上 下
858 / 1,668
北伐

PHASE-858【お馬鹿に相応しくない剣身】

しおりを挟む
「シャルナ。アッパーテンペスト」

「はいはい」
 言われて直ぐに馬鹿息子の落下地点から顕現する竜巻。
 ランシェルの蹴り同様に優しさを感じられないシャルナのアッパーテンペストは、馬鹿息子の体を大きく舞わせて、背中から地面に叩き落とす。

「ゲボッゴフゥ……ヒュゥゥゥゥ……」

「随分と不細工な咳だな」

「ぎ、ぎさまぁ! 仰ぎ見る対象であるこの俺を見下ろすとは死罪だ!」

「うっさい」
 一気に接近してから裏拳一発。

「ブキィ……」

「ハハハ――。まるで家畜のような鳴き声だ。いや、人のためになる家畜様に失礼か」

「ヒィィィ……」
 いいね。やはりこの馬鹿は恐怖に顔を歪ませて、恐れ戦く声を上げるのが似合っている。

「それ、し~こいこい。し~こいこい」
 ここで伯爵を真似てやれば、オーディエンスから笑いが起きる。
 どうやら馬鹿が粗相したという話は、王軍やギルドの面子に広がっているようだ。
 酒にでも酔った伯爵が、酒の肴として言いふらしたんだろうな。

「貴様いい加減にしろ! この俺の顔に手をだしゅ!?」

「いや出すよ」
 俺の酷薄な一言にさらに悲鳴を上げて這って逃げる様は、

「ダイヒレンの如しだな。お前もダイヒレンも女性人には人気が無いからな~。似てるね。でもな――」
 アクセルで直ぐさま眼前へと回り込めば、恐怖の声を上げるその顔に蹴りを入れてやる。

「ダイヒレンは素材になるんだよ! 何にもならないお前はやっぱりダイヒレン以下! 生態系のド底辺!」

「た、たしゅけて……」

「嫌だね」

「きしゃまは、ゆうひゃらろう!」

「必死に声を出したな。でも俺はお前から見たらエセ勇者なんだろう? だったら笑いながらさんざっぱら痛めつけても文句ないよなぁ! エセなんだからぁ!」
 輩の如く言葉尻に威圧感を込めれば、馬鹿は逃げるだけ。
 あと少し圧をかければ股間を濡らしそうだな。
 大勢に囲まれた場で虐めるのも悪い気がすると思うのは、俺が甘い人間だからだろうな。
 でもコイツは自分の利のために多くの犠牲を生み出したからな。
 無駄に同情すると駄目なんだよな。こういった手合いは。
 今現在、俺がやってる行動はゲスだし、勇者として失格の行為であるただの虐めだが、同情は絶対に駄目。
 なので這い蹲って逃げる馬鹿の背中を踏みつけて逃がさない。

「さてさて――」
 踏んだまま蹲踞の姿勢になる。
 俺は殴ったし、蹴りも入れた。
 ここからは――、

「俺の分はこれで終わりだ。リン、出番の緞帳は上がっとりまっせ」

「はいはい」
 しれっと合流しているリンに語れば、悪そうな笑みを湛えていた。
 ゆっくりとした歩み。
 背筋がしっかりと伸び、ハイヒールでの歩みはモデルのようでもある。
 馬鹿息子は伏せた姿勢のまま、痛みに顔を押さえながらも美女の接近に見入るという余裕はある。
 その女好きの余裕も直ぐさま消え去って、恐怖に歪むだろうな。

「初めましてね。凡愚」

「な!? なんふぇしゅつれいな!」

「なにを言っているのか分からないわね~。馬鹿なの。ちょっと顔をはたかれた程度でそうなるなんて貴男、頭も体も弱いのね~」
 嘲笑する姿は相変わらず挑発的だ。
 周囲は敵だらけ。殴られた痛みで涙目だし、反論したくてもリンから発せられるプレッシャーによってただ黙することに徹し、俺が足をどけてやれば少しでも離れようと這って移動するだけ。
 まあ直ぐに俺が進路を塞ぐんだけどな。

「ランシェル。そこに剣はあるか?」

「ございます。馬――カリオネル様の物かと」

「持ってきてくれ」
 言えば主賓席から直ぐさま俺たちの立つ場所に降り立つ。
 手に握られるのは、鞘に収まる一振りの剣。

「こりゃ豪華だな。謁見の間のように奢侈でもあるけど」
 ゴテゴテの宝石にまみれた護拳に、黄金で出来た柄頭。
 真紅の鞘も彫り物が施されている。手足のないドラゴンをモチーフにしたデザインは金と銀の二色からなるものだ。
 抜いてみれば――、

「「「「おお!」」」」
 と、周囲から大きな歓声が上がる。
 主に冒険者たちからの声だった。
 抜き身になった剣身を目にした途端にそれだ。

 剣身の色はオレンジとも赤色とも言えない、視点を変えると色味が変わる不思議な金属から出来ている。
 まるで剣身に炎が封じられているような独特の模様を有した剣であった。
 下品な鞘、護拳なんかと違い、剣身だけなら俺の残火の白刃よりも美しく、見入ってしまう。
 俺でも分かる。これは最上大業物に分類される物だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...