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チートがほぼ無い冒険

PHASE-244【余裕は持っても過信になってはいけない】

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 ラピッドの加速と斬撃のタイミングが合わなかった。
 インクリーズ使用だったから、ワームの時のように深く切り込めると思ったが……。
 移動速度と、それに見合った振りのタイミングを体に覚えさせないとな。

 だがトロールの動きを止めるには十分の斬撃だった。それによって生まれる些かの余裕。

 余裕を活用して、瞥見するように周囲を見れば、残り二体のトロールに対して、赤色級ジェラグであるギムロンが中心となって、トロールの電柱のような棍棒による範囲攻撃外から立ち回るように指示している。

 ギムロンが手にしているのはバトルアックスではなくスリング。
 トロールが地面を叩き付ける度に生まれる礫で、投石用の石には事欠かないだろう。

 剣士であるライは接近戦を好むようだが、いかんせん駆け出しの剣士がいきなりトロールと正面きるのは愚かと、ギムロンが予備のスリングを貸し、つたないながらも石を手にして、先達の動作を模倣している。
 
 後方ではクラックリックがこちらに目を向けつつ、マテバを除けば遠距離物理攻撃で一番の威力である矢を用いて、トロールに射かければ、インクリーズからの強弓ということもあって、一番のダメージを受けているようで、二体の動きはクラックリックによって見事に封じられている。

 これならやれる!

 ベル達といる時の安心感に比べれば頼りないと思ってしまうのは、ここにいる面子には申し訳ないが、それでもトロール達を相手にするには十分に頼れる人物たちだ。

「さあ、こいよデカいの」
 余裕を見せるように切っ先を向ければ、人語が理解できているのか、それとも俺の湛える不敵な笑みが癇に障ったのか、丸太のような太い腕を振るわせながら、その腕が延長しているかのような錯覚すら与えてくる丸太からなる棍棒を高らかに振り上げる。

「単純だな」
 ホブゴブリンのバロニアと比べれば倍以上の身長。
 単純な振り下ろしの威力は、バロニアよりも高いのだろうが、あいつよりも更に構えがなっていない。
 足にも斬撃を入れている。踏ん張りがきかない以上、振り下ろしは初撃よりも鈍いだろう。

 更にこっちはラピッドを使用している。ホブゴブリンであるバロニアのハルバート以上に、リーチにアドバンテージを持っている相手だったとしても、間合いが詰めやすい。
 
 加えて相手は重装な鎧を纏っているわけではない。
 動物の皮を鞣しただけの革の服を体に巻いているだけのようなお粗末な恰好。
 これが日本なら、間違いなく公然わいせつ罪で警察のご厄介になるだろう。

 俺としてはその恰好のおかげで、刃が通りやすくて有りがたいけどな。
 
 ――……ふむ。戦闘になると、以外と冷静でいられる俺は、この世界に馴染み、戦いにも慣れてきているようだな。
 
 刃が肉に触れる感触はもちろん好きにはなれないけど、初めて命を奪った時から比べると、抵抗は薄れてきている。
 と、考えを巡らせる余裕まで持てば、それは余裕ではなくて雑念だ。
 頭を左右に軽く振って雑念を取り払い、正面から迫る現実に向き合う。
 
 振り下ろしのタイミングに合わせて再度トロールに接近。もう一度、刃をアキレス腱に入れる。

「よし!」
 やはり慣れてきている。
 いい斬撃が入ったという手応えに、得意げな声を上げてしまった。

「グァラ!」
 快活のよい声に見合った、深い斬撃。
 悶えながら片膝を突くトロール。

「ここ」
 アキレス腱に入れた横一文字から返す刀で、低くなったことで狙いやすくなった、肉厚な横っ腹にも横一文字を描く。

「ガァァァァァァァァ」
 ひときわ大きな咆哮になるのは、激しい痛みに襲われた証拠。

 片膝をついた体勢から、痛みに負けるかのように地面に倒れこむ。
 こうなれば十分に届く距離だ。

「とどめをささせてもらう」
 斬る度に柄から伝わってくる不快な感触に耐えつつ、自分と味方の命を優先する為と言い聞かせて次へと移行。
 狙うは――、もちろん首。

「一気にいく!」
 口に出して、命を奪う決断を実行に移す。

「不用意に近づいては駄目です!」
 大音声はコクリコ。その瞬間、俺がとどめをさそうとしているトロールと視線がぶつかる。
 続いて目にしたのは、俺に迫ってくる棍棒。
 側面からの攻撃は、倒れているトロールの腕から伸びてきている。
 なんで!? 驚きで俺の表情は歪んでいることだろう。
 弱っているとは思えない勢いのある一撃。

「こりゃやばい……」
 ポツリと漏らす。インクリーズによる肉体強化を利用して無理矢理に攻撃姿勢を中断し、ラピッドの敏捷さでバックステップや跳躍による回避を選択。
 
 タフネスに任せて、迫る棍棒を刀の鎬で防ぐという選択。
 と、頭では考える事が出来ても、その思考に体が追いついていない。
 
 ピリアで身体が強化されても、脳からの伝達が体に伝わる速度までは補えない。

「トール!」
 コクリコの声は、本当に俺が危険な状態だというのを容易に理解させる叫びだった……。
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