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PHASE-1444【見た目が不安。でも信頼】

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 ヒビが入り、そこから内部の輝きが外側へと漏れ出せば、続けてビリビリ、バリバリ! と、絹を裂くような音と煎餅を豪快に咀嚼しているような音がし、次には――、

「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!?」」」」
 繭の中からお出まし。
 まず最初に俺達の目に入ってきたのは、一本の足。
 足はむくむくでぷっくり。

 その見た目に、

「素晴らしい!」
 と、ベルが興奮と喜びの声を上げる。
 むくむくぷっくりな足は、ベルが願っていたモフモフでもあったからね。
 しかもベルの思いがリンを介してしっかりと届いていたようで、モフモフの色は真っ白なものだった。
 これなら私が願っているような顔にもなってくれているだろう! と、期待しているベル。
 ベルの願い通りになってほしいのはこちらも同じ。
 もしエビルレイダーのようなルックスなら、ベルは騎乗を拒否する可能性があるからな。
 なので可愛くあれ! と、俺も両手を組んで祈る。

 ――ベルの興奮する声に合わせるように、繭の亀裂がドンドンと広がっていき、次の足。三本目、四本目が現れたところで、

「出てきたぞ!」
 上半身――つまりは頭部がお目見えした事でベルの興奮が更に上がり、その声には喜色も混ざる。

「……良かったな……ベル」

「ああっ!」
 願った甲斐があったってもんだな。
 美人中佐が喜んでくれて何より。
 
 ――……なんだが……。

「うん……」
 う~ん……。

 うむん……。

 ――……。

「oh my goodness」

「お、流暢だなトール」

「流暢になるくらいの衝撃ですからね。で、そんなゲッコーさんの感想は……」

「お前と同じ感想だと思ってくれてかまわないぞ……」
 この中だとゲッコーさんが俺と同じ思考を持ってくれているからな。
 加えて――、

「先生……」

「ええっと……。これは大丈夫なのでしょうかね……」
 と、ゲッコーさんに続いて先生にも感想を求めれば、声音は不安なものだった。
 いや、本当。
 なんて可愛らしいのだろうか……。
 ベルの願い通り、モフモフの白い足。
 でもって白い体もモフモフ。
 体に対して短めな白い翅には、差し色とばかりに翅脈しみゃく部分が金色で彩られていて神々しかった。
 頭部から伸びるヤシの葉に似た形状の触覚が左右から一本ずつ伸び、色は翅脈と同色。
 そして触覚の下部分には、白が殆どを占める体の中で目立つ黒色からなる複眼。
 エビルレイダーの時のような凶悪な目つきではなく、まん丸くりくりの複眼はとても愛らしい。
 そう愛らしいのだ……。

 でもって既視感よ……。

 ――……これってさ…………、

「カイコじゃねえか!」
 薄明の空に響く俺の声……。

「カイコだな……」

「蚕の成虫ですね~」
 俺の咆哮に二人も続いてくれる。

「いや、これ無理じゃん!」

「なにが無理なのだ! こんなにも可愛らしいのに!」
 否定的発言をすれば、喜色から一転してベルはお怒り……。

「可愛らしいのはいいよ。でもコレは……」

「コレと言うな! ツッカーヴァッテと呼べ」

「ツッカー――なんて?」

「この子の名前だ」
 急に名前をつけるなよ……。
 意味が分からないのでゲッコーさんへと目を向け答えを求めれば――、

「ドイツ語で綿飴って意味だ」

「有り難うございます」
 確かに綿飴みたいだけども……。なんだその安直なネーミングは! と、声に出して言えば、間違いなくしばかれるので口には出さない。
 意味を教えてくれたゲッコーさんも同様の考えだったようで苦笑い。

「名前は別にいい。問題は見た目だよ」

「何が気に入らない!」

「だからカイコなところだよ! カイコは飛べねえよ!」
 俺が知る限り、カイコは家畜化された昆虫で、人の世話がないと生きていけないというサバイバリティのない昆虫。
 そのカイコの成虫と全くもって同じルックスである、ベル命名のツッカーなんちゃらも飛べるという想像が出来ないんですよ……。
 十メートルを超える体を浮かせるには頼りない翅なんだよな……。
 蝶々や蛾って体以上に翅が目立つけども、コイツはずんぐりした体の方が目立つ。
 翅を開張させても二十メートルもあるのだろうか?
 そんな翅で体を支え、且つ俺達を乗せて飛ぶことが出来るのだろうか?
 飛べなきゃ目的地には行けないぞ!

「アルゲース殿」
 先生も飛べないのでは? といった不安を抱いているようで、アルゲース氏へ問いかける声は些か上擦っていた。

「問題なく飛べますよ。お三方が何を心配しているのかは分かりませんが、飛べることは保証します」

「だ、そうですよ主」

「ならいいんですけどね……」
 見た目がどうしても飛べなさそうな雰囲気を醸し出しているからね……。

「トール達の心配事が払拭されたのは良いことでしょう。この――なんでしたっけ?」

「ツッカーヴァッテだ」

「そう、そのつっかーまってに乗れば、私達は天空要塞に行けるわけですからね。そして歴史に名を刻む偉業を成し遂げられる!」
 第一印象に違和感を持つ心配がないのが羨ましいよコクリコ。
 心配事のないコクリコの横では、ベルが巨大カイコの名前を口にしてコクリコに覚えさせようとしているけども、当の本人は既に白む空に睨みを利かせて話を聞いていない。
 心は既に天空要塞にあるようだった。
 見習いたいその胆力。
 
 ――一抹の不安を与えてくる巨大なカイコという姿だが――、
 
 まあ――、

「アルゲース氏が言うんだから問題ないですよね!」
 不安を払うように強き声音を発せば、

「必ずや会頭たちを目的地まで運んでくれます!」
 と、羽化まで見守ってくれていたザジーさんからも太鼓判。
 間違いなくコイツは俺達を目的地まで連れて行ってくれる。
 全力で信頼しよう!
 そうすることで相手もこちらを信頼してくれるんだからな。

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