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北伐

PHASE-730【胃袋つかめばチョロい】

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「俺が責任を持つから量を増やしてあげなよ。俺にはその行為を許せる権限があるんだから。お宅に責任はないよ」
 六花のマントを見せてあげる。
 内部はうろちょろとしないけど、このくらいの権限は行使してもいいよね。

「分かりました。仰せのままに」
 素直に蔵から麦の入った麻袋を持ってくるように指示。

「皆も手伝おうか。支え合いは大事だから」
 言えば素直に動いてくれる兵士たち。
 たまには人足たちのために動いてもいいだろう。

「良い判断かと」
 マイヤからの耳打ち。
 美人の接近に早鐘を打つのはいつものこと。
 判断は正しいとばかりに、人足たちからは俺に向けて感謝の会釈。
 重労働に不満もあっただろうからな。
 侯爵や伯爵も会話にしていたけど、この糧秣廠を攻略するとなれば、簡単に攻略できそうな気がしてきた。
 マッチポンプのなんちゃって奇跡に加えて、人足たちが内から動いてくれれば短時間で簡単に占拠できるであろう事は、俺のような偏差値が平均なヤツでも手に取るように分かる。
 この糧秣廠を簡単に陥落させるためには、人足だけでなく、兵士たちの心も掴んでおければ尚いいだろう。
 そうすれば最小限の流血に繋がるかもしれない。

「ランシェル。料理を手伝ってあげてくれ」

「畏まりました」
 深々と一礼するメイド。
 綺麗な所作だけでも男達を魅了させる事が出来るようで、さっきからずっと惚けている。
 男達を魅了させているもの――男なんだけどね。

「私も手伝いましょう」

「お願いするよ」
 冒険中の野営なんかでは料理も作るらしく、特に捌くのは得意だということだった。
 ――用意されたのはこの異世界ではお馴染みのグレートボア――の腿で出来たハム。

「ふん」
 と、快活良く刃を振れば、

「「「「おお!」」」」
 感嘆の輪唱。
 調理場となった溜まり場では、美人と美少女? が、料理を作ってくれていると聞きつけた兵士たちに、休憩中の人足の方々が集まり黒山の人だかり。
 髪の色が黒いのはこの世界では少ないけど。
 むしろマイヤと俺の黒髪だけが目立つって感じだ。
 そんなマイヤの振る刃が肉の塊を手早くサイコロステーキサイズにしていく様はお見事。
 と、いうか――、

「過剰リアクションの料理漫画みたいに食材が細かくなっていくな」
 食べた人の口から光がビームのように出てきたり、洋服が破れるって事はないよね。
 むさい男達の裸体なんて見たくないからな。

 ――――。

「お待たせいたしました」
 典雅な一礼と愛らしい八重歯を覗かせた笑みが最後の調味料とばかりに、味付けが調整され、量も増えた麦粥が完成する。

「あ、ありがとうございます」
 緊張気味に人足の方が手を伸ばし、ランシェルから木皿を手渡されれば顔もほころんだものになる。
 さっきまでの疲労による暗い表情が嘘みたいに晴れやか。
 笑みと共に木皿を手渡しで受け取りたいという欲に駆られた野郎達が、一斉に動き出そうとしたところで――、

「規則正しくだ」
 ベルに負けないくらいの冷ややかで凛とした声に鋭い眼光。
 激しい戦場を経験した者が宿す特有の雰囲気に兵士は当然のこと、人足たちも先頭の人間に沿ってお行儀良く整列。
 からの――、

「沢山食べて体を大事に」

「ありがとうございます」
 マイヤが見せる飴と鞭というべきか、ツンとした所からの優しさというデレ。
 どの世界でも落差をつけるのは大事なのか、ツンデレ要素に野郎たちは大喜び。
 ランシェルとマイヤによる給仕は、むさい場所で過ごしている野郎たちにとって最高のおもてなしだった。
 
 思惑通りに事が運んだようで、

「「「「お気をつけて!!!!」」」」
 糧秣廠からは、兵士も人足も関係なく、俺たちを友好的に見送ってくれた。
 チョロいぞ! などとツッコみたいところだが、俺も同じ立ち位置ならあの群衆の中で笑顔にて手を振っていただろうな。
 これで戦いに発展した時は、内側から崩壊させやすくもなった。と、喜ぶべきだな。
 
 それに――、
 肩越しに後ろを見れば、何食わぬ顔してバラクラバで顔を隠すS級さん三名が、下準備や調査を終えて馬上の人となっている。
 糧秣廠では副馬そえうまとして扱われていた馬だが、しっかりと人を乗せて活躍している。
 
 俺がゲーム内で徹夜して集めたわけだけども、俺の知らないところで実行される手早い諜報活動や破壊工作の準備行動には、感嘆よりも恐怖すら覚える。

 総動員すれば、諜報、破壊工作だけでなく。暗殺、拉致etc.と、国を内部から完全に崩壊させることも容易だろう。
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