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北伐

PHASE-756【壺】

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「なんとも無茶なことを言うものだな。カリオネルも」
 とても長い嘆息。
 王様、ベルに当てられたプレッシャーで鼓動が早鐘を打つ状態になってもいるからか、長嘆息を利用して、鼓動を正常に戻そうともしているようだった。

「これに関しては私も頭を悩ませております」

「だからこそそんなに疲れているのかな?」

「………………」
 返事はない。
 王の質問に対してとなると、これが暴君なら不忠者として斬首ってのもあるような世界観だけども、荒っぽい伯爵もリアクションをとらない事から別段、問題にはならないようだ。
 問題にするような王侯貴族でもないけど、馬鹿息子だとあり得そうで怖い。

「それとも――背負ったものが重いのかな?」
 言われると、ロイドルの体が震え出す。

「尋常ではない震えだ。いい加減、下ろしてはどうか」

「何かしらの工作か!」
 玉座にて前傾姿勢となる王様と、ここでようやく声を荒げる伯爵。
 背負った物には何かしらのものが入っている。
 もしかしたら炸裂や爆裂系のスクロールによる自爆行為とも伯爵は警戒。
 なので俺もいつでもイグニースを展開できるように火龍の籠手を前面にて構えようとするも、

「落ち着けバリタン。我が近衛は見落としなどせぬ」

「ふむん。確かに」
 だよね。背負子の中身を確認もしないで謁見の間になんて入れるわけがない。
 なので俺も構えるのをやめる。

「で、何なのだ? 見せてもらいたいのだが」

「……はっ」
 ゆっくりとした動きで背負子を背から離し、丁寧に床へと置く。
 片膝をつくロイドルの横に置かれることによって、背負子に積まれていた物が俺の目にもしっかりと入る。
 
 ――……なるほどね。
 
 ゲッコーさんやベルが不快になったのが分かったよ。
 背負子に積まれていたのは――、陶器の壺。
 蓋のある壺を紐で結んで固定している。
 壺は大きさにしてスイカが入りそうなサイズ。
 戦国時代を舞台にした大河ドラマなんかで、あの壺に似たものを見たことがある。
 首桶だ……。
 もしそうだとしたら、壺の中に王様の首を入れろっていう馬鹿息子からの挑発なのかな。
 だからこそロイドルは、重圧で血色の悪い肌になっているのだろうか。
 それとも……、すでにあの壺には首が入っているのだろうか。

「その壺には中身はあるのかな?」
 俺が思っていたことを、柔らかな声音にて王様が問えば、

「……は、入っております」
 裏返った声で返してくる。
 入っていたか……。
 リンの無念さが纏わり付いているって発言は、ロイドルではなく、壺の中身のことを指していたんだな。
 アンデッドでネクロマンサーだから感じ取ったんだろうな。
 ゲッコーさんとベルが不快感を表に出したのも、軍人として悟ったからだろう。

「そうか……」
 裏返った返答に、見ようと王様が応えれば、ロイドルは壺を手にしようとする。
 一応の用心として、ナブル将軍が壺を持つ役を買って出ると、

「では――」
 まずは自分からと、ゆっくりと紐をほどき、蓋を取る。
 中を確認すれば、顔は見る見ると不快感に染まっていった。
 まあ、生首って事だろうから、そうなってしまうのは仕方がないだろう。
 拝見した後に、ナブル将軍が蓋を取った壺を王様のところまで運んでくる。
 つまりは俺の視界にも入る位置に持ってくるって事だ……。
 正直、目を閉じていたいけど、この立ち位置にいて自分だけがそうするのはよくないという責任感が生まれてしまうのも辛いところ……。

 ナブル将軍の一歩一歩が随分とゆっくりと見える。
 実際は普通に歩いているんだけど、緊張により感覚が鈍くなっているようだ。
 ゆっくりに見えたことを活用して、大きく深呼吸を行い、壺の中を見る心構えを整える。
 諸手でしっかりと壺を持ち、片膝をつく姿勢をナブル将軍がとると、腕をぐんと俺たちの方へと伸ばしてくる。

「――これは……なんとも酷いあつかいだな……」
 重く暗い声の王様。

「しかし、知らぬ人物である」
 継ぐ発言は初見だという内容。
 意を決して俺も目にする。

「…………ああ……」
 見て真っ先に思うのは後悔だ……。
 壺を王都まで運んで来たロイドル以上に青白くなった壺の中の人物。
 当然のことだが生気は抜けきっており、出会った時の栗毛色の短髪は立ってはおらず、ボリュームもなく萎びたようにペタリと寝ている。

「ミランドだな……」

「なんと!?」
 俺の口から漏れた人物名に、伯爵が王様に一礼し、列から外れて壺へと近づき中身を確認。
 続いて侯爵も同様の所作を行って、確認。

「どうやら、北で出会った御仁のようだな」
 王様の質問に三人して首肯と肯定の返答。

「なんとな……。戦場で会おうと言って別れたのだがな……」
 首に祈りを捧げる伯爵の声には寂しさがあった。
 こうなると家臣団の面々の列も乱れ、壺に入った首に対して祈りを捧げる。
 ゲッコーさんやベルも軍人として敬礼を捧げていた。

「でも、なぜに目が無いのか……」
 俺は質問をする為に、未だに片膝をついて固まっているロイドルに問うてみる。
 この世界での斬首の時の習わしで、こういった事をするのかとも思ったが、持ってきた当人に聞いた方が早い。

「それは……、ミランド殿が見る目なしという意味だそうです……」

「見る目が――ない?」

「はい……」
 何を? と首を傾げれば、俺たちを要塞まで案内したことに対しての罰として、馬鹿息子が生きたまま両目をくり抜くように傭兵たちに命令し、そのまま斬首としたそうだ。
 うん……。馬鹿とは思っていたけど、そういったヤツか……。

「ふざけた事を!」
 謁見の間に怒号が響く。
 もちろん伯爵だ。

「愚者とは思っておりましたが、ここまでとは……」
 静かに怒気を吐き出すのは侯爵。
 会談の了承を受けたから、ロイドルと共に俺たちは要塞まで行ったわけだ。
 で、会談にもならない馬鹿げた発言の馬鹿息子に粗相をさせたわけだけども、なぜにそれでミランドが罪に問われないといけないのか。
 ミランドは案内役なだけで、こちらを見定めるって事をする必要もないだろう。
 見定めるとなると、会談時に馬鹿息子自体が行うべきだしな。

「征北騎士団が麓で壁になってくれた事も勘気に触れたんだろうな。同時に騎士団に対しての見せしめでもあるんだろう」
 ゲッコーさんのこの発言で、あの場にいた俺を含めた面々は顔を伏せた。
 本来ならば捕らえないといけなかったんだろうからね。

「とはいえ、何ともむごたらしい事をする馬鹿ね」
 壺へとリンが近づき、

「この首はどうするのかしら?」
 問うのは王様にではなくロイドル。

「私はただ愚か者の末路と、条件を呑まなかった時は、お前達もこの様になるぞという言付けを……」
 言葉尻になるにつれ弱々しくなる。
 言いたくもないのに言わされるその発言で、こっちの怒りを買わせようとしているようだ。
 
 大方、ここで怒りにまかせて誰かが使者を斬ればよいとも画策しているんだろう。
 使者を斬れば、王とその一党は野蛮で礼儀のない集団と流布するんだろう。
 本当に馬鹿ってのは、悪知恵だけは働く。
 ま、この場にはその浅知恵に引っかかるようなお馬鹿さんはいない。
 発言を聞いたところで誰も声を荒げないしね。
 先ほど怒気を飛ばしていた伯爵ですら黙っているから。
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