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トール師になる

PHASE-1135【よい光景】

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 ――――長い時の中で育ったのは信頼の構築ではなく、軋轢。
 そこは分かっている。
 長い時――時代が下るにつれてウーマンヤールの恨みの対象が氏族だけでなく、王族にも向けられるようになったのも理解はしている。
 氏族と比べれば王族に対する恨みはそこまで大きくはないようだったけど、敵意を向けているという意味合いでは同じ。

 そんな中で――だ。

 ダークエルフのまとめ役である族長が次期王と恋仲となれば、喜びよりも積年の恨みが勝る者達は怒りに支配された行動を選択するだろう。
 族長の行いは明確な裏切りだと判断し、今回のような自由が利く軟禁などとは違い、自裁――それが出来ないなら強制的な死罪の実行も可能性としてはあった。
 
 ダークエルフさん達がそういった行動に及んだ可能性があったように、ハイエルフ側にも同様の事が言える。
 次期王がウーマンヤールと恋仲という事が公になれば、氏族やそれに追随する保守派によって大反対を受ける事になっただろう。
 それこそ今回のように過激な行動を選択したポルパロングやカゲストみたいな野心を抱いていた連中なんかにとっては好機。
 俺たちがこの国に来る前に二人の仲が露呈していたら、氏族の中で最大の兵力を有していたポルパロングはフル・ギルなんて関係なく行動に移していただろうし、カゲストも今回とは違った経緯でポルパロングと協力し、この国の支配者の一人として君臨を画策したことだろう。
 
 ――と、なるとだよ。今回の出来事は王族にとって、氏族の中でも目障りな存在であると思える二人が命を落としたということになるよね。
 ポルパロングは俺が命を奪ったわけだけど……。
 ――……おいおい。偶然……だよな……。

「どうしました師匠?」

「……いや、別に」
 エルフ王やエリスが……荷担しているって邪推がよぎってしまった。
 屈託なく俺を見るエリスの顔を見ればそんな思いも洗い流される気分になるけども、人間なんかよりも遙かに長命であるエルフ。姿は子供でも思考は既に人間以上であるという考えが心底で芽生えれば、俺の頭内から邪推を完全に洗い流すって事も出来ないんだよな……。
 
 いや、だがしかし――だ!
 弟子を信じるのも大事だ。
 そもそもが憶測だし。
 憶測で思考を深掘りすれば迷走するってもんだ。

「僕はルリエールを妻とします。そうなればここにいる皆さんには国のために大いに励んでもらわないといけません。皆さんをこのような苦境に立たせ続けるなんてあってはなりません。だからこそ歩み寄らないといけないんです。それを僕たちの代でやらなければなりません。皆さんと!」
 俺が憶測を巡らせる中でもエリスの主張は続いている。
 話に対して反対的な唱和をしていたダークエルフの方々も落ち着いてきたのか、次第に長い耳をエリスの方へと傾けていく。
 今までよりも、よりしっかりと。
 
 ネクレス氏も目を閉じて背中越しにエリスの発言を耳にしていた。
 そんな中、エリスの目の前にいるダークエルフさんだけは未だ疑念を持ってエリスを見る。
 エリスは小さな体で視線をしっかりと受けつつ、今後の国の展望を滔々と話す。

「族長と次期王が結ばれたとしても、王族や氏族との関係性が改善するものか」
 と、合いの手を入れるかのようにダークエルフさんが一々エリスの話を中断させる。
 エリスとネクレス氏の話の中に期待を含ませて会話に入り込んできた時とは違い――むしろ期待を裏切られたと本人は思っているのか、その反動から視線同様にエリスの言を受け入れようとはしない。

「改善できないと決めつけるのがいけないのです。改善させるように双方が――国中の者達が歩み寄らないといけないのです」

「くだらん。どのみち我々は貴様を拉致した側だ。今回の事はこの国の歴史に置いて類を見ない大罪。我々は悉く極刑に処されるだろう。死ねば歩み寄る事など出来るわけがない」
 ネクレス氏は自分が中心人物だから自分の首一つで丸く収めようとしていたが、このダークエルフさんはエリスを監禁したのはこの場にいる者達の総意であり同罪と発す。
 だからこの場の者達はすべからく罪に処されると持論を述べる。
 死する覚悟はあるがただでは死なんと息巻きながら。
 長きに及ぶこの集落での営みによって染みついた卑屈の精神。
 その精神によってやや暴走気味になってきているようだ。

 このダークエルフさんの発言に、エリスに耳を傾けていた他のダークエルフさん達も次第にエリスと対面する者へと耳を向け始める。
 これはよろしくない流れにまた戻っている。

「お前たちは大丈夫だ」
 と、ここで目を閉じていたネクレス氏はやおら目を開き、目に連動するように口を開く。
 ここでも自分の首一つでなんとか収めるために尽力すると発した。
 ――が、それがよくなかった。
 中心人物として信頼の厚いネクレス氏の発言に、一人だけ死なせないと一人が発せば、それにダークエルフの皆さんが呼応する。
 
 これに対してネクレス氏は複雑な表情だった。
 皆に信頼されている嬉しさもあれば、引き際を知らずに再び戦おうとする姿勢からは、残された集落の者達のことを考えていない浅はかさがあると落胆もしているようだった。
 勝てば自由。負けた時には自分の首一つでなんとか解決させるという事を踏まえての蜂起だったようだな。
 やはりネクレス氏は先生や荀攸さんに会わせないといけない人材。

「あの――ネクレス殿に皆さん。何か勘違いをしていますね。僕は――監禁なんてされていません」
 と、エリスのこの素っ頓狂な発言に、ダークエルフさん達は驚きで目が丸くなる。
 だが次には、何を言っているんだこの子供は? と、怪訝な表情へと変わる。
 かくいう俺もそうなんだけどね。
 
 なので――、

「なに言ってんの?」
 俺がこの場の面々を代表して発言する。
 敵対はしていたけど、俺が切り込んだ発言をしたことに対してはダークエルフさん達も会釈で返してくれた。

「師匠。僕は監禁などされていません。その――あの……」
 くねくねする動きから判断できるのは、今から恥ずかしい事を発言するってのの前段階ってことなんだろうな。
 でもってそのくねくねとした動きはさっきも目にした。
 俺のような恋人もいない童貞からすれば、その発言は殺意が芽生えてくるような内容なんだろうな。

「ぼ、僕はルリエールと――あ、ああ……逢い引きをしようとしていただけです。なので彼女の寝室を訪れたんでふっ!」
 語末が残念。
 声は裏返り、闇夜の中でもしっかりと分かる程に真っ赤な表情。
 俺にゲッコーさん、エルフさん達は闇の中でもしっかりと視界を確保できているから紅潮を見逃すことはない。
 頭から湯気が上がりそうなくらいに恥ずかしがっている。

「恥ずかしいなら恥ずかしい嘘なんか言わなくていいぞ」

「う、嘘ではなく。僕は本当に逢い引きを!」

「ずっと声が裏返ってるから」
 後、あんまり逢い引きとか言わないでくれる。
 俺が羨ましくなるからさ……。

「とにかく僕は監禁などされてません! ただこの集落を訪れたら、クリミネアン殿が造反を企てていたのです」

「そういう事にしときたいって事だよな」

「…………可能ならば……」

「だ、そうですよ。ネクレス氏」

「そんな馬鹿げた芝居に付き合えるか! 我等は死を覚悟して行動したのだ。その芝居は我らの覚悟を汚している!」
 と、ネクレス氏に問うたのに、先ほどまでエリスと問答をしていたダークエルフさんがバッサリと両断。
 これにはエリスの長い耳がしな垂れる。
 当たり前だよね。なんともお馬鹿な言い訳だもの。誰も信じないよ。言うだけ言って現状をよくしようとする努力は見られるけども。
 ――こんな思いつきな弁解を考えるくらいがエリスには限界なのかな。
 だとすると安心もする。
 氏族二人を上手く排除したいって考えに至るだけの事はエリスには無理だろう。
 
 平凡脳みその邪推に過ぎなかったな。

「さあ、裁け」

「裁きません。僕は逢い引きをしただけですから」
 と、お馬鹿なことを言い張るエリス。
 逢い引きの部分で常に声が裏返るのがショタ好きのお姉さん達にはたまらないだろうな。
 この場にお姉さん達はいないけども。

「貴様ぁ! いい加減し――!?」
 怒りが限界突破したダークエルフさんがエリスに飛びかかろうとする。
 もちろん俺やゲッコーさん。ゴロ丸とエルダースケルトンたちがそれを阻止するために動くけども――、

「これは――よきかな」
 ついつい感心から声を漏らしてしまう。
 俺たちよりも動きは遅れていたけど、エリスの前へとサルタナとハウルーシ君が立つという光景。
 
 手に持つミスリルと木剣の切っ先は、躍りかかろうとしたダークエルフさんへと向けられていた。

「ぅう……」
 二人の眼力は大したもの。
 飛びかかる勢いが完全に削がれていた。

「いいじゃないか、いいじゃないか」
 更に喜びを漏らしてしまう。
 いいものを見せてもらっているからね。
 エルダール――ハイエルフである次期王を守るように立つのは、テレリのハーフエルフと、ウーマンヤールのダークエルフの二人の子供。
 俺にはこの光景が、この国が良き方向へと進む可能性を示しているように見えた。
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