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レティアラ大陸

PHASE-503【受け継がれる力】

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 野狐やこへと目を向ければ、デスベアラーがどうなっているのかと、不安げな表情で見つめていた。
 他の護衛軍は、二度目の水攻によって立ち上がれなくなっていた。

「……あぁ…………司令ぃぃぃぃぃぃ!!」
 半狂乱したような叫び声が上がる。
 瀑布が終息すれば、姿を現すのはボロボロのデスベアラー。
 上半身だけが水たまりの中に沈んでいた。
 胸部からは、煌々と輝く赤い球体が露出している。
 半狂乱となった野狐がデスベアラーへと接近。
 クリエイトを使用するつもりなんだろうと、俺たちは阻止するために再び台座から跳躍して行動する。

「ぬ…………んっ!」

「おわ!」
 上半身だけのボロボロの体からは想像の出来ない力。
 残った左腕部。二度目の大魔法直撃で、肘から上しかない姿になっているのに、その腕で水面を払えば、それだけでこちらに大波が迫る。
 ダメージというものは無いけども、足を止められる。
 その隙に野狐がデスベアラーへと近づく。クリエイトかと思ったが、

「もう間に合わん……」

「司令! 諦めないでください」

「意志を……継げ。その為の……敗者の鮮血ビクターマークだ……」

「しかし!」

「無駄な……時間を費やすな……。すべ……ては、聖祚せいそのために……」

「…………御意」
 涙を流す野狐のデミタスは諸手を伸ばす。
 デスベアラーの露出した胸部に輝く赤い球体を引き抜けば、

「後を託す。それと、見事だったぞ勇者トール。詠唱破棄スペルキャンセルの大魔法を使用出来るとはな。装備だけと見誤ったのが我の敗因」
 言葉を詰まらせることなく、最後は流暢に述べて俺を称えてくれた。
 ――球体が外れたと同時に、体が朽ちた土壁のようにボロボロと崩れ落ちていく――――。
 反応は既になく、ただの砂塵と変わり水たまりに沈む。

「素晴らしき武人であった」
 俺より先に称賛を送るのはベル。
 心からの発言だった。

「黙れぇぇぇぇぇぇ!」
 劈くような叫声。

「う……」
 ついつい後退ってしまう。
 野狐の憤怒と怨嗟に染まった虹彩の無い赤い瞳は、発言者のベルではなく、俺を睨む。
 殺意だけが籠もった瞳だった。

「敵の称賛など侮辱でしかない。勇者、必ず殺してやる! 司令の意志を継いで!」
 リザードマンもそうだったけども、レッドキャップスのやつらはプライドが高い。
 褒めれば侮辱に繋がるようだ。
 だけど、俺に対して称賛を述べたデスベアラーの意志を継ぐというなら、その怨嗟の瞳は違う気もする。
 とは、口を開いて出す事は出来ない。
 敬愛する存在の命を奪った存在に対する怨嗟が勝るのは当然。
 だから、俺に対して怨念をぶつけるかのような目で射抜いてくるのは仕方がない事として、受け入れないといけない。
 他者の命を奪えばこうなるのは必然。
 

「では、継ぐ意志が歪んだ怨嗟になる前に仕留めよう」
 と、ゲッコーさんが無慈悲にトリガーを引く。
 MASADAから5.56㎜を三点で発射。

「フン!」
 同時に野狐のデミタスが、自らのとんがり帽子を拳に纏って、デスベアラーの赤い球体に叩き付ける。
 ガシャンとガラスが割れるのに似た音が銃声と共に室内に響けば、弾丸は野狐の前でチュンチュンチュンと弾かれる。
 不可視の結界に守られるデミタス。
 しっかりと赤い液体に染まった帽子を取り出せば、不思議な事に十分に染まったはずのとんがり帽子からは、液体が滴ることはない。
 全てを吸収し終えたとばかりに、変化が生じる。
 とんがり帽子の形状がドロドロに溶けると、デミタスの手の中で形を変えていき、――――ある形状で留まる。
 それはデスベアラーのものと同様のベレー帽だった。
 両手で大事そうに抱きしめた後にソレを被れば――、

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 赤い輝きが咆哮するデミタスの全身を包む。
 デスベアラーの赤い球体は、色からして血液ということなのだろうか。
 敗者の鮮血ビクターマークの効果は、倒した存在の血を帽子に染みこませることで、倒した相手の能力を得るというものだった。
 となれば、デミタスは……。

「ハハハハ――――!」
 赤い輝きの中心から聞こえてくる声が、咆哮から哄笑へと変化した。

「素晴らしいです司令! やはり貴方の力は偉大。私がこの力を完璧に使いこなして見せます」
 光の中のシルエットは人型。
 亜人だから当然なのだが……。
 違和感があった。妙にまるみのある体なのだ。
 まるみといっても太っているという事ではなく、先ほどまでの体毛に覆われたシルエットではなかったからだ。
 顔もそうだ。狐のような面長なものではない。

「女?」
 いや、デミタスの声やスタイルから、雌の野狐とは理解している。が、シルエットに映る影は人間の女に見えた……。

「…………デミタス……なのか?」
 固唾を呑んで返答を待てば、

「そうだが」
 素っ気ない肯定が返ってくる。
 
 ――――輝きが終息した中心部分には、亜人の野狐ではなく、人間の女が佇んでいた。
 身震いするほどの美女が――、佇んでいた。
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