上 下
741 / 1,668
北伐

PHASE-741【調子には乗れない。というか乗せてもらえない……】

しおりを挟む
 伯爵と馬鹿息子が睨み合う中で、伯爵の時宜を逸したという発言にますます憤怒に染まる馬鹿息子は、

「侮辱罪である。しかも公爵家に対して」

「こちらは伯爵の爵位持ちよ! まだ何も継承していない卿こそが侮辱罪で裁かれることになるぞ!」

「ならば王家の血を汚したのだ!」

「我らが尊ぶ血を汚したことはない!」

「舐めるな! 捕らえよ!」

「おう! やってみろ!」
 禿頭が茹で蛸のように真っ赤になり、腰より得物であるオリハルコンの鉄鞭を両手に握ろうと構える。
 馬鹿息子の前に立つ毛皮のマントを羽織った四名が更に前へと足を進めるのに反して、伯爵の圧に押され背を仰け反らせている馬鹿息子は足を後退させる。

「こ、この不忠者をとられりょ!」

「どちらが不忠か! 後、ちゃんと喋れ!」

「う、ううん――――ここは俺の支配下だ! よくも偉そうに吠えるものだな!」

「囀るなよ! こちらには無双の方々がおられる。勇者殿たちが本気を出せばこのような要塞と兵力など無いに等しい」
 ここで俺たちに振るのね。
 まあ、馬鹿息子をムキにさせたのは俺だけどさ。
 侯爵がここは諫めてくれるかと思ったけども、いつでも抜剣出来るとばかりに柄に右手を添えた姿勢。
 ゲッコーさんとミュラーさんは変わらず我関せずとばかりに状況をただ見届けるだけ――も暇だからか、ゲッコーさんは酒が気に入ったようでずっと飲んでる……。
 観戦を楽しんでいるみたいだ。

「さあ捕らえよ!」

「おいでませ勇者殿」
 ええ……。
 まさか俺に対応させるつもりか?
 得物を今にも手にして大暴れするのかと思ったのに。

「誰ぞ勇者を倒して真の勇者を名乗れ! いや、お前たちは俺にとって既に勇者であるがな」

「嬉しいことを言ってくれますね。ではここはこの疾風のマイネスが」

「おいおい。俺にやらせろよ」
 いや、俺が。
 いやいや俺が。と、勝手に四人で盛り上がっているけども、俺の意見は聞いてくれないのかな?
 とりあえずは――、

「今回は食事も頂いたことですし、お開きにしませんか。会談を設けてくださったカリオネル殿にはお礼を述べて、今後の双方の歩み寄りを――」

「いただき!」

「「「あ!」」」
 疾風の何チャラってのが低い姿勢で床を舐めるようにして俺へと迫る。
 抜け駆けされたと残りの三人は呆気にとられ、馬鹿息子は疾風君が動いているのにも気付かなかった。
 戦いの場にいるというのに気付けないとは、その程度の存在か。

 そして――、

「この程度か」

「ぎゃん!?」
 中々に馬鹿っぽい声で吹き飛んでくれる。
 予想通りに大したことのない相手だ。
 手を抜いた裏拳一発ですむんだからな。
 といっても火龍の籠手による一撃だからね。痛いだろうね。

「な!? マイネスの動きを見切ったのか」

「信じられん……」
 さっきまで余裕綽々で俺が俺がと言っていた連中が、畏怖の表情に支配されている。
 ――…………やべぇ……。これ、俺TUEEE作品でよくある展開じゃないか。
 主人公が大した事ないと思っている事を相手が凄い事だと思ってしまうってやつ。
 それを現実で体験すると――、なんだよ、結構――どころか、かなり気持ちいいじゃねえか。

「調子に乗っているのか?」
 ――……まあ、俺は決して俺TUEEE作品の主人公にはなれないんだけどね……。
 ちょっとでも悦に入ろうものなら、低く鋭い声が耳朶にダイレクトアタックする仕様だから。
 今回は酒気も漂っているという嫌なおまけ付き。
 さっきまで観戦モードだったガチTUEEEな人が、俺を常に現実に引き戻してくれるからね。
 俺という存在は大した事ないよって。お前より強いのが背後に立ってるよって……。
 酒気を漂わせながら立ってるよって……。
 今回はゲッコーさん一人だけど、普段ならここにベルも加わる。
 なので常に謙虚たれの精神でいないといけない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

死んだのに異世界に転生しました!

drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。 この物語は異世界テンプレ要素が多いです。 主人公最強&チートですね 主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください! 初めて書くので 読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。 それでもいいという方はどうぞ! (本編は完結しました)

処理中です...