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北伐

PHASE-853【馬鹿の退路は塞がれた】

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 手を挙げてブーイングを止めさせる。
 続いて三頭に顔を向けて、

「お前たちは下がってろ。危ないぞ」
 動きを御していたマンティコア三頭に優しく語りかける。
 人語は分かるようだけど、流石に現在の主がいる中で俺の発言に耳を傾けるのは難しいようだ。
 とはいえ、ワンパンで吹っ飛ばす存在の発言に従わないとどうなるかという不安もあるようで、俺と馬鹿息子を見比べて忙しく首を往復させていた。
 俺の方を多く見ていたのは、俺の方に驚異を抱いたんだろうけど、それでも逡巡といったところ。
 しかたがないね。
 こなったら有無も言わさずこちらに従わせよう。

「ベル」

「どうした?」

「このままだとモフモフ三頭があの馬鹿のお叱りを受けるかもしれない」

「それはないだろう。ここで倒すのだから」
 うん。そうなんだけど。

「俺はそれを理解しているけど、モフモフ達がそれを理解してないだろ。見ろよ不安がってる。とて――」

「とても可哀想だ」
 ありがとう俺の言葉を継いでくれて。

「だからベルが安心させてあげればいい」

「任せてもらおう」
 個の武においてこの場にて最強の存在が語りかければ、言うことを聞くのは間違いないだろう。

「何をするつもりだ?」

「黙って見てろよ。もしくはこの時間を有効に活用して次の相手の準備でもしてろ馬鹿。俺としては敗北を受け入れる準備をしてほしいけどな」

「ぬかせ! 本当に生意気な奴だ。次を出せ」
 指示をするも、兵士たちの応対が鈍くなっていたのか、

「早くしろ!」
 怒号でようやく昇降機の滑車が動き出す音。
 コロッセオの観客席が敵対関係者たちによって占拠されている光景を目にしたようで、昇降機を動かす兵士たちは、自分たちの終わりを悟ったことで動きが鈍くなっていたようだ。
 素直に投降してくれるなら無駄な流血は避けられる。
 なので決着の時は、馬鹿息子だけをしばいて終わらせよう。

「さあ、こっちへおいで」
 普段の凛として涼やかな声音ではなく、ゴロ太たちと接する時のような優しい声。
 逡巡するかと思われたけど、これぞ真の強者というものだろう。
 なんの迷いもなくマンティコア三頭がベルの声に従って後に続く。

「「「「おお!!!!」」」」
 簡単に大型の合成獣を手なずけたことから、観客席からベルに対する歓声が上がる。
 指笛なんかも耳朶に届いた。

「トール様」
 と、歓声に紛れて俺の側の観客席から声が届く。

「ランシェル」

「いかが致しましょう」
 何を――とは聞き返さない。
 正面上方を見る。
 さっさと昇降機で箱を上げろと怒号を飛ばす馬鹿を見てから、

「一人では行動するなよ」

「分かっております」
 ランシェルの代わりにコトネさんが返してきた。
 ランシェル、コトネさんと共にサキュバスメイドさんが五人ほど動き出す。
 メイド服のパフスリーブに両手をクロスさせて突っ込めば――、拳に備わるのはナックルダスター。
 観戦している兵士たちに溶け込むようにメイドさん数人が姿を消す。
 これで馬鹿息子は逃げられない。
 一応の確認とばかりにゲッコーさんに顔を向ければ、口角が上がった。
 どうやらメイドさん達の行動は必要なかったみたいだな。
 S級さん達も密かに動いているようだ。
 これで馬鹿息子から、逃げ出すという選択肢が消え去ってしまった。

「待たせたようだな偽りの勇者よ!」

「王様から任命されているから偽りじゃないぞ」

「俺が認めなければ紛い物よ! エセだエセ!」

「はいはい。じゃあ出せよ。今度は一つでいいのか」
 木箱は一つ。よほど自信があるようだ。

「十分だ。絶望しろ」

「安い絶望の押し売りはいらないよ」

「安いかどうかは見て決めるがいい! そして恐れろ! ヒュドラーよ出番だぞ」

「ヒュドラーですって!?」
 背後のシャルナが驚く。
 ヒュドラーってあれだよね。多頭の蛇。
 ギリシャ神話に出てくる怪物。
 ファンタジー作品ではメジャーなモンスターだな。大抵ボスポジ。
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