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発展と鍛錬

PHASE-1234【四人同時は避けたい】

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「しかし――コクリコ。俺に無許可で約束事とか最低だな」

「いいではないですか。私もしっかりと一日トールを好きに扱わせてもらいますよ」
 好きに扱うとか……。コクリコが言うと何かしらの実験体に使われそうでかなわん……。
 嫌だからな! 新しい魔法習得のための被検体なんて。

「審判」
 ここでマイヤに信義を問う。

「コクリコの言う、実戦では連戦、増援は当たり前という内容には一利あります。なので許可します。裏切る前には会頭もランシェルと共闘するという判断をしていましたし」
 俺がランシェルを味方として参戦させないという選択をしていれば、マイヤの判断もまた違ったものになったようだな。

「しかし増援はランシェルまで。いいわねコクリコ」

「分かりました」
 ここでマイヤも参加しないかと提案しないのはコクリコの良心ってやつかな?
 流石に俺が圧倒的に不利な状況になったら、マイヤは俺の味方になるだろうしな。
 そういった想定も踏まえてコクリコは了承したと邪推してしまう俺。
 まあいい。これ以上の増援がないなら後はこの四人を倒せばいいだけだ。

「被検体になるのはゴメンだからな」
 と、ポツリと独白。ついでに心底にて――いくら容姿が良かろうが、男と一緒に一日を過ごすってのは丁重にお断りさせていただきます。
 と、継ぎつつランシェルを見れば、

「流石に素手だと分が悪いので私にも武器を――出来ればナックルダスターのような――」
 言いつつ周囲を見渡すランシェルのシトリンのような瞳が捕捉したのは――、

「宜しければお貸しいただけますか?」
 微笑みつつギャラリーとなっている新人の男性冒険者に問えば、柔和な笑みを正面から受けた新人さんは頬を赤くしながら「どうぞ」と、腰帯に差していた二本のトンファーを貸していた。

 新人さんよ……。美少女だと思ってドギマギしてんだろうけど、俺達と一緒で股間にちゃんとついているからね。シンデレラバストじゃないぞ。胸板と表現した方が正しいからな。
 などと新人さんに届くことのない送念をしつつやり取りを見届ける中で、トンファーを両手に握るランシェルは俺に強い視線を向け、

「条件が条件なので本気でいかせていただきます」

「……おう……そうか……」
 やる気満々だな……。
 トンファーを渡した新人さんは、美少女メイドにこんなにも真っ直ぐな思いを向けられているのに嫌がっているなんて――といったような嫉妬の視線をランシェルの後方から俺へと向けてきていた。
 真実を知らないことは幸せだな……。
 それとも男でも可愛ければいける口なのだろうか?

 当然、俺はそんな器用な童貞ではないので、

「全力で叩き伏せるからな!」

「なんという気迫と自信。それだけでもこちらは呑まれてしまいますね。初めて渡り合った時から更なる強者になられているようですね」
 ランシェルがリズベッドの側仕えをしている間にも、強者と渡り合い、死にかけるような戦いを経ての今だからな。
 自信だって芽生えるくらいの成長はしているってもんだ。

「ランシェルの準備も整った事ですし、再開といきましょうか」
 と、コクリコ。
 再開といきましょうかとか言いながらもそこはクレバー。
 ランシェルが新人さんからトンファーを受け取る間に、しっかりと陣形は整えている。
 俯瞰から見れば、さっきまでの三角形ではなく、四角形を描いた包囲へと変わっている。
 言葉を発しなくても連携が出来てしまうのは素晴らしい事だ。
 俺からしたら嫌な事この上ないけども……。
 でもって俺もトンファーの貸し借りをしている間に攻撃を仕掛けるべきだったんだろうけどな。
 実戦形式なんだし。
 でも俺の場合、勇者で会頭ってポジション。
 コクリコのような戦い方を展開してしまうと、勇者なのにそんな戦い方なの? って、ギャラリーに思われるのが嫌だったからか、自然と強襲ってのを忌避してしまった……。
 
「さて――」
 四方向を素早く見渡す。
 実力をランク付けするならコクリコとドッセン・バーグがどっこいどっこい。
 次いでランシェル。
 この三人に結構な差をつけられてコルレオンとなるだろうな。

 この試合がマナ有りきなら実力差もまた変わったことになるんだろうが。
 やはり一番に警戒するのはコクリコ――じゃなくドッセン・バーグかな。
 パーティー贔屓でコクリコを一番に警戒したいが、コクリコの戦い方はこの中で俺が一番に理解している。
 理解しているから対応も出来る。
 だがドッセン・バーグとは北伐の時だけだったからな。推し量れない相手こそ最も警戒しないといけない。
 出来るだけタイマンに近い状況での戦いがいいだろう。
 
 なのでセオリーとしては――、

「トールが動きます。間違いなくコルレオンから狙いますよ」

「勇者が実力のない者から狙うものか。会頭の侮辱だぞ」

「ドッセン。恩を感じたり敬慕の念を抱くのは結構ですが、抱きすぎて盲目になるのは馬鹿なだけです。前線で戦う勇者だからこそ最善の一手を打ってくるというもの。多勢が相手となればまずは穴を開けてくるのは必定。先ほども新人三人を先に潰したでしょうが」
 ――……俺がコクリコを理解しているからドッセン・バーグを最も警戒するという事は、反面、付き合いの長いコクリコだって俺の思考や行動を理解しているってことだわな。

 コクリコが言うように俺はしっかりとコルレオンに狙いを定める。
 小さな体は両手に持った木剣を俺へと構えて不動の姿勢――だったが、直ぐに動き出す。
 それは側面からランシェルが俺へと接近するタイミングに合わせてからのものだった。

 強者枠の二人は駄弁ったぶん、動きがワンテンポ遅れていた。
 とはいえ、あの二人なら俺達がワンコンタクトする間に迫ってくるのは理解している。
 俺の考えを理解しているコクリコとしては、コルレオンにはランシェルと動きを合わせながら後退しつつ、タイミングを合わせて四人による同時攻撃を狙おうとしていたと推測できるが、コルレオンは状況判断能力よりも勇ましさが勝ってしまったようだ。

 後方の二人が合流する前に包囲を突破――もしくはここで二人を一気に叩き伏せる事が可能ならば最高の結果なんだけどな。
 こちらへと挑んでくるコルレオンに対して俺はそのまま真っ直ぐ行くのではなく、

「!? 私ですか」

「そうだよ」
 体を捻って軌道を変更し、仕掛けさせてもらうのはランシェル。
 本来ならコルレオンだったが、同時に動くなら強い方を先に潰したい。

「はぁ!」
 俺の接近に対してトンファーによる攻撃はリーチを活かした打撃という使い方ではなく、グリップを握っての殴打。
 パフスリーブに仕舞っているナックルダスターと同じような殴打使用はランシェルらしい。
 右を躱し、次の顔に向かってくる左は、首を傾げての最低限の動きで回避。

「見えてるよ」
 言いつつワンツーを躱して深く入り込んだところで、木刀二本による逆袈裟を打ち込めば、耳がキーンッとなりそうな高い打楽器に似た音が木霊する。
 こちらの攻撃をピーカブースタイルのガードで対処してしてくれば、

「シッ!」
 短く鋭い気迫と共に、ピーカブースタイルから体を回転させての蹴撃はコクリコも舌を巻く鋭いもの。
 俺の胸部を狙ってくるその足に木刀を打ち込みたかったけども、それが不可能な程に速い蹴撃だったので距離を取って回避を優先。
 
 何よりも――、

「ちゃんとそっちも見てるぞ」
 コルレオンが低い姿勢にて地面を滑空するようにして接近してくれば、側面から斬り上げを打ち込んでくる。
 対してこちらも地面すれすれを滑空させるような斬り上げで対抗すれば、コルレオンの体が宙に舞う。
 ドッセン・バーグのバックラーによる一撃の時とは明らかに違う。

「手応えなし」
 だったからな。
 あのまま仕掛けていれば逆にやられていたと判断したようで、攻撃を中断してガードへと転向した切り替えの早さは秀逸だな。
 ――だが空中で姿勢を整えるのは難しいんだぞ。
 悪いが舞っている間に叩き落とさせてもらう。
 
 ドッセン・バーグ戦の時の、蹴撃の威力を利用して距離を取るという手法に似ていたが、俺の間合いの中で留まるように舞っていては恰好の的なんだよね。
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