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ミルド領

PHASE-971【マジかよ……】

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「どうだトール!」
 情熱がしっかりと伝わってくるよ。
 俺に対してもそれだけの情熱を向けてほしいね……。

「ああ、まあ仮で許可するよ」

「仮と言わずに決定してほしいのだがな」
 ベルが言い寄ってくるけどもそこは相手にしません。
 次の日、冷静になったベル以外の面々がこの旗を見て、やっぱりこれはないと思ってくれるだろうからな。
 テンションが下がれば恥ずかしさに襲われて体がむず痒くなるだろうさ。
 その時に正式に却下して、ベルだけの専用旗という落としどころで解決という流れが最適解だな。

 
 ――…………。

「マジかよ……」

「主殿、受け入れましょう」

「マジかよ……」

「まじ――なんですよね~」

 マジなんだよな……。
 どうやら爺様一同、本当にあの旗でよかったようだ……。
 テンションに身を任せた後に、そのテンションが下がったら間違いなく羞恥心に襲われると思っていたのにな……。
 何してんだよ慚愧おまえ! 仕事しろよ!
 テンションの勢いは次の日になっても衰えることはなく、しかも生産も行っていたようで、愛らしい白い子グマの旗が屋敷の各所、壁上にも等間隔で立てられていた……。
 今の季節に吹く北からの冷たい風によって、愛らしいのがはためいていやがる。

「本当に冗談が過ぎるぜ……」

「主殿がきっぱりと言えないのも問題でしたな」

「耳が痛いです」

「忖度もほどほどに」
 荀攸さんは俺の心でも読めるのかとばかりに的確なことを言ってくれるよ。
 だがしかし、こんな事になるなんて……。
 公爵としての威厳をこの旗から感じ取ることは出来ない。そもそも慈愛をというコンセプトだから仕方ないんだろうが、やはり威厳は大事だというのをこの旗を目にすれば再認識できる。
 
 仮とはいえ許可した手前、やっぱり駄目とも言いにくいしな……。
 言ったらベルが激怒するだろうし……。
 こうなりゃ当分はこの公爵旗の元、優しい公爵として頑張っていくしかないか……。
 地下にいるカリオネルにだけは絶対に見せられないけど。
 あの馬鹿にこの事で馬鹿にされるのだけは絶対に嫌だ!

「まったく寒いぜ」
 火龍装備の俺が寒さを感じるなんて事はないんだけどな。
 旗を目にする度に、体の奥から寒さがくらぁな。
 赤と黒スタンダールカラーからなる装備の胸部を撫でたところで温かくはならない。

「今日はしっかりとその装備でいてください」

「分かりました。で、何があるんですか?」
 先生と一緒になって悪い笑みで何か企ててたみたいだったし、ここで火龍装備のままでいろと言う時点で、間違いなく話し合いなどではなく、力で解決する問題が発生するんだろう。

「夜になれば分かるというものです」
 要点の掴めない簡単な返し。
 そんな荀攸さんの耳には、ワイヤレスイヤホンがついていた。
 先生もだったけど、三国時代の人物たちがハイテクを装備しているのってなんか不思議だ。
 
 ――寒空の下で愛らしい公爵旗を目にして嘆息を漏らし、外から中へと入る頃には夕暮れ時だった。
 救いがあるとするなら、この公爵旗が屋敷の多くの者たちに見られなかったことだろう。
 屋敷守護の近衛や征北の者達は、少数だけを残して休みを与えているからな。
 この時間帯だ、歓楽街で楽しむ計画を立てていることだろう。
 羨ましくもあり、旗を見られないという安心感もある。

「ま、結局は休み明けには見られるんだけどな……」
 でもって、これからはアレが公爵旗になるんだから、ミルドの領民だけでなく、他の領地の方々にも見られるわけなんだよな……。
 そう考えると気が重いってもんだ……。
 
 夕食でこの沈んだ気分と胃袋を温めようとしたものの。

「どうぞ」
 広間でメイドさんに出されたのは温かなコンソメスープとロールパンが二つ。
 え、これだけ!?
 傲慢だと思われたくないし、レーションなんかよりは温かいから我慢も出来るというメンタルもあるから、思ってはいても声に出すという事はなかった。
 公爵より冒険者である勇者としての時間が長いことが幸いしたな。
 
 きっと屋敷のメイドさんや料理人さん達も、兵達同様に休暇をもらっているんだろうと考え、出された食事をありがたく――、

「なんですかその寂しい食事は? 公爵の夕食とは思えませんね」
 いただこうとしたところで背後から声。
 俺の肩越しに覗き込んできたのはもちろんコクリコ。
 こういったズケズケとした物言いが出来るのはコイツとリンくらいだ。
 俺達と出会う前は侘しい食事も経験していただろうに、その経験を活かせていない発言だな。
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