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トール師になる

PHASE-1143【貴男もか……】

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「回復は?」

「も、問題ないです……」
 美人と相対しながらも肩越しに瞥見し問えば、弱々しくはあるが一人が返してくれる。
 自分たちでしっかりと回復は可能とのこと。
 十全で対応してもらいたいので今は後方に下がってほしいと伝えれば、弱った体の中で一人が空に向かって鏑矢を放つ。
 ピィィィィィィィ――ッと、ルーシャンナルさんのとちょっと違った甲高い音が空に響く。
 この音で視察担当の我々に何かあったと判断した別働隊が、待機状態から動く手筈になっていると俺に伝え、安全圏まで下がっていく。
 素敵な報告だよ。
 流石はルミナングスさんの部下。他と違ってちゃんとしている。

「てなわけだ。いつまでもその顔に余裕を貼り付けるのは難しいようだぞ」

「本当に困ったことよね」
 とか言うけども、余裕の表情は崩さない。
 向こうも対策はばっちりといったところか。

 ――――ああ、なるほどね。

「そちらにもまだ味方はいるわけだ。シャルナと違った考え方は、実戦経験の差によるものだと思ったけど、そうじゃないわけだ」

「ん? 何のことかしら?」

「何がベル様に叱られますだよ。アンタ――端からミストウルフと本気で戦うつもりはなかったんだろ。使役している側だもんな。手駒は出来るだけ削りたくはないわな。ありゃ芝居だ」
 ――……。
 ここでも沈黙か。

「沈黙は正解と判断するぞ」

「じゃあ、口を開いてあげましょう――ご名答。いい読みしてるわよ」
 やっぱりそうなんだな。
 となると、コイツが裏で動いていたヤツか――もしくはその仲間。

「ならば、こちらの増援が来るよりも前に拘束しないとな」

「そうね。じゃないとここに百を超える狼たちが来るものね」
 看破したところで余裕はぶれない。単身でも問題ないってか?
 ――なめんなよ。
 これでも死地を何度も潜ってんだ。

「アンタの実力は何となくだが分かる」

「じゃあ、逃げた方がいいんじゃないのかしら」

「そっくりそのままお返しする。まあ、逃がす気は毛頭ないけど」

「ハハハハッ! おもしろいわね。何も分かっていないじゃない。その目はガラス玉ね。前言撤回。読みは最悪ね」

「言ってろ。それにこっちは一人で対応しない。ルーシャンナルさん、カバーお願いします」

「もちろんです!」
 快活の良い返事を背で受けつつ、アクセルで一足飛びにて偽者の元へと向かう。

「だりゃ!」
 目の前で現れて、そこから一歩前へと踏み込んでの袈裟斬り。
 ――なんとも敏捷なことで。
 俺の一の太刀は空を切る。

「だけどもまだ届く!」

「くぅ!」
 最接近からの二の太刀による斬り上げには回避では対応できず、防御を選択。
 足元から硬化した泥で出来た柱を出してくる。
 俺は構わず泥の柱を斬る。
 その勢いによって偽物は転倒。
 強くはあるが、やはり苦戦するほどの相手ではない。
 
 俺の目がガラス玉だの読みが最悪だのと言う発言を撤回させてやる!
 
「まったく。もし私が本物ならどうするのかしら」

「本物が自分の事を本物ならって言うのかな? ならって」

「もしかしたらこの体に憑依しているのかもしれないわよ」

「もしかしたら――とか、かもしれないって言ってる時点でね。真実なら――している。で、いいだろう」

「まあ、そうなんだけど――ね!」
 立ち上がりと同時にマッドメンヒルという声が聞こえる。
 一手前の防御に使用したのと同様の魔法。鋭角な泥の柱が地面より勢いよく出現。
 今度は防御ではなく攻撃としての使用。
 以前にも魔大陸のラッテンバウル要塞で、エルフの成れの果てであるウルクってのが使用してきたのと一緒。
 でもあいつのよりは威力がないのは見て分かる。
 鋭さ、大きさ、太さもウルクの方が格段に上。

「そいや」
 柱に対して弱烈火で迎撃。
 容易に破壊が可能だった。
 目の前の相手はやり手ではあるけども、実力的にはポルパロングやカゲストとどっこいどっこい。
 
 ルーシャンナルさんと一緒に対処すれば手傷を負うこともな……く…………、
 ――……いや待て……。
 さっき視察目的のエルフさんが使用した鏑矢の音はルーシャンナルさんのとは違った……。
 でもルーシャンナルさんのは別のところでも耳にした……。
 違和感の原因は……あの音か。
 
 ――……瞬時にエリスが御前会議での出来事を俺に話してくれた時のことが脳内で甦る。
 ――……激高したポルパロングをなだめて退出させたのは、イエスマンであるカゲストと……、

「ふんっす!」
 しっかりと気配を消してくるとか!

「素晴らしい! 今のを防ぎますか。完全に気配を殺していたのですがね」

「殺しているから駄目なんですよね。俺の後方で気配を殺すってのは、俺を狙っているって事でしょうからね――ルーシャンナルさん!」

「これは困った。今の不意打ちが通用しないとなると、私には勝ち目がないでしょう」
 て、割には余裕だな。
 ベルのレイピアのように細身の剣身だが、残火の一撃をしっかりと受け止める事も出来る魔力が付与された鉱物剣は間違いなく業物。

「しかしよく分かりましたね。分かっていて私を泳がせていたのですか?」

「まさか。俺はゲッコーさんやベルと違って、そこまで器用な事が出来る賢さはないですよ」

「では?」
 鉱物剣による連撃を捌き、躱しつつ距離をとる。
 答えを知りたいのかルーシャンナルさんは追撃をせず、偽者もこちらを窺う姿勢。

「鏑矢の音ですよ」

「音ですか?」

「ええ。カゲストとの戦闘時、サルタナとハウルーシ君が隠れていた場所をカゲストへと知らせるかのように鏑が投擲されました。その音とルーシャンナルさんの鏑矢の音が一緒だったので」

「ああ、なるほど。これは失態だった。良い耳で」

「向こうの世界でゲームに使用してたのは安いヘッドセットだったんでね。自然と自分の耳に頼るようになってたのが功を奏したんですかね」

「なんの事ですか?」

「お気になさらず」
 そしてエリスの話。
 この二つに加えて、俺の後方で弓で掩護をするはずの存在が、気配を消して続くってのがね。
 もちろん戦いでは気配を消すのは当たり前だろうが、双方が視認できていて且つ正面からやり合うって時にわざわざ気配を消されれば、二つの疑念と合わせて導き出されるのは――俺を刺す絶好の好機。と、なるからね。
 
 でもギリギリだった……。
 わずかでも遅れていたら、間違いなく俺はルーシャンナルさんにやられていた。

「まったく。優しい笑顔で卑怯な仕掛け方ですね」

「これもこの国のためです」

「なんです? 人間の俺がエルフの次期王の師になったのがよくなかったとかですか?」

「……いえ……。勇者殿は……この国に厄災をもたらしますので……」

「どういった?」

「……厄災です。貴男とお供の方々は……厄災なのです……」
 オウ……。この感じ……。
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