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PHASE-1405【相違】

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「それにしても流石は公爵様。勇者でもあらせられるだけあり、お供の方々も力強い目をしておられます。なによりも――」
 おっと、ここでベルへと目を向けるのは男なら当然か。

「絶世の美女とは正にその方の為にある言葉ですね。美姫のお噂は耳にしておりましたが、よもやこれほどとは――」
 建前でなく本音だというのは、発言中に見蕩れてしまい、喋るのをやめたことからも理解できる。
 一緒に来ていた美人さん達はおもしろくない表情だが、自分たちと見比べて負けているとも思ったのか、揃ってうつむいてしまう。
 褒め言葉ではあるけども、言葉を受ける側であるベルは表情を崩すことはなく、廊下側のドア近くで佇むだけ。
 リアクションが返ってこなかったからか、嘘くさく咳を一つ打つロイル領主。

「それで、ロイル領主殿のご用件である――」

「私の事はハダンと気軽にお呼びください」

「……ではハダン伯。先生――副会頭との話し合いで――」

「ポーションの独占契約をしていただきたいと思っております」
 こっちの話をぶった切って喋ってくるね……。
 そんな事を気にする感じもなく、

「この交渉に関しては、副会頭殿よりも公爵様とお話をした方が早いかもしれませんね」

「自分は政務や商いの才能がないので、副会頭に任せています」

「その様にご自身を低く仰るのは謙虚でもありますが、公爵様のご活躍を耳にしている身としては、もっと気位を高くもたれることも大事かと思います」

「あ、はい……」
 なんか正論のような気もしないでもない。
 ノブレス・オブリージュっていうんだよな。
 特定の立場にいる者は、それなりの立ち居振る舞いをしないといけないし、それだけの責任も伴うってやつだったな。

「是非とも公爵という立場で他の者を導いてほしいものです」

「ああ、はい」

「主は勇者としての責任を十分に全うしております。人々の旗振りとして十分な活躍をされていますよ」
 先生からのフォロー内容に嬉しくなる。
 しかしハダン伯は勇者であるよりも、公爵としての立場で人々を先導する事こそが大事と反論。
 王に次ぐ権力を有している者が号令を出した方が、勇者という肩書きよりも人々を動かす事が出来ると考えているようだ。
 対して先生は、両方の名を上手く使っているから問題ないと簡潔に返す。
 公爵としての政務能力が頼りないというのは先生も理解しているからね。
 簡潔に返す事で、俺のボロがハダン伯に出ないようにしてくれたんだろうな。

「意見の相違は仕方ないですな。このままでは堂々巡りなので、本題に戻しましょう」
 ハダン伯のこの発言に、窓際の方から嘆息が漏れ、それが俺の耳朶に届く。
 マイヤと他のギルドメンバーだ。
 まだ続くのか……。といった疲れを感じさせるものだった。
 クエストや新米の指導には疲れた顔を見せることのないマイヤだが、精神的な疲労には耐性がないようだな。

「そちらの堂々巡りの結果、今に至るのですがね……」
 と、先生も疲れ気味。
 やるなハダン伯。
 どんな人間性かは十全ではまだ把握していないけど、先生やマイヤを精神的に疲労させることが出来るってのは、並の人間では出来ない事だから感心してしまう。
 反面、素っ頓狂な言動のカリオネルのようなバカムーブを行うような人物だったら……。と、不安にもなる。

「公爵様。お願いです」

「はい」

「是非とも私の領地で活動しているクルーグ商会にポーション販売の独占を!」

「ですので自分は――」

「その様な卑屈な発言は公爵――そして勇者としてよろしくないと具申いたしました」

「う、うん……」
 カリオネルのような馬鹿ではないのは理解できた。

「お願いいたします。クルーグ商会に全てをお任せくだされば、そこから生まれる利益で、公爵様とギルド・雷帝の戦槌への助力もお約束します。他の商人達はそのような提案は出していないでしょう?」

「いやだって、購入してくれている時点でこちらに利益が出てますからね」

「ですから、売買による利益だけでなく、こちらで得た利益の一部を公爵様とギルドの為に寄付させていただきます」

「ほ、ほほう」
 なんかおいしい話ではあるけども、公爵に寄付ってのがね。

「それって賄賂じゃないですかね?」

「賄賂ではなく寄付です。公爵様が世間体を気にするのでしたら、ギルドへの寄付だけにいたします」

「なぜにそこまで?」

「無論、この世界の為に活動する皆様を助力するのは当然のこと。と、それも本音ではありますが、一番はやはり公爵様との繋がりを強くしたいというものです。領地の拡大はこの情勢では不義なる行為。ですが版図の拡大は別の部分でも可能」
 馬鹿じゃないっていうのは会話で分かるけども、あまりにも自信に満ちあふれすぎているようだな。
 版図拡大とか平然と言うんだもんな。
 版図拡大の部分だけを切り取れば、造反を考えているとも聞こえるからな。
 だからだろうね。
 随伴している護衛兵の表情が曇ったものになっている。

「版図拡大という発言はあまり使用しない方が……」

「別の部分での拡大ですので問題ないでしょう!」

「あっ、はい……」
 うむ。俺、呑まれている。

「で、その別の部分というのは……」

「無論、経済です! 財による拡大で力を得る。そして他と繋がるわけです」

「繋がるというのならば、他者との関係性も重要でしょう。それなら独占という選択で恨みを買うようなことはしない方がいいと思いますよ。はっきりと言わせてもらいますが、クルーグ商会は他の商人から嫌われています」

「でしょうね。ですが商会が市場を独占できれば、その者達も雇いますよ。そこで利益を得ればいいでしょう」
 なんとも簡単に言ってくれる……。
 馬鹿じゃないと思っていたけど、やはり馬鹿なのだろうか……。

「公爵様。是非、共に栄えましょう!」

「共にというのは、俺と周囲の者達だけでしょう?」

「違います。先ほども申しましたが、商人達が職を失わないようにクルーグ商会が強大化する中で、その者達の商会も吸収していきます」
 路頭に迷わないようにはするという考えはもってはいるようだけども――。

「駄目です。この話はなかったことにします」
 
「なっ!?」
 おう、驚いている。
 まあ、仕方ないか。
 俺達とこの人では考え方が違うみたいだからな。
 ハダン伯の思考は覇道。俺達の思考は王道。
 覇道と王道は相容れないからね。
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