上 下
1,537 / 1,668
天空要塞

PHASE-1537【ラッキーパンチ】

しおりを挟む
 強い語気のままに懐へと向かって突撃。
 対して迎撃の構えのクロウス氏は、拳を振り上げての構え。
 身を低くしてのピーカブースタイルでの接近に、上方から殴り倒すといった気概が伝わってくる。
 が、切羽詰まってもいるようで、拳にオーラアーマーを纏うことのない素の状態による拳打。
 だとしても安心できないのは初手で経験している。
 通常の拳打であっても威力はとんでもないからね。

 しかも――、

「整わないままの姿勢でありながらでも俺より速い!」
 後退から踏みとどまって振り下ろしてくる拳。
 喰らえば十中八九、床へと叩き付けられる。

「ですがそれよりも速いのが私――でっす!」
 と、言うのは、

「コクリコ!」
 俺よりも速く、そしてクロウス氏にも速さで勝ったのはコクリコ。
 攻め時を見極める事に関しては俺なんかよりも遙かに嗅覚が優れているコクリコの右手は、ワンドからミスリルフライパンに変更。
 クロウス氏の打ち込んでくる拳打に対し、下方からフライパンをかち上げる。

「これに合わせられないと勇者ではないですよ」

「了解!」
 フライパンで狙うのは拳。
 振り下ろす拳にフライパンの底を叩き込めば――、

「ぐぅぅ……」
 拳を弾き返してくれる。
 リーンと奏でるミスリル独特の心地の良い音色とは違い、クロウス氏の表情は歪む。
 痛みによるものではなく、弾かれてがらんどうになった腹部に向かって俺が打ち込む姿を目にしたからってところだろう。
 
 俺も俺で、下方から右膝蹴りが迫っているのが目に入ってくる。
 拳打が弾かれれば直ぐさま膝。
 でも大丈夫。コクリコが攻撃一つを防いでくれたことで、俺の方が一手速く仕掛けられる――はず!
 
 その為にも!

「ブーステッド!」
 必勝パターンとでも言うべき切り札であるピリアを発動。
 潜在能力の解放。
 クロウス氏の膝が緩やかな動きに見える。
 ゾーンに入ったかのような状態。次にはがらんどうとなった腹部へと狙いを定め、

「烈火――ボドキン!」
 ピーカブーからのワンツー――ではなく、両拳を同時にクロウス氏の腹部へと向かって打ち込む……つもりだったけども……。

「がぁ!?」
 ――……両腕を伸ばすも相手の膝蹴りの方が俺よりも速かった……。
 コクリコの掩護とブーステッド。
 速さで勝ったと思った矢先に、更にその先を行かれた……。
 横腹に伝わってくる鈍痛……。
 左横腹に受ければ、受けた方とは逆側に強制的に吹き飛ばされ床を転がされる。
 でも今までのに比べれば芯のない一撃。
 弱っているからか、俺に距離を取らせるだけで精一杯だったようだ。

 まあ、十分に痛いけど……。

「コクリコ!」
 上半身を起こしながら名を発する。
 俺が駄目ならフライパンによる追撃をと言いたかったが、

「決着です」
 と、コクリコは追撃をせずにフライパンを肩に当てている。

「なに言ってんだ!」
 絶好の機会なんだから攻めるんだよ! と、続けるつもりだったが、コクリコの視線は下方に向けられており、それを追えば先ほど俺に膝蹴りを見舞った強者が両膝をついて動かなくなっていた。

「なんだ。俺が言わなくてもきっちりと決めてくれたようだなコクリコ」

「? なに言ってんですか。私はトールへと向けられた拳打を弾いただけですよ。私がトドメを打ち込めなかったのは残念でしかないですが――お見事でした。トール」

「……ん?」

「――ん、なんです。私からの称賛が嬉しくないのですか?」

「いや、俺がクロウス氏を倒したのか?」

「なんです、見ていなかったのですか? トールが初めて見せた技によってカラス頭は力なく崩れ落ちたんですよ」

「初めて見せた――技?」
 立ち上がりつつ問えば、

「そうですが」
 と、返してくる。
 ――俺の初めての技。
 初めてってなんだよ。

「言うなれば炎の杭ってところだな」

「杭――ですか?」

「ああ」
 小太刀から無手、無手からハンドガンを装備したゲッコーさん。
 銃口をクロウス氏に向けつつ俺の一撃を炎の杭と例えた。
 ユーリさんもAA-12を向けつつ俺達と合流すれば同様の事を口にする。

「炎の杭――ね」

「なんだ。考えもなく出したのか?」

「そうですね。ただ両拳を叩き込んでやろうという思いだけで精一杯でしたから」

「それでピリアであるボドキンとネイコスである烈火を混ぜ合わせて打ち込むことが出来るなんてね。トールには驚かされますよ」

「俺としては何が起こったのか分かっていないから驚くことも出来ないよコクリコ。驚くとすれば、なぜかクロウス氏が両膝ついているって光景だからな。ラッキーパンチがたまたま当たっただけ。だから倒したという感覚はまったくない。速度で負けて膝を入れられたというのが俺の感想だ」

「ラッキーパンチであろうとも、打ち込むという動作を実行しなければ幸運だって訪れないってことだ」

「確かに。行動しなければ可能性なんてのは何も発生しないですからね。トール君のがむしゃらな行動が今回は良い方向に出たと思えば良いでしょう」
 と、ゲッコーさんとユーリさんが言葉を交わす。
 強者である二人にそう言われると嬉しくもあるけど。
 しかし、やはりしっくりとこない。
 デミタスの時は卑怯な手で倒した事で勝利に納得しなかったけど、今回はただただしっくりとこない勝利。
 
 勝利と感じていないからこそ、普段なら油断なく残心を心がけるんだけども、それをしていない俺がいる。
 で、そこではたとなってクロウス氏を見つつ構えるという遅さ。
 もし気を失ったふりをしているとなれば、間違いなく俺は虚を衝かれていたところだ。
 そうならないように、ゲッコーさんとユーリさんは俺の所へとやってきて警戒してくれていたって事なんだろうな。
 その証拠とばかりに残心による構えを取れば、二人してクロウス氏へと向けていた銃口をやや下げるという動きを見せる。
 
 ――……うん……。

「情けない……」

「どうした?」

「徹頭徹尾、足を引っ張っていましたね……」
 ゲッコーさんとユーリさん。本来なら一人でもクロウス氏と渡り合えるだけの実力を持っている。
 俺とコクリコに合わせたんだな……。

「そんな事は無いさ。俺達の武器が通用しない事には苦労させられた」

「それはないでしょう。実際ゲッコーはショートソードを手にしてからはカラス頭に対してずっと有利に立ち回っていましたからね。私達に合わせましたね」
 と、俺が思っていたことをコクリコも思ったのか口に出す。
 出す声は心なしか元気がない。
 やはり俺達に合わせた=俺達が足を引っ張っていた。ってことになるからな。

「まあいいじゃないか。相手は大立者。強いのは当然。だがソイツを相手に俺達は勝ったんだからな。それに勝利を得るまでの過程を思い出してみろ」
 ――アナイアレイションで何度も魔法を消滅させられようとも、追い詰めていくことでコクリコの魔法が直撃し、後退する相手の動きを制してくれた。
 これにより前衛が仕掛けやすくなった。
 四人が四人とも必要な動きを行ったからこそ、トールの最後の一撃へと繋がったんだ。
 そう言ってくれるゲッコーさんと、ゲッコーさんが発するたびに鷹揚に頷くユーリさん。

「とにかく――だ。二人とも間違いなく強くなっている。だから一々、落ち込む必要なんてない。大立者に勝利したのは四人の力が合わさったからこそだぞ」

「ですね!」
 ゲッコーさんの発言を耳にし、切り替えが早いコクリコは破顔で勝利を喜ぶ。
 その切り替えの早さが羨ましい。
 四人での勝利というのは喜ばしい事だけど、俺自身が炎の杭と例えられた一撃がどんなものだったのかを理解できていないから、諸手を挙げて喜ぶってのが出来ないでいる……。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...