上 下
1,164 / 1,668
トール師になる

PHASE-1164【大痛打】

しおりを挟む
 気配が掴みにくくなる空間にて隙間から状況を窺っていれば――、バンッ! っと中折れ式のドアが本来の折れ方ではない折れ方で破壊されるという光景。
 プッシュ式のドアノブを利用して開いてもらいたいね……。
 その光景に一気に鼓動が早くなる。
 赤黒いベレー帽を被った美人が入室してくるのを眼下に見る。
 他と比べて狭い空間をぐるりと見渡す姿に、俺の早くなる鼓動が更にドラムを打つように激しくなる。
 お願いだからこの鼓動が外にまで漏れないでくれと祈りつつ、呼吸を止めて次の動きを見続ける。

「本当に――何処へ行った? 上か?」
 と、発した瞬間に俺の背筋は冷たくなるが――、有り難い事にこの場で上を見るという事はしなかった。
 廊下から二階に続く階段を発見したからこその発言だったようだ。
 
 ――それにしても、本当にこの場所は凄いね。
 感知タイプのデミタスが俺を見つけることが出来ないでいるからな。
 以前の経験が見事に活かされている。
 まさかこんな馬鹿げたゲーム設定が死と隣り合わせのこの状況下にて役に立つとはね。
 
 俺が身を潜ませるために召喚したのはギャルゲー主人公の家。 
 この世界で約一年を過ごし、さまざまな土地を訪れるために大陸を移動し、道中の宿泊で利用してきたギャルゲー主人公の家だが、こういった使い方は今まで思い浮かぶこともなかったよ。
 
 ご都合的な家の効果に感謝している中、下方から耳朶に届くのは舌打ち。
 ここでも俺を発見できなかったことに苛立っているようだ。
 舌打ちの次にはデミタスは体を反転させる。
 
 本当に勇者という立場からすれば卑怯この上ないが、圧倒的な差がある相手との戦いとなれば小賢しい戦い方を選ばないと生き残れない。
 
 ――二歩――。
 デミタスが二歩目を歩んだところで仕掛けさせてもらう。
 わずか二歩の歩みが牛歩にも思えるほどに遅く感じた。

 ――ここだ!
 デミタスが室内から廊下へと出たところで、意を決して飛び降りる。
 俺が待機していたのは風呂場の点検口。
 大人一人が十分に入れるスペースがあった事は幸運だった。
 その幸運が続いて欲しいと願いつつ、

「ブーステッド!」

「な!?」
 俺の存在に気付くも対応には遅れが生じる。
 絶対的な自信から来る感知能力でなぜ気付くことが出来なかったのか? といったところだろう。
 今回はその自信ある感知能力が裏目に出たな。
 感知にばかり頼らず、深紅の瞳もしっかりと活用すべきだった。
 こちらとしては有り難いことこの上ないけどな!

「あぁぁぁぁぁぁあ!」
 驚嘆するデミタスの背後への一撃。
 必勝を手繰り寄せたいならここは声を出さないままに背後からってのが正解なんだろうが、卑怯なことだと分かっているからか、つい声を出してしまった。

「ぐぅ!?」
 背後からしっかりとデミタスへと突き刺さる残火。
 痛み以上に驚きといった表情を肩越しに見せてくる。
 なぜ後ろにいるのか!? どうして感知できなかったのか!? なぜ!? と、頭内では感嘆符と疑問符が入り乱れていることだろう。

「生意気な!」
 痛痒に襲われて尚、強い語調。
 腹部から突き出た刃から解放されるために俺へと攻撃を仕掛けようとするが、

「ブレイズッ!」

「!? あ゛ぁぁぁぁぁぁっぁあがぁぁぁぁぁぁ!」
 突き刺した残火に炎を纏わせる。
 刺突によるダメージと高火力からなる炎によるダメージ。
 特に後者の方は鍛えるのも難しい臓器へのダメージだからな。強者であってもこの攻撃が辛いのは叫び声から分かるというもの。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
 デミタスの苦痛の咆哮をかき消す雄叫びを上げながら残火を突き刺したまま全力にてデミタスを押していく。
 刺突と熱傷によるダメージによってデミタスは背後の俺に抵抗できないようで、俺の思うままに体を動かす。
 
 ――ひたすらに廊下を前へと突き進み、目の前の壁へと貼り付けにしようとしたところで、デミタスは叫び声を上げつつ壁を殴り穴を開ける。
 俺に対する反撃を考えるよりも、逃走ルートを作ることに重きを置いたようだが、俺は絶対に離れてやらない。
 右手で残火。左腕はデミタスの細い腰に回して逃げられないように締め上げる。
 縮地を使用されたとしても、これで俺が離れることはない。
 絶対に離さない! この一刺しがデミタスとの戦いで唯一の決定打になるものだと確信しているから。

 俺個人の力と限定すれば、デミタスにこれ以上のダメージを与える事は出来ないと理解している。
 それほどに差がある相手だからな。
 だからこそ、ここで絶対に決めないといけない!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

何でも奪っていく妹が森まで押しかけてきた ~今更私の言ったことを理解しても、もう遅い~

秋鷺 照
ファンタジー
「お姉さま、それちょうだい!」  妹のアリアにそう言われ奪われ続け、果ては婚約者まで奪われたロメリアは、首でも吊ろうかと思いながら森の奥深くへ歩いて行く。そうしてたどり着いてしまった森の深層には屋敷があった。  ロメリアは屋敷の主に見初められ、捕らえられてしまう。  どうやって逃げ出そう……悩んでいるところに、妹が押しかけてきた。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

処理中です...