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北伐
PHASE-873【返上】
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「どう言われようともミルド領は掌握します」
「荀彧殿!」
手を前に出して制するも、王様だけは更に一歩前へと出て食い下がる。
でもそれでも先生はぶれない。
「今回の件は公爵殿の老いも原因。だからこそ薬物で昏睡状態にさせられるという隙も生じたのです。王弟として活躍されていた時からしたら考えられない隙だったと、ご自身も思うところがあるのでは?」
問えば、王侯貴族の面々が味方である先生に詰め寄っている中、ただ一人、黙して語らず状況を眺めていた公爵が口をやおら開く。
「然り」
と、ただの一言だった。
「今回は昏睡ですみましたが、次は暗殺という事も考えられます。そうなれば誰がミルド領で覇権を握るのかと、領内の貴族や豪族が戦火による厄災を再びまき散らすでしょう。傭兵や奴隷達を戦わせて領地の拡大を実際にしているような者達ですからね。公爵殿がご活躍なさっていた時はこの様な事も少なかったはずです」
問われれば今度は口を開くこともなく、首肯で返すだけ。
有能で野心的な人間も老いには勝てない。
だからこそそこを隙とされる。
最も人口が多い人類が中心となり、友好種族と共にこれから魔王軍と相対する事になるというのに、地盤が不安定な状態で併呑すれば内戦の勃発は必至。
そうなれば、そこから膿が生じて傷口が大きくなる。
ならば完全に公爵領を統治し、絶対的な存在の威光の下に貴族や豪族達を黙らせる。
最低限の贅沢を保障すれば、権力を失いたくない者達は協力するし、そこに適度な威圧も与えれば邪な心も宿らず、指示に従い良い仕事をしてくれる。
権力の椅子からはどきたくないし、財貨も失いたくない。
それを失わぬように励ませるには、やはり適度な威圧の行使。
新たなる指導者の下で、緊張感を抱きながらしっかりと励めば、最低限の富は保つことは出来ると確約すれば条件はのむ――。
「ですので、公爵殿には隠居生活を送っていただきたいですな。爵位を返上し、新たなる者のために席を譲っていただきたい。権力者が席を譲るのは嫌でしょうが、権力者であり、ミルド領の責任者であるならば、権力を捨てて責任に重きを置いていただきたい。出来ないのならば、結局は話が通じなかったということで、我々は公爵領に侵攻いたします」
「清々しいくらいの脅迫であるな」
「はい」
「権力者ではなく責任者に重きを置け――か」
先ほどまで先生に詰め寄っていた王侯貴族の面々も、二人のやり取りを見守る姿勢。
もし公爵領に侵攻となった場合、王様は首を縦に振らないだろう。
その場合、先生はギルドの者達だけで攻めるって言うんだろうな。
S級さん達を動かして、正面からではなく暗殺による侵攻を始めることだろう。
ステルスキルの達人たちによる行動が実行されれば、公爵領で私腹を肥やしている連中は直ぐさま死体へと変わるのは明らか。
実際にそうなってしまったら、俺はその時どういった判断を下せばいいのか。
先生の言っている事も分かるし、王様たちの気持ちも分かる。
公爵の次の発言しだいで、もしかしたら先生と王様たちの間に亀裂が生じるかもしれない。
王侯貴族とは今まで軋轢もなく、いい関係を築いていたから余計に嫌だな。
「私はここに来た時から決めていたよ――荀彧殿」
「では聞かせていただきたい」
「私は爵位を返上しようと思っている」
「そうですか。それは英断です。実に素晴らしい」
公爵の発言にしゃっちょこばっていた王侯貴族の肩が一気に弛緩する。
これで侵攻はなくなり、これ以上の流血を回避できるからだろう。
先生だって実際はそんなことは望んでいないだろうし、どうしても侵攻となれば俺も止めに入っていたと思う。
もし侵攻となった時、暗殺だけで済むならまだいい。
が、万が一市街戦に発展したら最悪だ。
無辜の民に死傷者を出したくないから魔王軍と戦っている俺たちが民を傷つけたら本末転倒だしな。
「では、王へと領地を返還するということでよろしいですね?」
「無論だ。我が野心も老いと共に薄れていった。このまま隠居生活でも送らせてもらおう」
力の宿る目を見る限り、隠居生活は無理そうだけどね~。
あえて口には出さないよ。話をややこしくしたくないしな。
「その為にも領地に戻り、諸侯を説得せねばな」
「最低限の領地は残します。我々に最大限の協力をするならば、本領安堵も考えます。そうなるために私も全力で助力します」
丸く収まった事に大きく息を吐く王侯貴族。
先ほどの弛緩した体は更に弛緩し、猫背になっている。
何はともあれよかったよ。先生も王様も笑みを湛えて会話を行える関係を維持できて。
このまま先生と王様がバチバチの睨み合いに発展し、修復不可能な軋轢が生まれたらどうしようかとも思ったからね。
もちろんそうならないように先生は絶妙な立ち回りをしているんだろうけどさ。
というか、今回の先生は悪役のような立ち位置だよな。
「荀彧殿!」
手を前に出して制するも、王様だけは更に一歩前へと出て食い下がる。
でもそれでも先生はぶれない。
「今回の件は公爵殿の老いも原因。だからこそ薬物で昏睡状態にさせられるという隙も生じたのです。王弟として活躍されていた時からしたら考えられない隙だったと、ご自身も思うところがあるのでは?」
問えば、王侯貴族の面々が味方である先生に詰め寄っている中、ただ一人、黙して語らず状況を眺めていた公爵が口をやおら開く。
「然り」
と、ただの一言だった。
「今回は昏睡ですみましたが、次は暗殺という事も考えられます。そうなれば誰がミルド領で覇権を握るのかと、領内の貴族や豪族が戦火による厄災を再びまき散らすでしょう。傭兵や奴隷達を戦わせて領地の拡大を実際にしているような者達ですからね。公爵殿がご活躍なさっていた時はこの様な事も少なかったはずです」
問われれば今度は口を開くこともなく、首肯で返すだけ。
有能で野心的な人間も老いには勝てない。
だからこそそこを隙とされる。
最も人口が多い人類が中心となり、友好種族と共にこれから魔王軍と相対する事になるというのに、地盤が不安定な状態で併呑すれば内戦の勃発は必至。
そうなれば、そこから膿が生じて傷口が大きくなる。
ならば完全に公爵領を統治し、絶対的な存在の威光の下に貴族や豪族達を黙らせる。
最低限の贅沢を保障すれば、権力を失いたくない者達は協力するし、そこに適度な威圧も与えれば邪な心も宿らず、指示に従い良い仕事をしてくれる。
権力の椅子からはどきたくないし、財貨も失いたくない。
それを失わぬように励ませるには、やはり適度な威圧の行使。
新たなる指導者の下で、緊張感を抱きながらしっかりと励めば、最低限の富は保つことは出来ると確約すれば条件はのむ――。
「ですので、公爵殿には隠居生活を送っていただきたいですな。爵位を返上し、新たなる者のために席を譲っていただきたい。権力者が席を譲るのは嫌でしょうが、権力者であり、ミルド領の責任者であるならば、権力を捨てて責任に重きを置いていただきたい。出来ないのならば、結局は話が通じなかったということで、我々は公爵領に侵攻いたします」
「清々しいくらいの脅迫であるな」
「はい」
「権力者ではなく責任者に重きを置け――か」
先ほどまで先生に詰め寄っていた王侯貴族の面々も、二人のやり取りを見守る姿勢。
もし公爵領に侵攻となった場合、王様は首を縦に振らないだろう。
その場合、先生はギルドの者達だけで攻めるって言うんだろうな。
S級さん達を動かして、正面からではなく暗殺による侵攻を始めることだろう。
ステルスキルの達人たちによる行動が実行されれば、公爵領で私腹を肥やしている連中は直ぐさま死体へと変わるのは明らか。
実際にそうなってしまったら、俺はその時どういった判断を下せばいいのか。
先生の言っている事も分かるし、王様たちの気持ちも分かる。
公爵の次の発言しだいで、もしかしたら先生と王様たちの間に亀裂が生じるかもしれない。
王侯貴族とは今まで軋轢もなく、いい関係を築いていたから余計に嫌だな。
「私はここに来た時から決めていたよ――荀彧殿」
「では聞かせていただきたい」
「私は爵位を返上しようと思っている」
「そうですか。それは英断です。実に素晴らしい」
公爵の発言にしゃっちょこばっていた王侯貴族の肩が一気に弛緩する。
これで侵攻はなくなり、これ以上の流血を回避できるからだろう。
先生だって実際はそんなことは望んでいないだろうし、どうしても侵攻となれば俺も止めに入っていたと思う。
もし侵攻となった時、暗殺だけで済むならまだいい。
が、万が一市街戦に発展したら最悪だ。
無辜の民に死傷者を出したくないから魔王軍と戦っている俺たちが民を傷つけたら本末転倒だしな。
「では、王へと領地を返還するということでよろしいですね?」
「無論だ。我が野心も老いと共に薄れていった。このまま隠居生活でも送らせてもらおう」
力の宿る目を見る限り、隠居生活は無理そうだけどね~。
あえて口には出さないよ。話をややこしくしたくないしな。
「その為にも領地に戻り、諸侯を説得せねばな」
「最低限の領地は残します。我々に最大限の協力をするならば、本領安堵も考えます。そうなるために私も全力で助力します」
丸く収まった事に大きく息を吐く王侯貴族。
先ほどの弛緩した体は更に弛緩し、猫背になっている。
何はともあれよかったよ。先生も王様も笑みを湛えて会話を行える関係を維持できて。
このまま先生と王様がバチバチの睨み合いに発展し、修復不可能な軋轢が生まれたらどうしようかとも思ったからね。
もちろんそうならないように先生は絶妙な立ち回りをしているんだろうけどさ。
というか、今回の先生は悪役のような立ち位置だよな。
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