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極東

PHASE-427【汚い手を使い始めれば、敗北確定の道を歩む】

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「念のために回復を」

「助かるよ」
 イリーのファーストエイドはありがたい。
 別段、痛みなんかはないが、俺の体を緑光と燐光が優しく包んでくれる。

「さて、余裕を得られたつもりだっただろうが、そうはいかなかったな」
 本当なら俺の体を闇で覆い尽くすはずだったんだろうが、火龍の鎧がそれをさせてくれない。
 肩で息をするほどに、ブーステッドは体に負担があるようだし。
 俺を倒して距離をとり、呼吸を整えへて次と戦うって魂胆だったんだろうが、ゼノの思い通りに事は運ばなかった。
 そもそも俺を倒したとしても、ベルやゲッコーさんには勝てないだろう。
 俺も負けてやるつもりはないけどな。 

「まったく、こんなにも思い通りにならないのも初めてだ」
 怒りに歯を軋らせるゼノだ。

「思い通りになっていたのは、今まで弱い相手や無抵抗な相手としか戦ったことがないからだろうさ。弱い相手に勝って、俺TUEEEEに酔ってたんだろ」
 俺なんて俺TUEEEEって言いたくても、遙か高みにおっかないのが二人いるから言いたくても言えやしない。
 そもそも強くもないし。

「本当に不快な言葉と、訳の分からん言葉を使用する勇者だ」

「あの世で勉強しろ」
 イリーとコクリコの後方から飛び出て、一気にゼノへと接近する。
 まだ呼吸が整っていない今こそが勝機を得られるというもの。

「ファイヤフライ」

「は!?」
 おい! ヴァンパイアが発光魔法とか!
 そのまま自身の光で灰になってしまえばこっちとしては嬉しい限りだ。
 俺の視界を妨げたつもりのゼノ。
 幸いに俺はこの魔法をこういう状況で使用する経験を培っているから、魔法の単語と同時に、視線をそらして光の直視を回避した。
 それでもストロボを焚いたような残像が、目に残るかと不安もあったが、問題はない。
 なので、ゆっくりになっていた足運びを再び加速させる。
 ファイアフライの効果をそこまで受けることがなかったのも、闇の念拳と同様に、火龍の鎧の恩恵だろう。
 肉体向上のピリアの発動に応じて、状態異常回避や耐性が強化されるとワックさんの説明にあったけど、強い光にも耐性が出来るんだな。
 もっと上の肉体向上系のピリアを習得して使用すれば、ファイアフライの光を直視する事も可能になるかもな。

「もっと上達していきたいぜ!」

「忌々しい勇者だ」
 ゼノからすれば、もう少し俺の足を止めていたかっただろうが、これまた思惑通りにならず、再び後退。
 だが先ほどまでと違い、表情に余裕が見られる。
 自身が使用したい魔法発動に、十分な時間を得ることが出来たようだ。

「上達などない! ここで終わるのだ勇者よ!」
 ゼノが続けて述べると、動きを止めて諸手を床にたたきつける。
 と、更に継ぐ。

「フュージョンシャドウズ」
 名から察するに――――、
 背後でベル達と戦ういくつもの影達が動き、集まり始める。

「巨大化か」

「その通りだ」
 へ、得意げに笑いやがって。

「知ってるか? 巨大化は追い詰められた証拠なんだぞ」
 言ったところで疑問符だろうな。
 戦隊モノだと、敵はやられたりピンチになると巨大化が鉄板。で、戦隊のロボットに負ける。

「つまり、俺が何を言いたいかというと――――、お前は負けるってことだ」

「コレを見てもそう言えるかな? 勇者様」

「あ?」
 なんだ急に様付けとか。
 追撃しつつ、巨大になる影を瞥見。
 目を大きく見開いてしまう光景。

「お前!」
 複数の影が一つとなれば、三メートルほどの巨大化した狼男が、メイドさん達を襲い始める。
 
 ――……でも、なぜにメイドさん達は反撃をしようとしない。
 
 ランシェルの動きや、コトネさん達が見せた体捌きから考えても、かなりのやり手だというのは理解している。
 力量くらい分かる程度には、俺も異世界で経験を積んでいる。
 巨大な影の動きは大きいが鈍くはなく、俊敏なもの。
 でも俺の見立てなら、メイドさん達だったら躱せる攻撃であるはず。

「皆、逃げて」
 伝えたところで、

「逃げることは出来ないよな」
 酷薄とした声音のゼノに、メイドさん達が動揺する。

「こいつらはこういう風に使用するのが最適解だったな。これがお前達にとっては一番効果的なのではないかな?」

「くそ!」
 苛立ちを吐き出す。
 なぜに逃げない。逃げられない何かがあるとしても、抵抗をしなくても防御くらいはするべきだ。でもしない。
 巨大な影が腕を振れば、それだけで数人のメイドさん達が吹き飛ぶ。
 気丈にも声は出さない。

「コクリコ、イリー!」

「任せてくださいと言いたいところですが……」
 他の影も巨大化し、コクリコとイリーの前に立ちふさがる。
 シャルナの方も同じ。
 ベルは……、神速の剣圧をもってしても、巨大化した影を容易くは消滅させることは難しいようだ。
 ゲッコーさんは――――、いない。
 いない! いないな! よし!

「ゼノ。お前やり方が駄目だったぞ。悪手だ。アンデッド人生の終局だ」

「何がだ」

「そういう行為は、こっちの面子が最も嫌う戦い方だ」
 それがどうしたとばかりに嘲笑で返してくるゼノを尻目に、俺は軌道を変えて、ブレイズを纏った残火にてメイドさん達を襲う影を断ち切る。
 コイツより縦も横もでかいトロールを相手にしてたから、たっぱに気後れすることなく、大上段から力任せに振り切る。
 いかに強大な力を持っていようとも、俺の残火に断てぬものなし。

「大丈夫ですか」

「勇者様……」
 コトネさんの頭から血が流れ、瓜実顔に伝う。
 美人の顔を血で汚しやがって!

「ランシェル……ちゃん」
 いつもの癖でちゃん付け。
 正直、男と分かった時点で、ちゃんを付けられれば、相手も嫌かもしれんが……。

「怪我は?」
 問えばコクリと小さく頷きだけが返ってくる。
 さっきから俺と視線を合わせてくれないが、俺もどういう風に接すればいいのか分からないから、この状況下では助かる。

「すみません私達のために」

「撤退を」

「ここで引いてしまえば、私達は逃亡あつかい。この後の事が問題なのです」
 戦闘の無気力に敵前逃亡って勝手に報告されて、この人達に罰を与える。
 それを避けたいから、メイドさん達は無抵抗なんだな。
 
 無抵抗を選択するのをゼノは分かっていた。
 その状況を目にした俺たちが追撃を止めて、メイドさん達の守りに徹するというのも、ゼノには織り込み済みだったんだろう。
 
 だがメイドさん達は間違っている。

「それはあいつが勝ったらの話でしょ。そうはならないですよ。だって俺たちが勝つから!」
 鼓舞するようにメイドさん達に強く伝える。
 この人たちに打ち込まれた楔が何なのか分からないが、俺たちがぶっこ抜いてやる。

「天を彩りし、銀光の真砂よ――――」

「トール様。詠唱です」
 うむ。中二心をくすぐるものだな。
 詠唱。つまりは大魔法って事だろう。
 ゼノは俺達が離れたことで出来た時間を有効に活用。
 周囲に巨大な影を壁役として侍らせて、右の食指を天井へと向けつつ詠唱を始める。

「あれはレイニーコメットです」
 名前からして、そして詠唱の文言からして、隕石的な物をこの場に落下させる大魔法と判断していいだろう。
 コトネさんの美貌が恐怖で崩れるくらいに、強大な大魔法のようだ。
 落ちてきたなら、この屋敷は半壊どころじゃ済まないんだろうな。
 ――――が、なんの問題もない。
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