけど、武家が公家に贈り物をする印象だ。
わざわざ公家の方から付け届けなんて贈るものだろうか?
しかも土鈴?
……まぁ、俺はまだニホン帝国の内部事情を知らないから、ヒトツバシ家とサンジョウ家の繋がり、それ自体が意味を持つ事はあり得るかもな。
……いや、止めた。
どうもパッとしない。
何を持ち帰っても、何か違う気がして来た。
仕方無い。
しばらくお殿様に張り付いて、目ぼしい話でも聞けないか粘ってみるか。

4

土蔵の物色には見切りを付けて、俺はヒトツバシ家の母屋に向かった。
やはり、その方がらしいので、屋根裏に侵入する(^^;
空間感知で確認すると、奥の間に数人固まっているのが判る。
使用人らしき人間は動き回っているが、この数人は奥の間から動かない。
多分これが、当主のナリアツ・ヒトツバシだろう。
普段、武家のお偉いさんがどんな生活をしているのか良く判らないが、一緒にいるのは家人かな。
家族では無いはずだ。
奥方は率先して家事を取り仕切るタイプと言う話だから、使用人たちと厨の方にいるのではないだろうか。
そして、当主ナリアツは先代が若くして亡くなった為まだ30代で、世継ぎにも恵まれていない。
昼間に家族打ち揃って一家団欒、と言う景色は、当分先の話だ。
昼間から家人と一緒にいるのだとしたら、もしかしたら何か仕事の話でもしているのかも知れない。
これは丁度良いかもな。
そうして俺は、奥の間の天井裏まで行ってみた。
が、都合良く部屋の様子が窺える穴など開いていないので、俺はアストラル体をズラして頭だけ天井から出してみる。
そこには、格好からして偉い武士がひとりと、その後ろに太刀持ち、脇に2人の家人が座していた。
……この配置……、そうか、今から来客を迎えると言う事か。
どれどれ、空間感知を展開して……、……、……、不味い!
クロダ家を抜けてやって来る一団の中に、ひとりだけ別格がいる。
グァンツォの比じゃ無い。
初めて逢った時のクリスティーナには及ばないものの、普通のクラス侍だとしたら桁違いの気配だ。
クリスティーナや俺は、クラス勇者だからこそ、その成長率もあって短期間で相当強くなった訳だが、クラス侍はあくまで名前違いのただの戦士。
戦士系特化、且つギルドマスターを務めるグァンツォは、普通に考えれば猛将と呼べるほどの強者なのに、それを優に超える使い手ってのは、正直異常だ。
今の俺なら、当時のクリスティーナにも引けは取らないはずだから、実力で言えば俺の方が強いとは思うが、日本に渡って来てから感じたアストラル体の中で、間違い無くこいつが最強だ。
言い方を変えるなら、日本で初めて遭う、俺を殺せる可能性がある敵、だ。
……パーフェクトステルスを見破ったのは、今のところアヴァドラスだけ。
……大丈夫だとは思うんだけどな。

程無くして、その一団が到着した事を告げる家人がやって来て、その後から武士の一団が姿を現した。
先頭のひとりは、ナリアツと同じような格好をしている事から、どこぞの大名に見えた。
やはりここで、今から何かしらの会合があるのだろう。
となれば、狙い通りではあるのだが……。
その一団は4人で、他の3人は護衛の家人のようだった。
気になるあいつは、最後に部屋へと入って来た。
!……、何故こっちを見ている?!
俺は思わず、出していた頭を引っ込めた。
アストラル体を出していたから、ステルスが解除されていたのか?
いや、戻った時にもちゃんとステルス状態だったから、ステルスが解除されていたはずは無い。
では、幽霊が視える体質で、俺のアストラル体が視えたとか。
いやいやいやいや、アストラル体と魂の隠蔽もしているんだから、むしろそっちが視える方があり得ないだろ。
クリスティーナ、そうだクリスティーナだ。
あいつも、何と無く俺の存在に勘付いていたじゃないか。
多分あれと一緒だ。
良く判らない何かを感じただけで、完全にこっちに気付いた訳では無いんだろう。
……一応、確かめておくか。
俺は、現在潜伏しているナリアツの左後方の天井裏から、右後方の天井裏へと転移する。
すかさず頭を出して確認すると、こっちに視線を移して身構えてるじゃねぇ~か(TДT;
「どうした、ムネシゲ?!ヒトツバシ様の御前で何の真似だ!?」
咎める向こうの偉い人。
「……いえ、少し妙な気配がするもので。皆様は感じませぬか?」
「何?」と辺りを警戒する他の面々だが、俺の方に視線を巡らす者は、ムネシゲと呼ばれたひとりだけ。
……あのムネシゲ、クリスティーナよりもはっきりと俺を捉えてねぇ~か?
これは不味い。
俺は頭を引っ込めて、さてどうしたものかと思案しようとしたところ、床が、いやさ天井が抜けた。
慌てて宙でバランスを取り、何とか着地する。
見れば、ムネシゲが刀を鞘に納めたところだ。
何か、斬撃のようなものでも放ったのか?!
思考加速するまでも無い、ここは逃げの一手だ。
そう考えて、俺は視線をムネシゲから庭の方へと向けた。
その視界の隅で、ムネシゲがこちらへ突進して来るのを捉える。
不味い、黙詠唱が間に合っていない!
咄嗟にショートソードを引き抜こうとするが、それも間に合わない!!
次の瞬間、ムネシゲが抜刀する姿がスローモーションのように見えた……。
世界は一瞬で、真っ暗闇となる。
もう俺の目には、何も映らない。
そこは、ただただ闇だけが支配していた。
遠くで、何かが切れる音がしたような気がした。
その日、元勇者イタミ・ヒデオが死んだ。

つづく?
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