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エルフの国

PHASE-1042【苦労人】

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「ウーマンヤールという階級の方々も動いているんでしょうか?」

「……いえ」
 おっと、なんか返しが暗いですねルミナングスさん。

「彼らは行動範囲が限られているので、捜索する範囲も限られてしまいます」
 継いで語ってくれる。

 なら範囲外で迷っているって事か――。

 ここいらは中心地や入国してきた大通りと比べても活気がない。というか、自然そのものだ。
 この環境下で生活をしているとなると、屋敷持ちの氏族だけでなく、大通りの樹上にあったツリーハウスに住む方々と比べてもかなりの格差があると思っていいだろう。

「そのウーマンヤールって階級は一体なにをやらかして、こんな場所に追いやられてしまったんですかね?」
 理由がなければこんなところには追いやられないだろう。

「この国において騒乱を起こしたのが原因です」

「騒乱か。聞いたことあるわい。そうか――ウーマンヤールってのはダークエルフかい?」

「その通りです」
 ギムロンの問いに首肯するルミナングスさん。
 ダークエルフか。
 これまたファンタジーでお馴染みのエルフだな。
 いろんな作品に登場するダークエルフは、基本エルフの敵対者として描写されることが多いよな。
 長命で強力な魔法を使用できるってのは他のエルフと変わらないけども、違うのは闇の勢力に属しているってところだろう。
 稀に主人公側にいたりもするけども、基本は悪役が多いイメージ。

 ここのダークエルフさん達はそういった悪役という事ではなかったそうだが、国を維持していれば当然問題も発生するというもの。

 人間と亜人が衝突している時に苦言を呈していたエルフ達も、その実、それ以前に国の中では同種族間でぶつかり合いもあったそうだ。
 
 長命であり長い歴史の中に存在する国となれば、人間なんかが理解できないような軋轢だってあっただろう。
 そういった軋轢が騒乱へと繋がり、ダークエルフ達は敗北したことで国内の僻地に追いやられたわけだ。
 ウーマンヤールはダークエルフ。

 得心がいった。

 以前、王都周辺でシャルナと一緒に行動していた時、風の谷の腐海あたりに生息してそうなデッカい空飛ぶムカデと戦ったことがあったけど、その時にエルフの種類を聞いたのを思い出した。
 あの時、確かにダークエルフの存在も聞いた。

 で、この国に来て、今に至るまで耳にしなかったエルフ種の名前がダークエルフ。
 ウーマンヤールという一番下の階級はダークエルフを指していたわけだ。

「まあ、エルフは自尊心が高いからの。互いに衝突すれば他種族と違って、一つの問題修復にも時間がかかるってもんだ。それこそ千年単位だろうよ」

「関係修復に果てしない時をようするんだな……」
 俺の元いた世界でも、宗教なんかで長いこといざこざはあるけどね。

「エルフにとって千年単位ってのは、さして長いもんじゃないんだろよ」

「その通りです。流石はドワーフ殿」

「じゃろ。伊達に二百年以上生きてないぞ」
 ルミナングスさんの返しにかかと笑いながら髭をしごくギムロンだけども、二百年以上を得意げに言っている相手の年齢が五千年を超えてるからな……。
 人間からすればドワーフも大概に長命だけども、それが霞んでしまうのがエルフだな。

「それでその軋轢はどうやって生まれたんですか?」
 コクリコの質問にルミナングスさんは苦笑い。
 とてもくだらない内容だから語ることも恥ずかしいという事だが、周囲を見やりつつ駆けながら語ってくれる。
 
 事の発端はとんでもない大昔。
 子供達のちょっとした喧嘩が原因だったという。
 片方はハイエルフ。片方はダークエルフ。
 
 この喧嘩で怪我をしたハイエルフの子供の親が今度は出張り、そこにダークエルフの親も出てくる。
 それが波及しぶつかり合いとなれば波及は更に広がり、ハイエルフ、エルフ、ハーフエルフ陣営とダークエルフ陣営による戦いにまで発展した。
 階級は違ってもエルフ全体で共通するのは自尊心が高いということ。

 自尊心により発生した小競り合いは引くに引けないまま国を巻き込む戦争にまで発展したそうだ。
 そして多くの血が流れた。
 これが今から約三千年前の話。
 人間目線だと神話のような話だけど既視感もあった。
 これ春秋戦国時代の呉と楚の話にそっくりだ。
 人間とエルフの思考って大差ないな。

 ――結果は、物量の前に敗北することになるダークエルフ陣営。
 新たに設けた階級であるウーマンヤールに落とされ、僻地追放となった。

 だがこれは温情ある処分だったという。
 
 ダークエルフの全てを処断せよという声も多かったそうだ。
 だがこのエルフ間の戦争の間に戴冠式により王になった現エルフ王の意向と、氏族の考えが一致したことで粛清を免れ今に至るという。
 敗北から現在に至る悠久の年月、常に監視の目が行き届いた集落でダークエルフ達は生活を営んでいるそうだ。

「監視の行き届いた――ね……」
 ついつい呆れ口調が零れてしまった。
 本当に恥ずかしいとルミナングスさん。
 そりゃそうだろう。監視が行き届いてるならその集落からダークエルフの子供が森の中で迷うって事はないだろうからな。

 長い時の中で怠惰になったのか、それともダークエルフがどうなろうと知ったことではないという考えがあるから放置したのかは知らんが。
 
 なんにせよ――、

「気分の悪い話ですね」
 有り難うコクリコ。俺の気持ちをしっかりと代弁してくれて。

 ――――さて、

「ここいらがいなくなった現場ですかね?」

「その様です」
 ルミナングスさんの眉間に皺が寄る。
 まあ、分かりますよ。
 最近だと内の領内ではしっかりと対応できるようになっているけども、こちらのエルフさんはダメダメだな。

「現場で待機している者達はいないようですね。もしかして先ほどいた面々で全員だったのでしょうか?」

「だの」
 コクリコとギムロンの声音には明らかに呆れが混じっていた。
 これがダークエルフに対する対応ってことね。
 先ほどの考えは後者が正解か。
 やはり行方不明になっても問題なしと思ってんだな。

 ルミナングスさんは汚点を見られたような気分だろうな。
 気位の高いエルフだからそういった思いは余計にあるだろう。
 しかもなぜかこの国で好感度が高い俺にその恥部を見られているんだからな。

「まあいいや。コクリコがさっき言ったように、やる気の無いのがいても邪魔なだけだったからな。いなかったことはむしろ良かったと思ってとりあえずまともな者達だけで探そう」
 言いつつ上を見れば、ルミナングスさんの部下さん達もいいタイミングで樹上を跳んで捜索に当たってくれる。

 上の方は出来る方々に任せて、俺達は地面に足跡があるかを探す。
 隆起した木の根。鬱蒼と生い茂った下生え。
 
 ――……うん……。緑が生い茂ってるね……。
 足跡なんてないよね。
 こうなると折れたり倒れた草木が頼りになるのかな。

 それにしても――、

「この地にも冬が到来しているはずなのに、なんでここはこんなにも緑が豊かなんですか?」
 この地にはまるで冬の到来がないのかと思えるほどに緑が生い茂っている。

「それはパルンストックと呼ばれる木々の恩恵です」
 太古の時代より存在するパルンストックなる木は、大気のマナを吸収することで年中、葉を生い茂らせている常緑樹なのだそうだ。
 一般的なエルフ達の弓矢の素材としても使用され、果実は腹を満たしてくれる。
 宿り木である神木ミスティルテインの宿主でもあるそうだ。

 また、普通の常緑樹とはちがい、他の植物にもその力をおよぼし、周囲の草木も年中、緑を生い茂らせるようになるという。
 なんとも神秘的な場所だ。
 だからこそなんだよな。

「階級による蔑みはこの風景を台無しにしているようだ」

「耳が痛いですよ。勇者殿」

「長耳だから余計に響くだろうの」
 と、すかさずギムロンも続く。
 胃の部分をさすりながらルミナングスさんは苦笑いで返していた。
 エルフ王と他の氏族との間で板挟みの苦労人なのかもしれない。
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