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極東

PHASE-369【対面】

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「罠かな」
 不安になることを言わないでもらいたいね。
 胸元に、真新しい黄色に輝く認識票をぶら下げたシャルナが、警戒するように長い耳をピクピクと上下に動かす。
 スカウトとして、部屋全体を隈無く索敵。
 そして――――、

「うん――――いい部屋だね」

「もったいぶってそれかよ」
 俺だけでなくシャルナ以外の全員は、大きく息を吐き出した。
 安堵のというより、シャルナの行動に対する嘆息の意味合いが強いものだ。
 ――――アホなやり取りをしていたら、金細工の扉が重厚な音を立てて開いていく。

「いや~、申し訳ない」
 開ききる前に、軽快な小走りでやって来た男は、遅れてきた時の常套句を口にしながら、笑顔で俺たちの方へと駆け寄ってくる。
 
 見た目からして五十代といったところか。
 この地特有なのか、コトネさんのように濃い金眼だ。
 ロマンスグレーのウェービーなオールバック。
 謁見の間に似合った、アラブの石油王みたいなゆったりとしたシルクの服装。
 それを彩るように、色鮮やかな宝石が連なった首飾りと指輪。
 ど派手である。侯爵だからかな。大貴族だからこれだけ豪華なのか。これが普通なのだろうか。
 
 俺が王都で出会った貴族達とは違う。それだけこの地が裕福だというのを喜ぶべきなんだろうな。
 目の前の人物が豪奢であるだけでなく、この地方全体が富んでいるからな。
 権力者として行きすぎた贅ではなく、この土地では許容範囲の贅沢なんだろう。

「話は聞いております勇者殿。バランド領主エンドリュー・アルジャイル・ハーカーソンスです」

「遠坂 亨です」
 俺の両手をしっかりと掴んで挨拶してくる笑顔は、さわやかなもの。中高なかだかの五十代である。
 メイドさん達のルックスとこの外見から、チャラそうなイメージを抱いたけども、礼儀はしっかりとしている。
 でも、呼んでおいて遅れて来ているからな。いや、細かいことを気にするのはよくないな。
 笑顔を湛えておこう。

「さあ、こちらへ」
 俺が勇者だからと、侯爵は謁見の間にて普段は自分が座るであろう、餃子のような形のクッションに俺を座らせようと促してくる。

「結構です。俺だけが座るのもパーティーに申し訳ないので」

「おお、仲間を思いやる気持ち流石は勇者殿。そしてこちらの配慮が足りなかったことをお許しいただきたい」
 深く頭を垂れてきた。
 いい人そうだ。年下である俺に対して敬語だし。派手な恰好とは正反対の慇懃さだ。
 直ぐさま座る物をと侯爵が発せば、外で待っていたコトネさんをはじめとする、いつの間にか待機していたメイドさん達が、俺たちの為にクッションを用意してくれる。
 侯爵は自ら赤いクッションを手にして、俺たちと同じ目線の高さにそれを置き、車座にての謁見となった。

「瘴気の中を移動出来るとは信じられませんが、勇者殿なら可能なのでしょうな」

「どうも。信じてもらえて助かります」

「もちろんですとも。その羽織った六花の外套はまさしく本物。現物を目にしている私は、貴男が本当の事を述べていると理解しております。それを纏っているからこそ、王も書簡などを持たせなかったのでしょう」
 持たせてもらった方が話がスムーズに進んだとも思える。
 どのみち、偽の書簡とかって門では言われてただろうが……。

 本来ならば、外套を見るだけで分からなければならない事なのに、門での兵達の行動は、不遜と浮き足立つ体たらく。
 まことに遺憾であり、恥ずかしいところを見せてしまったと、平謝りの侯爵。
 その声には些か怒気が混じっていた。
 厳罰に処すとまで言ってきたので、俺は慌てて制止した。
 
 継ぎ足して、いきなり王都からやって来たと言っても、現在の大陸の状況では、信じられないのが普通だろうと述べる。
 むしろ、自分たちを誘い込んで、門とポートカリスの間に閉じ込めた手腕が素晴らしかった。と、兵達を称賛して欲しいと伝えた。
 ――――継ぎ足したのはベルだ。

 俺にはそこまでの言葉が続かなかった。制止しただけ。
 でも、俺たちの発言を聞いて、侯爵は大いに喜び、かかと笑う。
 慇懃でありつつも、派手な恰好に負けじと、性格も豪快であるようだ。

「よくぞ来てくださった。人々の希望達よ。イリーから話は聞いているが、皆さんの名をちゃんと聞かせていただきたい」
 一度挨拶したが、侯爵が俺に手を向けてくるので、

「改めまして。遠坂 亨っていいます。王様や皆からは、トールと呼ばれています」

「では私も、トール殿と呼ばせていただこう」
 ――――俺が名乗り終えれば、車座から時計回りに、一人一人が紹介を行い、そこから談笑へと変わる。
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