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お兄様Incoming

PHASE-08

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「甲鎧王様でしょうか?」
 ここは代表して、整備長。口を開く前に、生唾を飲んで一呼吸置いてからだから、緊張は相当だね。
 現状、僕たちは玉座に座る人物を前にして、周囲を鎧を纏ったヒャッハーな方々に囲まれている状況。
 本来こういうのってさ、配下は玉座の左右に横隊で立つんじゃないの?
 なんで町中のチンピラ達がいちゃもん付けてるような状態なんだろうね……。

「そうだよ。俺が甲鎧王のナーガ・ルジャ・ヌラルキアだ」
 縦長の黒目を目立たせるような輝く金目が不気味だ。
 不敵に口角を常に上げたままってのも嫌なもんだ。

「お前、前に来い」
 食指を動かして、僕たちを囲っている中から、兜が凹んだ方を呼んでいる。
 グライフ君にぶっ飛ばされて意識が飛んだ方だね。どうやら運ばれてる時に気がついたようだ。
 まだ足下がふらついている状態みたいだけど、主の命令に素早く玉座まで移動。

「呼ばれたらちゃんと来た。命令に従ったな」

「はっ、当然です」
 甲鎧王さんの前で片膝を突いて頭を下げる。

「じゃあさ、なんで、あの時は命令を聞かなかったのかな~」
 首を傾げている。どの時の事なのかと疑問符が浮かんでいるみたいだ。
 思い出せないのが腹立たしいのか、玉座から立ち上がった甲鎧王さんの体は、わなわなと震えている。

「さっきの雪山でだよ!!」
 激しい金属音。膝を突く方の顔面を思いっ切り踏みつけ、倒れたところに容赦のないストンピングを見舞っていく。

「お許しください」
「許すわけねえだろうが! 俺が連れてこいって言ったよな」
「ですから、ここに」
「アホか! 俺に連れてこいと二回も言わせやがって。死ね、てめえは今すぐ死ね!」
 ちょっと、ちょっと。僕たちの前でそんな事しないでください。

「とめてください」
 周囲に伝えるけども、おののいているだけだ。なんて頼りにならない。それだけ、怖い存在なのだろうか。

「いい加減にしてください」
 怒気を発するのはロールさん。その声に動きが止まる。
 痙攣している配下の方を蹴り上げて、室内の隅へと勢いよく転がした。

「やり過ぎです」
「配下への教育にまで口出す権利は整備局員にはないだろ」
「人として見過ごせないからです」
 強気なのもいいですけど、今回は止めた方がいい。この方は危ない。

「いいね~」
 なんと長い舌なのか。腕の皮膚が蛇みたいと思っていたけど、舌の長さも蛇みたいだ。
 長い舌での舌なめずりは不気味です。
 全体を眺めるためか、ロールさんの周囲を一周する。

「魔石鏡で見てたんだよ。最高だね~」
 レースを楽しむ為に、犬橇を使用して魔石鏡での中継を行っていたらしく、それにロールさんが映り込んでいた事で、興味を持ったみたいだ。

「いい女だ。俺の女になれ」
 なんてストレートなんだ。この蛇め! 
 気安くロールさんの手に触れるなよ! 

「絶対に嫌です」
 触れてくる手を振り払って、お断り。流石です。
 拒否されたのが不快なのか、眉根を寄せている。断られるとは思っていなかったようだ。確かに顔はいい。顔はいいけども、性根が問題だろう。
 配下の高圧的な態度から、その中心であるこの方は、確実に横暴な存在だろう。
 先ほどの暴行がいい証拠。

「いいから俺の女になれ。不自由ない生活をさせてやるから」

「嫌です」
 すげない態度で、甲鎧王さんから離れるけども、しつこくロールさんに言い寄る。
 うんざりするね。見ているだけでもそうなんだから、ロールさんはそれ以上に感じているだろう。さん付けなんて必要ないね。

「あの、それよりも、こちらのお話を」
 二人の間に整備長が割って入る。
 それに対して、蛇の目が一気に怒りのものに変わった。

「男が俺に指示をするな!」
 玉座の間に響く声は、軽い感じのものとは違い、殺意に満ちあふれていた。あまりの恐怖に整備長だけじゃなく、配下の方々も後退りしている。
 どうしたもんか、この方、本当に僕たちの命を取る事にまったく躊躇しなさそうだ。
 しかし、男に対してこの態度。何処の邪神みたいだな。まあ、まだ向こうの方が良心的だな。あれを良心的って思うのもどうかと思うけども。

「俺の女になれ。命令だ」
「断固拒否します。それよりも、街の人たちに多大な迷惑が出ています。違反金は支払っているでしょうけど、もう少し、雪中訓練の配慮を検討していただければ」
「俺の女になれば、考えてやってもいい」
「公私混同は最低行為です」
「じゃあ、今まで以上に派手にやろうかな~」
 むかつくわ~。ロールさんも相当に不愉快な表情。
 と、いうより、こんなにも渋面な表情は初めて見る。甲鎧王の事は生理的に受け付けないとばかりに、一定の距離を保ちつつ対応。

「なあ、いいだろ? 俺と一緒になれば毎日が楽しいぞ~。欲しい物も揃うし、働かなくてもいい。何より俺に抱かれるという、最高の快楽付きだ。俺の舌技を味わったら、もう他じゃ満足出来ないぞ」
「気持ち悪い事ばかり言わないで、こちらの意見を耳にする気はあるんですか?」
「気持ち悪いって何だよ。俺と一緒になれるのは最高の事だろう。何でも手に入れてやるぞ」
 無理だろう。世界の全てをくれてやると言う相手の事すら相手にしない人なんだから。
 しつこく言い寄られる事で、ロールさんの中で限界が来たのだろう、
 ――パシンと音が響いた。
 その後おとずれた森閑の中で、甲鎧王の頬を思いっ切りはたいたロールさんは、エメラルドグリーンの瞳を吊り上げて睨んでいた。
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