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トール師になる

PHASE-1164【大痛打】

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 気配が掴みにくくなる空間にて隙間から状況を窺っていれば――、バンッ! っと中折れ式のドアが本来の折れ方ではない折れ方で破壊されるという光景。
 プッシュ式のドアノブを利用して開いてもらいたいね……。
 その光景に一気に鼓動が早くなる。
 赤黒いベレー帽を被った美人が入室してくるのを眼下に見る。
 他と比べて狭い空間をぐるりと見渡す姿に、俺の早くなる鼓動が更にドラムを打つように激しくなる。
 お願いだからこの鼓動が外にまで漏れないでくれと祈りつつ、呼吸を止めて次の動きを見続ける。

「本当に――何処へ行った? 上か?」
 と、発した瞬間に俺の背筋は冷たくなるが――、有り難い事にこの場で上を見るという事はしなかった。
 廊下から二階に続く階段を発見したからこその発言だったようだ。
 
 ――それにしても、本当にこの場所は凄いね。
 感知タイプのデミタスが俺を見つけることが出来ないでいるからな。
 以前の経験が見事に活かされている。
 まさかこんな馬鹿げたゲーム設定が死と隣り合わせのこの状況下にて役に立つとはね。
 
 俺が身を潜ませるために召喚したのはギャルゲー主人公の家。 
 この世界で約一年を過ごし、さまざまな土地を訪れるために大陸を移動し、道中の宿泊で利用してきたギャルゲー主人公の家だが、こういった使い方は今まで思い浮かぶこともなかったよ。
 
 ご都合的な家の効果に感謝している中、下方から耳朶に届くのは舌打ち。
 ここでも俺を発見できなかったことに苛立っているようだ。
 舌打ちの次にはデミタスは体を反転させる。
 
 本当に勇者という立場からすれば卑怯この上ないが、圧倒的な差がある相手との戦いとなれば小賢しい戦い方を選ばないと生き残れない。
 
 ――二歩――。
 デミタスが二歩目を歩んだところで仕掛けさせてもらう。
 わずか二歩の歩みが牛歩にも思えるほどに遅く感じた。

 ――ここだ!
 デミタスが室内から廊下へと出たところで、意を決して飛び降りる。
 俺が待機していたのは風呂場の点検口。
 大人一人が十分に入れるスペースがあった事は幸運だった。
 その幸運が続いて欲しいと願いつつ、

「ブーステッド!」

「な!?」
 俺の存在に気付くも対応には遅れが生じる。
 絶対的な自信から来る感知能力でなぜ気付くことが出来なかったのか? といったところだろう。
 今回はその自信ある感知能力が裏目に出たな。
 感知にばかり頼らず、深紅の瞳もしっかりと活用すべきだった。
 こちらとしては有り難いことこの上ないけどな!

「あぁぁぁぁぁぁあ!」
 驚嘆するデミタスの背後への一撃。
 必勝を手繰り寄せたいならここは声を出さないままに背後からってのが正解なんだろうが、卑怯なことだと分かっているからか、つい声を出してしまった。

「ぐぅ!?」
 背後からしっかりとデミタスへと突き刺さる残火。
 痛み以上に驚きといった表情を肩越しに見せてくる。
 なぜ後ろにいるのか!? どうして感知できなかったのか!? なぜ!? と、頭内では感嘆符と疑問符が入り乱れていることだろう。

「生意気な!」
 痛痒に襲われて尚、強い語調。
 腹部から突き出た刃から解放されるために俺へと攻撃を仕掛けようとするが、

「ブレイズッ!」

「!? あ゛ぁぁぁぁぁぁっぁあがぁぁぁぁぁぁ!」
 突き刺した残火に炎を纏わせる。
 刺突によるダメージと高火力からなる炎によるダメージ。
 特に後者の方は鍛えるのも難しい臓器へのダメージだからな。強者であってもこの攻撃が辛いのは叫び声から分かるというもの。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
 デミタスの苦痛の咆哮をかき消す雄叫びを上げながら残火を突き刺したまま全力にてデミタスを押していく。
 刺突と熱傷によるダメージによってデミタスは背後の俺に抵抗できないようで、俺の思うままに体を動かす。
 
 ――ひたすらに廊下を前へと突き進み、目の前の壁へと貼り付けにしようとしたところで、デミタスは叫び声を上げつつ壁を殴り穴を開ける。
 俺に対する反撃を考えるよりも、逃走ルートを作ることに重きを置いたようだが、俺は絶対に離れてやらない。
 右手で残火。左腕はデミタスの細い腰に回して逃げられないように締め上げる。
 縮地を使用されたとしても、これで俺が離れることはない。
 絶対に離さない! この一刺しがデミタスとの戦いで唯一の決定打になるものだと確信しているから。

 俺個人の力と限定すれば、デミタスにこれ以上のダメージを与える事は出来ないと理解している。
 それほどに差がある相手だからな。
 だからこそ、ここで絶対に決めないといけない!
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