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トール師になる

PHASE-1136【ばっくり】

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 次期王であるハイエルフを守るため、前に立つハーフエルフとダークエルフの少年二人。
 小さな体であっても壮観。

 その光景を肩越しに見ているネクレス氏を肩越しに見る俺。
 躍りかかろうとしていたダークエルフさんが二人の圧によって背を反らせ、他のダークエルフさん達も居竦んだように体を硬直させているというのを目の当たりにしたネクレス氏の口元は、些かだったが緩んでいた。
 エリスも二人を信じているのか、臆することもなく不動の姿を見せる。
 三人の子供に大人達が完全に呑まれていた。

「実にいいね」
 感心を三度発せば、

「お前は感心しかしないな」

「ですが感心するしかないでしょう。これほど説得力のある光景はないですよ」

「――そうだな」
 目の前の出来事に俺とゲッコーさんは笑みを湛える。

「二人とも有り難うございます」
 自身の前に立ってくれた二人に対し、エリスは深謝。

「弟弟子を守るのは当然ですから」

「サルタナが動くなら僕も動くだけです。それに殿下に何かあれば、ルリエール様が悲しみますので」
 と、エリスに笑みを向けて応える二人。
 その笑みにエリスも同様の表情で返す。

 ダークエルフさんたちは、サルタナの弟弟子発言に驚きを強めていた。
 そりゃそういった顔にもなるだろうね。ハーフエルフが次期王の兄弟子という立場なんて、今までだったら絶対にあり得ないことだろうから。
 で、人間の俺が師匠というポジション。

「次期王がハーフエルフの弟弟子とはな……。そして師は人間。なんだこの冗談は……」
 勢いを削がれたダークエルフさんがポツリと零せば、それに他のダークエルフさん達も反応。
 信じられないといった感じだった。

「冗談でしか受け止められないなら、それがお宅の思考の限界なんだろうな」
 と、ここでゲッコーさんがきつめに発す。
 絶対的強者の睨みと発言を受ければ、ダークエルフの皆さんは揃って顔を伏せてしまう。

「革新へと進むことが出来ない氏族が旧態依然な考え方ならば、ここの面々は卑屈に縛られたまま動いているだけ。揃いも揃って子供三人の精神に全くもって太刀打ち出来ていない」
 俺が続けて発せば、やはりゲッコーさんとは違って貫禄がないからなのか、生意気なといった感じで睨みで返してきた。
 別に睨まれても脅威なんて感じませんけどね。

「俺を睨む時点でダメダメ」
 と、リンを手本として嘲笑をプレゼントしてやった。
 更に目元が鋭くなるけども、

「あのですね。俺を見てる時点で駄目なんですよ」
 発せば、素晴らしいほどに疑問符が面々の頭に浮かんでいるのが幻視できる。

「いいですか。皆さんが見るのはそこの三人。その三人こそがこれからのこの国――ああっと……なんだったかな……?」

「エリシュタルトだ。お前は決めるところで決められないな……」
 ゲッコーさんの嘆息を横で受けつつ、

「エリシュタルトの光景って事ですよ」
 もっとスマートに言えれば格好もついたんだろうが……。
 仕方ないね。何たって俺だからね。

「流石は師匠です」
 エリスは喜んでくれているからいいとしよう。
 というか俺が発する内容に対して、全て流石は師匠的な発言をしていればいいと思っていないか?
 妄信は良くないぞ。
 
「僕はこの国の全ての方々と歩んで行きたい。だからこの場にいる皆さんの力を借りたいのです。なので今晩ここでは何も起こらなかった。ただ僕が……あ、逢い引きをしていただけです」
 やはり逢い引き部分を口にする時は恥ずかしいようだな。

 ――エリスが力説しても、大人連中ってのは子供と違って簡単に首を縦に振るって事は出来ないようだ。
 あまりにも長い間、虐げられていたんだから仕方ないところもあるけども。

「今までは階級によって軋轢が生じていました。でもそれもこれまで。これからはその年月を上回り、恒久な対等関係を築いていきましょう」
 ここでもエリスが力強く語るも、やはり返事はない。
 自分たちの今までの思いと、これからの歩み方。考える時間は必要だよね。
 頭の中を冷静にして、しっかりと双方が耳を傾けるには、時間だけでなくエリスや協力者たちの努力次第。

「まっ!」
 その辺は心配ないだろう。
 しっかりと支えてくれる者達がいるのは、目の前の光景でも分かるってもんだからな。
 この場にいないルリエールや侍女さん達。
 氏族だとルミナングスさんは協力してくれるだろう。
 当然、俺も勇者として、師として、公爵として協力をしよう。
 公爵としての政治部分は、爺様と荀攸さんに丸投げだけど。

「これからは僕がこの国を背負います。ですので皆さん、この若輩者をしっかりと支えてくれますよう再度お願いいたします」
 自信を漲らせつつエリスはお願いしますと頭を下げる。

「……ふんっ……」
 自信に漲るエリスがまぶしかったのか、問答を行っていたダークエルフさんは弱々しい虚勢の中、目を反らしながら鼻を鳴らして返していた。
 このやり取りはエリスの圧勝と判断していいな。

「それで、なかった事にするのはいいけども、このままってわけにもいかないだろう」

「そうですね師匠」
 如何になかった事にするといっても間違いなく戦闘は起こってしまった。
 しかも死人も出ている。その内の一人は俺が奪った。
 俺自身もしっかりと責任を果たさないといけない。
 なので、全てをなかった事になんて出来ないし、してはいけない。
 
「それは僕が城へと戻ってから話し合います。ですので皆さんはこのまま過ごしてください」

「逃げるとは考えないのか?」
 と、ここでようやくネクレス氏が口を開く。

「逃げるわけないですよね。そんな事をすればルリエールに迷惑がかかります。ネクレス殿はそんな事をするような御仁には見えません」
 エリスにそう返されれば――、

「族長にこれ以上の迷惑はかけられんな……従おう」
 と、今回の騒乱の中心人物であったネクレス氏が素直に返せば、それだけで他のダークエルフさん達も小さい動きだったが首肯していた。
 それがすこぶる嬉しかったのか、エリスは今日一番の破顔となる。
 ショタ好きお姉さんを完全に駄目にしてしまう笑みだった。

「残った私兵の面々もこれ以上、立場を悪くしたくないなら抵抗はしないようにお願いしますよ」

「分かりました」
 俺が述べれば、代表者の一人はダークエルフさん達と違って素直に返してくる。
 素直に見えても、主をとっかえひっかえ。状況が悪くなれば即逃げるような連中である。
 素直を演じているだけとも思える。
 チラリとゲッコーさんにアイコンタクト。

「もちろん信じてはいるが、沙汰が下るまで監視はさせてもらう」
 ひりついた緊張感に包まれる私兵たち。
 ゲッコーさんという保険をかけておけば、妙な考えを頭に浮かべるなんて事はしないだろう。

 ――――さてさて――。
 
 全体が落ち着いたところで俺はカゲストの死体へと向かう。
 野心で動いた者とはいえ、このままは良くない。
 死ねば皆、平等。
 手厚く葬ってやりたいけども――、やはりここはリンが来るまで待機が正しいだろうな。
 協力者の存在はどうしても聞かないといけない。

「申し訳ないがアンデッドになってもらうよ」
 蹲踞から両手を合わせ、地面に出来た血溜まりを避けつつ、形だけでもとカゲストの両手を胸元で組ませようとした時だった。

「おう!? いいタイミングだなっ! マヌケェ!」
 悪態をつきつつ咄嗟に後方へと跳んで難を逃れる。
 明らかに俺ごと狙っての発動だった。
 突如として地面から現れた大口にカゲストが呑み込まれた。
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