月の啼く聲

真田

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心願

第34話 贄の町

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 涼しい秋の風が峠の木々を撫でてゆく。
 小さな茶屋の軒先に、大柄な坊主と旅装の女が並んで座っている。
 坊主は大柄な若者である。一方女のほうは、女にしてはかなり背が高いが、笠から下がる垂衣たれぎぬと長い前髪のために、顔はほとんど窺えない。
 二人とも無言であり、どうにも落ち着かない様子である。
 茶屋の奥から、袴を着て腰に太刀を帯びた若い侍が出てきた。
 若い侍、宋十郎そうじゅうろうは言う。
寺本てらもとの主従は、どうやら先に峠を抜けたようだ」
 坊主、孔蔵くぞうがふうと溜め息を吐いた。
「そりゃよかった、作戦成功ですか」
 宋十郎は頷くと、座っている二人に立ち上がるよう促した。
「行こう」
 笠を被った背の高い女――の恰好をしているろうは、孔蔵に続いて立ち上がった。







 宋十郎と孔蔵、篭の三人は、富多川ふたがわの手前で再会したが、篭を追う寺本の忍は背後まで迫っていた。
 富多川を渡ってすぐに泊まった宿で、彼らは追手に悩む別の客と遭遇する。宿の者の仲介もあって、篭とその別の客は、衣装を入れ替えて追っ手の目を欺くことにした。
 その別の客というのが、つい先頃まで瑞城たまきに人質として囚われていたという夏納かのう氏の姫君であり、篭が今身に着けているのは、その薛香せっかひめの衣装である。
 片目の若者と言われれば人相を特定されてしまう篭が追手の捜索を逃れるには、効果的な扮装だったのかもしれない。しかしもちろん、問題もある。
 まず、歩きにくい。峠道を登るにしても、篭は何度か裾を踏んで転びそうになった。
 二つ目に、喋ることができない。敢えて言えば貧相な体格の彼は、髪を下ろして首まわりを隠してしまえば、背の高い女で通せなくもない。ただ喋ると声音で男とわかってしまうので、人前では声を発するなというのが、宋十郎と孔蔵から言われていることである。
 ところで、瑞城たまき府中ふちゅう夢姫ゆめひめが篭に持たせてくれた着物に着替えた宋十郎は、侍の姿に戻っている。ここまで来れば、庶民のふりをする必要もなかろうということらしい。

「いやあ、昨夜聞いた時は皆頭がいかれちまったのかと思いましたけど、上手くいきましたね」
 峠道を下りながら孔蔵が言い、宋十郎が単調に答える。
「左目を隠した男と顔を隠した女では、全く別物に聞こえる。外見を知られている不利を逆手に取ったということだ」
「今頃、篭どのの恰好したお姫さまが榁川むろかわに向かって駆けてるはずですから、寺本が追いかけてるのはそっちになりますね」
「薛香姫は馬を買うと言っていたから、逃げ切るかもしれない。あちらは吉浪よしなみまでゆけば、榁川氏の庇護下に入る」
 安心したように孔蔵は頷くと、斜め後ろを歩いている篭へ顔を向けた。
「篭どの、もうちょっとの辛抱だからな。今夜どっかで宿を取ったらまた着替えりゃいい」
 垂衣付きの笠も女着物も歩きにくいことこの上ないので、それを聞いた篭は嬉しく感じたが、ふと一つのことに思い至る。
「うん……でもさ、おれが着てたのは薛香にあげちゃったし、夢にもらったやつは宋十郎が着てるし、おれ、何に着替えるのかな?」
 孔蔵がはっとしたように目を開き、それを宋十郎に向ける。
 視線を受けて、宋十郎は言った。
「一度寺本が私たちを抜いたといっても、すぐに警戒を解くのは賢明ではない。少なくとも榁川領へ入るまでは、もう少し耐えてもらえるか。着物を買うにも、時と場所を選んだほうが良い」
 実はそう言われるのではと、篭は少し考えていた。
 徐々に人間社会の仕組みというものを理解しつつあるのかもしれない。ただし男女の装いの違いはまだはっきりわからないのだが、もしかしたら今は、わからなくていいのかもしれない。







 西日が黄金色に変わった頃、彼らは箕緒みのおという町に着いた。
 ところで、箕緒は瑞城領の西端であるらしく、その関所を抜ける際に、宋十郎は篭の荷物の中に見つけた木札を使った。もっと早くこれに気付いていれば富多川で渡し賃を払わずに済んだのにと、宋十郎が言っていた。
 この辺りも戦が頻繁であるから、治安はあまり芳しくないという。早々に宿を探そうと彼らは草臥れた足を動かしていたが、町の入り口に立つ大きな鳥居を見て、篭は足を止めた。
「ねえ」
 声を出すなと言われていても、うっかり忘れてしまうことはある。
 この時も言ってから慌てて辺りを見回したが、彼を追い抜かしていった町人風の男も、気にした様子はない。
 胸を撫で下ろしている篭を振り返り、宋十郎が歩みを止めた。
「どうした」
 篭は鳥居の奥を指さしつつ、ぼそぼそと言った。
「あの、お宮さんへお参りしたいんだけど、いいかな」
「なぜだ」
 宋十郎の表情の薄い顔に、疑問符が浮かんだ。篭は答える。
「一人で歩いてた時、親切にしてくれた人がいて、その人も旅をしてたから、その人が無事に旅できるようにお願いしようと思って」
 すると、宋十郎の向こうで足を止めていた孔蔵が頷いた。
「そりゃ、いいんじゃないですか。あの姫さまの分もお祈りしてやりましょう。まあ俺は宗派違いですけど、神様の懐は広いですから」
 はははと孔蔵が笑う。
 どうやら希望は通ったらしく、彼らは方向を変えて、大鳥居をくぐった。

 篭は、寺へ入ったことはあったが、神社へ入るのは初めてだった。
 林に挟まれた日暮れ前の道沿いに、石灯篭が並んでいる。
 常に彼の視界には、現世の姿と共にそれが纏う影が映っているが、この時、灯篭とうろうの間を行ったり来たりする影が見えた。
 参道は彼らの他には人気もなく、虫の声がするのみである。正体のわからない影が独りで遊び回っているのを見掛けることは稀にあるが、これもその類だろうかと、篭は思った。
 二つ目の大鳥居の前まで来た時、鳥居の上に、妙なものを見た。
 大きな男、ちょうど孔蔵くらいの大きさの影が、鳥居の上で蹲っている。
 はっきりと姿の窺えないそれが、しかしながら彼らを見降ろしていると、篭にはわかった。
 彼は思わず、足を止めた。
「どうした、篭どの」
 訊ねたのは孔蔵である。
 ふと宋十郎を見ると、なぜか宋十郎も足を止めていた。
 しかし宋十郎は、鳥居の上のものを見ているわけではないようである。
「やはり、宿を探そう。日が暮れる」
 何かを抑えたような、微かな苦みのある表情で、宋十郎が言った。
 くるりと体の向きを変えた宋十郎に向かって、孔蔵が声を掛ける。
「宋どの? え、何なんですか」
 篭はもう一度鳥居の上を見上げる。大きな影は消えていたが、先ほどの視線がまだどこからか彼らを見つめているのを、篭は感じた。
 宋十郎は、一人で来た道を戻って行く。
 その宋十郎を追おうとして、孔蔵が篭に向かって手招きした。
「何なんすか、もう。ほら篭どの、お宮参りは明日にしましょう」
 うんと頷くと、篭も踵を返し、彼を待っている孔蔵に追い付いた。

「何か、妙なものでも見たんですか」
 夕暮れ時の通りを歩きつつ、孔蔵が篭に問うた。
 話してもいいのだろうかと思いつつ、訊ねられたので、篭は抑えた声で答える。
「うん。さっきの鳥居の上に、でっかい人くらいの影がいたんだよ。あっちもこっちを見てるみたいだったから、気になったんだ」
 へえ、と孔蔵は頷く。
 坊主は、彼らの少し先を歩いている宋十郎の後頭部に目を遣りつつ、言った。
「宋どのにも、同じもんが見えてんのかな……」
 そう言いかけてから、孔蔵はごほんと大きく咳払いした。
「いえ、いえ、何でもないですよ。何でも」
 妙な孔蔵である。
 ふとその時、篭は隣を歩く孔蔵を見た。相変わらず坊主の周りには、鎧を纏っているかのように、影が揺蕩たゆたっている。
 彼は右手を伸ばすと、右手の平で、坊主の二の腕に触れた。
「いっ」
 じゅうと音を立てて彼の手の平が灼け、篭は声をあげた。
 孔蔵が大きく身を反らせる。
「おい、あんた何やってんだよ」
 右手を宙で振りながら、篭は言った。
「時間が経ったから、触っても大丈夫になったかもって思ったんだけど」
 孔蔵は眉を歪めて首を振る。
「んなわけねえだろう。ったく、何なんだよ、あんたらは」
 坊主がそう言った時、通りの向こうから、ばたばたと人が駆けてくる足音がした。
 見ると、町人風の若い娘が走っており、それを五人ほどの男が追っている。
 男の一人が娘に追いつき、その袖を掴んだ。振り切ろうとした娘と縺れ合い、二人は地面の上に派手に転んだ。後から追いついてきた男たちが取りついて、娘を地面に押さえ付ける。
 娘が叫んだ。
「嫌だ、死にたくない! 化物に食われて死ぬのは嫌だ!」
 悲痛な声が通りに響き、道行く人々が振り返るが、娘と男たちに近寄ってゆく者はいない。
 いや、一人いた。篭の隣を歩いていた孔蔵が、駆け足でそちらへ向かってゆく。
「孔蔵どの」
 宋十郎が言い、その後を追う。篭もそれに続いた。
「おい、汝ら、何をしておる」
 唸り声をあげて近付いてきた坊主を見て、男の何人かは目を丸くしたが、そのうち一人は気にも留めない風に言った。
「あんた他所者よそものだろう。関係ねえ話だ、ひっこんでな」
「なんだと」
 孔蔵が眉を怒らせる足元で、娘が叫ぶ。
「お坊さま、助けてください。この人たち、あたしを殺そうとしてるんです。あたし、化物の餌にされるんです」
「やかましい、黙ってろ」
 男の一人が娘に言うが、孔蔵には逆効果である。若い坊主はますます顔を怒らせて、五人の男を睨みつけた。
「おい、どういうことだ。この場で娘を離さないなら、説明してもらおうか。それもできないと申すなら、手荒くなるぞ」
 でかい坊主の目が虎のようになったのを見て、男の何人かがたじろいだ。
そこへ追いついてきた宋十郎が、間に入るように言った。
「孔蔵どの、暫し待たれよ。お前、化物と言ったな。一体、何が起きている」
 宋十郎の装いが明らかに侍であるのを見て、町人らしい男たちの顔がさっと青くなった。
「お、お侍さま。これにゃ、事情がございまして……」
 中でも年嵩の男が、歯切れ悪く言った。孔蔵が唸る。
「だから、その事情を聞かせろと言っている」
「では、こんな往来では何ですから……この近くにわたくしの家がありますから、そこへ行きましょう」
 年嵩の男が言ったことで、娘を取り押さえていた男たちがその手を離した。
 地面に押さえつけられていた娘は涙を流しており、頬についた砂が濡れて、泥のようになっている。
 あまりに気の毒な光景を見、衝撃に呆然としていた篭は、やっと我に返り、肘をついて立ち上がろうとしている娘に近寄った。
「大丈夫……?」
 声を出してはいけないことをまた忘れているが、篭はそう言って、娘に手袋の左手を差し出した。
 気の毒な娘は洟をすすりながら、腕を伸ばして彼の手を掴んだ。
 娘がよろめきながら立ち上がり、篭は、娘を押さえつけていた男と娘の間に入るように立った。
「では、案内してもらおうか」
 宋十郎の声を合図にしたように、娘を囲むようにした男たちの集団は、ぞろぞろと歩き始めた。

 年嵩の男は彼らを家へ連れてゆき、座敷に上がらせると、ことのあらましを説明した。
 駒兵衛こまべえというその男がしたのは、こんな話である。
 箕緒の町には、もう数百年の昔からこの土地に住む人々を見守ってきた神様を祀る社がある。付近で災いが起きるたび、人々は社へ祈りを捧げ、災厄を逃れてきたという。
 しかし数年前にこの辺りで病が流行した時、社に勤める神主が声を聞いた。
 声は、若い娘を巫女として差し出せば、その娘と引き換えに流行り病を鎮めるという。町の人々は悩んだが、続々と死病者が増える中で、町娘を一人選び出して柩に入れ、声の告げた通りに町外れの森の中に置き去りにした。果たして翌日の朝には柩は空になっており、暫くして流行り病は収まったという。
 それから声は年に一度、娘を要求するようになった。声は身代わりの娘を巫女と呼ぶが、柩に入れられた娘が戻ってきたことはない。
 宋十郎と孔蔵は黙ってその話を聞いていたが、男の話が途切れるなり、篭の隣に座っていた娘が涙声をあげた。
「あれは、神様なんかじゃない。神様が、生贄を要求したりするもんか。送られた女は、きっと皆死んでる。暗い柩になんか入りたくない。一人で死にたくないよ」
 娘の声に同調するように、孔蔵がいつになく低い声を発した。
「祟り神という言葉もあるだろう。祟るだけの神ならば、祓わんと埒が明かんぞ」
 宋十郎が、駒兵衛に訊ねる。
「巫女にする娘は、どのように選んでいる」
「若い娘としか言われないので、毎年くじで、町に住む娘を一人選んでいます」
「巫女を出せという要求を違えたことはあるか」
 男たちは顔を見合わせ、気まずそうにしたあと、駒兵衛が答えた。
「実は、一度だけあります。病の収まった翌々年に、やはり人身ひとみ御供ごくうはやめようと皆が言って、柩に生きた兎を何匹か入れて置きました。ですが、翌朝になって見てみると、柩の中には引き裂かれた兎の死骸が残っていて、また病が流行りました。娘を差し出すと、病は収まりました」
 決意を固めたように、孔蔵が唸った。
「よし、俺がそいつを祓ってやる。どこの妖魔か知らねえが、神様を騙るなんぞ、やっていいことと悪いことがある。今日居合わせたのも何かの縁に違いねえ。俺が今晩、その柩に入ってそいつと対峙する。娘子や兎なら殺せても、俺はただじゃやられんぞ」
 男たちも泣き顔の娘も、一斉に坊主に視線を向ける。男の一人が言った。
「本当ですか」
「もちろんだ、男に二言はない」
 孔蔵は胸を叩くが、そこで駒兵衛が言った。
「だが、ちょっと待て、このお方のがたいじゃあ、柩に収まらんだろう」
 別の男が、説明するように付け足した。
「余分の柩を作るには、数日かかります」
「なにい」
 眉を寄せた孔蔵の隣で、宋十郎が問う。
「空の柩を置いてはどうか。そして、孔蔵どのは木の影かどこか、少し離れたところから箱を見張るというのは」
 駒兵衛は、首を振った。
「実は、それも試しました。何度か町の若い者が、隠れて柩を見張ったのですが、柩の中身が娘であろうと空であろうと、見張りがいると神様は現れんのです。そうするとまた、病が流行りだします」
 うぬぬと、孔蔵が唸り声をあげた。
 男たちのやり取りを聞きつつ、篭は考えていた。
 喋っていいのだろうか。しかし、言わなければ伝わらない。
 篭は、おずおずと声をあげた。
「ええと、あの、じゃあ、おれがその柩に入るのは……?」
 部屋の者たちの視線が、一斉に彼の方を向いた。
 彼の隣に座っていた娘が目を見開き、「えっ」と声をあげた。
 困惑した様子で、駒兵衛が言う。
「た、確かにあなたさまなら、柩には収まりそうですが……」
 うっすらと眉間に皺を寄せた宋十郎が、呟くように言った。
「篭……、」
 喋るなと言っただろう。恐らくそれが言葉の続きだと、なぜか篭にはわかった。彼は首を竦める。
 しかし孔蔵はそんなことにもお構いなしで彼に訊ねる。
「篭どの、本気か? あんた、魔物退治なんぞしたことあるのか」
 すると、宋十郎が声をあげた。
「孔蔵どの、方策は私たちで話して決めよう。駒兵衛、奥の間などあれば借りてもよいか。あるいは、皆に外してもらえれば助かるのだが」
 駒兵衛は両手を畳の上に着くと、深く頭を下げた。
「もちろんでございます。お力をお借りできるなど、思ってもみませんでした」
 慌てて立ち上がった駒兵衛は、仲間の男たちと娘に声を掛け、ぞろぞろと部屋の外へ出て行く。
 最後に振り返った娘が、篭に向かって不安げな眼差しを送った。
 どうせ顔はほとんど見えないとわかりつつ、彼は娘に微笑みかけると、大丈夫だよと伝える代わりに、手を振った。
 孔蔵が襖を閉めると、まずは溜め息を吐いた宋十郎が、言った。
「……篭、苦労して扮装している意味がなくなるので、気をつけろ。悪ければ、狂人扱いされる」
 篭は頷きつつ、謝った。
「うん、ごめん……他に、思いつかなくて」
「私の袖を引いてもらえれば、部屋の外へ出て話すなど方法はある。まあ、その話はあとにするとして、お前はその、祟り神だか魔物だかを祓う気なのか」
 なるほど次からはそうすればいいのかと納得しつつ、篭は頷いた。
「うん。だってあの人、そうしないと殺されちゃうんだよね……? だったら、何かしたいよ。おれは自分も化物だし、斬られても治るし、多分、死なないし」
 すると、孔蔵が彼の隣でおおと声をあげた。
「篭どのあんた、かっこはそんなでも男だよ。俺は今、あんたを見直してるぜ」
 しかし宋十郎はすぐには頷かず、難しい顔をして、どこか宙を睨んでいた。
 その様子を孔蔵が怪訝そうに見つめ、大きな口を開きかけた時、宋十郎が言った。
「私が棺に入って、祟り神とやらと対峙する」
 開きかけていた孔蔵の口が、今度こそ開いた。
「あんたがやるんですか?」
「貴殿が無理でも、私なら柩には入れるのではないか」
 思わず、篭も宋十郎を見つめた。宋十郎は、今まで化物退治などしたことがあっただろうか。
 孔蔵も同じことを思ったらしく、言った。
「ですけど、あんた、祟り神なんぞ倒せるんですか」
「篭は確かに傷を負っても塞がるが、癒えた傷は黒くなって残る。恐らくそれは篭の体が魔物に近付いてゆくということであり、避けるべきだ。駒兵衛は、見張りがいる間はくだんの祟り神は現れぬと言っていたが、それなりに離れた場所で潜んでいれば問題ないのではないか。私が魔物と対峙して危険を感じたら大声で呼ぶので、孔蔵どのはいくらか離れた場所で、待機していてくれまいか」
 すると、孔蔵が何かを堪えたようにぐっと息を呑んだ。
「宋どの、あんたが本当はそういうお人だって、俺は知ってましたよ」
 宋十郎は微かに眉を動かすと、いつもとは何か違った目付きで、孔蔵を見つめた。
「……私が何と言おうと貴殿らがこの手の出来事を放っておけないことは十分学んだ。だとすれば、一刻も早くそれを片付けるしかあるまい」
 孔蔵は歯を見せて笑うと、剣士の背中をでかい手の平で叩いた。

 宋十郎が柩に入り、孔蔵が離れた場所で待機するという策を聞くと、駒兵衛や町の男たちは明らかに驚愕した様子だった。
「お侍さまが、自ら柩にお入りになるのですか」
 何をそう驚くのか篭にはわからないが、とにかく駒兵衛はそう言っていた。しかし明らかにほっとした様子でもあり、町の男たちは総出で協力すると申し出た。
 ただ、相手がどんな手合いかわからない現状で無闇に人手を増やすのも危険だそうで、孔蔵は街の若者を二人ほど選ぶと、何やら小さな道具を渡し、身を守るための簡単な呪文を授けていた。
 篭はというと、今回は留守番である。
「本当は、おれが行ったほうがよくないかな?」
 彼は一度ならず、宋十郎に訊ねた。宋十郎が怪我をするのは、自分が怪我をするより嫌だった。彼の傷はすぐに塞がるが、宋十郎はそうではない。剣士は着物の下に、既にいくつか傷を負っているはずだ。
「私が行く。理由は述べた通りだ。お前は私たちの戻りを待て。町の者に正体を悟られぬように」
 最後の部分は重要なのだろう、篭が訊ねた回数以上に、宋十郎はそれを繰り返した。喋るなというやつだろう。
 やむなく、篭は頷いた。



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