上 下
1,132 / 1,668
トール師になる

PHASE-1132【スリスリ――ピピッ、ドン!】

しおりを挟む
「全員、ここより撤収。仕切り直しだ。この小僧が大事なら動くなよ」
 ゴロ丸が動きを止めたことで、ダークエルフさん達と残り少なくなった私兵にカゲストが指示を出す。
 こちらにしっかりとドスを利かせながら。
 
 脅威対象である俺達との間に障壁を展開したことから生まれた余裕からか、

「本当に生意気だ。テレリがこのような業物を! ――剣装はともかくとして、なんと美しく磨き上げられた剣身か――」
 ギムロンのミスリル剣に魅了されたのか、欲望に突き動かされるように右手が剣へと伸びる。
 その時だった――。

「ハァッ!」
 下生えから飛び出してきた小さな影が、剣へと伸びていた右手首に見事な小手を打ち込む。

「ぬぅぅん!?」
 思いっきり振り下ろされた木剣の一撃にカゲストの顔が大きく歪む。
 一人、気付かれることなく隠れ続けることが出来ていたハウルーシ君の急襲による一撃は成功。
 成功はするけども見事と口からは出せなかった。
 出来れば隠れていてほしかったからだ。
 だがその一撃を無駄には出来ない俺とゲッコーさんは、一撃に合わせて動き出す。
 
 ――が、木剣の一撃は右手首に痛痒を与える事は出来ても、行動不能に追い込むことは叶わず……、

「汚らわしいウーマンヤール風情がぁぁぁぁぁあ!」
 細首を締め付けていた左腕。その腕で拘束していたサルタナをかなぐり捨てれば、カゲストは直ぐさまミスリル剣を左手で奪い取り、ハウルーシ君を……斬り上げる。

「おまえぇぇぇえっ!」
 俺の怒号が響く中、眼前で宙を舞うハウルーシ君。
 小柄な上半身からは鮮血が勢いよく噴き出す。
 首を締め付けられていたサルタナは至近距離でその光景を目にし、喘鳴を忘れ、声にならない叫び声を上げる。
 その光景からわずかに遅れてゲッコーさんの方から銃声が一つ響く。
 斬り上げることによって体を大きく動かしたことで、障壁からわずかに出た上半身。
 そこを見逃さないゲッコーさん。正確に左肩を撃ち抜けば、カゲストの体勢が崩れる。
 ゲッコーさんに続くように、
 
「ウインドナイフ!」
 と、担がれたままにエリスが魔法を発動すれば、カゲストの胸部に風の刃が直撃。
 肩と胸にダメージを負った反動で手にしたミスリル剣を落とせば、

「あぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
 落ちたミスリル剣を手にしたサルタナが、気迫とも憤怒とも取れる声と共に逆袈裟にてカゲストを斬った。

「こ、こんなテレリの……小僧に…………」
 斬り上げられローブを真紅に染め上げていくカゲストは、信じられないといった表情を浮かべながらゆっくりと両膝をつき、伏臥の姿勢で倒れ――動かなくなる。
 
 カゲストが倒れるとほぼ同時にその場に移動したゲッコーさんはエリスを下ろし、直ぐさまハウルーシ君の首に手を当てながら全身を見ていた。

「どうです!」
 わずかに遅れた俺が問えば、

「……駄目だ」
 弱々しく首を左右に振っての返し。
 ハウルーシ君の急襲から十数秒の間に起こった出来事。
 親友は救えたが、代償として自らの命を使用してしまったハウルーシ君……。
 即死だったようだ……。
 
「ファーストエイド!」
 と、エリスが必死に発するも反応はない。
 ハウルーシ君の体に抱きつき涙を流すサルタナの横で繰り返し回復魔法を使用するエリスだが、ハウルーシ君が反応することはない。
 回復魔法を使用したところで死者に対して意味はない。
 それでも目の前の死を受け入れたくないエリスは、必死にファーストエイドと叫び続ける。
 
 最悪の結果となってしまったが――可能性はある。
 その可能性ゆえか、目の前の状況を見る俺は存外、冷静だった。

「サルタナ、エリスどいてくれ」

「師匠?」
 冷静であっても、時間に余裕があるわけではない。
 俺に解決策があると理解したエリスは、泣きじゃくるサルタナの腕を引っ張りハウルーシ君からどかす。
 駆けつけると同時にポーチから取り出していたプレイギアを地面へと向け、

「除細動器」
 と、一言発する。
 ハウルーシ君の側に輝きが生じる。
 出てくるのは――二つの外用パドル。
 
 急いでそれを手にすれば――、

「おお!」
 ゲームと同じ使用となる。
 パドルを握ると同時に、ハウルーシ君が倒れる上部には、Deadの頭文字であるDが現れ、そのDの中には心電図を意味する波状のマークがある。
 Dと心電図のマークは緑色からなり、緑色のDは時計回りで黒色へと変わっていく。
 これが完全に黒色に染まってしまえば蘇生は不可能となる。

「まだ半分ぐらいの余裕がある。頼むぞ、仕様通りであってくれよ!」
 上手くいってくれと念仏を唱えつつ、ゲームの要領で二つの外用パドルを擦り合わせれば、ゲーム内と同じようにキュィィィィィィン――と、チャージ音が発生。
 ――ピピッっとチャージ完了の合図の音が鳴ったところで、

「ハイ! ドォォォォォォン!」
 気迫と共にパドルをハウルーシ君に当てる。

 途端に――、

「ハッ!」
 と、しっかりと目を開くハウルーシ君。

「あれ!? 確かに僕は斬られた記憶が――」

「ハウルーシ!」
 喜びからサルタナがハウルーシ君に抱きつく横で、俺はそっと回復箱も召喚する。
 フルチャージだったから完全回復で蘇生しているけども、癖が出してしまった。
 ゲームプレイ中もフル回復蘇生から回復箱を出すってのが一つの動作として身に染みついているからな。

「セラにもこういった動作を見習ってもらいたいもんだ」
 などと余裕の独白。
 そう、余裕の独白が出来るくらいに俺の心は安堵で満たされる。
 
 そして――、

「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
 安堵が徐々に大きくなり、高揚を体現するようにパドルとプレイギアを持ったまま諸手を天へと掲げて喜びの雄叫びを上げる。
 
 回復箱なんかと違い、死者が出ない限り使用する事がないガジェット――除細動器。
 それ故に実験が出来ない状況下での使用だったから不安もあったが、上手くいって本当によかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...