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6 私と彼女と石のつゆざむ
#5(β版)
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『ちなみに幟(のぼり)のクマちゃん、あれね実在するんだよ』
道すがら、紙袋を覗いて中身を確認していたワカは、ふと、先ほど店主と交わした会話を思い出す。
『O(オー)製薬のマスコットキャラクターで名前は……ザ・ベアー、性別はメス、15さい、ボーイフレンドなし、好きな色はすみれ色』
『あのクマは仕事熱心でね。街中の薬屋に自分とこの製品を補充してまわってるんだ。うちにも月に二回、営業と補充にやって来る』
店主は得意げにザ・ベアーについて語った。
(何をバカバカしいことを……あの店主、痴呆が始まっているのでは)
そんな風に下らない事を思い出しながら歩いているから、見知らぬ小道へ迷い込む。
小道の奥でワカを待ち受けていたのは小綺麗な神社であった。
(街中のオアシス的な雰囲気、嫌いじゃない、静かだし……)
ワカはふらりと境内に足を踏み入れた。古風な賽銭箱と小さな社、絵馬かけなどが設置されている、境内には他に参拝客の姿はない。
(地図がある……)
どうやらここは地元の氏神を祀る神社のようだ。
ワカは本殿の賽銭箱に小銭を投げ入れ、ゆっくりと手を合わせた。
(厄疫退散……!)
小道の奥でワカを待ち受けていたのは小綺麗な神社であった。
(街中のオアシス的な雰囲気、嫌いじゃない、静かだし……)
ワカはふらりと境内に足を踏み入れた。古風な賽銭箱と小さな社、絵馬かけなどが設置されている、境内には他に参拝客の姿はない。
(地図がある……)
どうやらここは地元の氏神を祀る神社のようだ。
ワカは本殿の賽銭箱に小銭を投げ入れ、ゆっくりと手を合わせた。
(厄疫退散……!)
目を瞑り、手を合わせ、一心に拝礼する。
「ずいぶんと熱心に祈願されとる」
どのくらいそうしていたのか、ふと声をかけられたワカは、ハッとして後ろを振り返った。
いつの間にかそこに二人の人影が佇んでいた。
「この辺の子じゃないね?」
人影は初老の男女で、二人とも時代劇映画から飛び出して来たような和装だった。
「顔は地味じゃが若い頃のあたいにそっくり」
婆が、ワカを興味深げに眺めながら言った。
「芸を仕込めば化けそうじゃのう」
爺が腕組みをしてニヤリとする。
「あの、いったい何のことでしょうか……」
ワカの声に警戒の色が混じる。
──これは怪しい、今すぐ逃げるべきだ、頭の中で警鐘が鳴り響く。しかし、動けない。二人が進路を塞ぐように立っているからだ。
パシン!、爺は、どこから取り出したのか扇子を開けたり閉じたりする。
それは、時代劇で悪代官が悪巧みする時の所作によく似ていた。
「さて。お嬢ちゃんはこの辺りが昔からの茶屋街だって事は知っとるかのぉ?」
「最近越してきたので詳しくは…」
「かつてこの地区には女郎屋があったんじゃ。その名残の店々が残っているのだよ」
「へー、そうなんですね」
ワカは適当に相づちをうつ。
「歴史の勉強になりました、それじゃあ、私はそろそろ…」
帰りが遅いと叱られるので……、そう言って、ワカは踵を返し立ち去ろうとした。だが。
「待たんかい!!!」
突然、婆が叫んだ。
「……実はうちの若い子が最近急にやめちゃってねェ、新しい子が中々見つからんで困っとったんよ~~、ちょうど良かった、うちの店で働かんかね?」
「いえ、結構です」
ワカは即座に断りを入れた。だが、
「オメカシしてお酌するだけだから」
「明るく楽しい職場だよぉ、最後まで面倒みるよぉ」
などと、二人はしつこく食い下がる。
「…ご覧の通り、私は未成年です、持病もある、悪いけど、他を、あたッ!」
パシン!ワカがその場を退散しようとした矢先、爺はワカの頬を閉じた扇子でうち据えた。
「……うん?なんかお前さん生意気だねぇ……わからせないと、わからないみたいだねぇ」
ワカは顔をしかめた。恐怖心よりも不快感の方が勝る。
「決めた、お前はしばらく店の地下蔵で教育してから店に出す」
「泣きわめいても無駄よ、こっちは年季が入っとりますけんね!」ははははは、ほほほほほ、黄昏時の神社の境内に男女の笑い声が響く。
(…わけがわからない…)
この二人は女郎屋の主人と女将なのか。もしくはタイムスリップして自分がそういう場所に紛れこんだのか。
後者ならば辻妻は合うが、どちらにしても嫌すぎる……。
「おや、急におとなしくなって、覚悟がついたのかい!?」
「アンタ、やったね!あたいらは金の卵をゲットしたよッ!!」
ははははは!、ほほほほほ!
押し黙ったワカを見て歓喜鼓舞する二人。
(頭痛くなってきた…あと吐き気も…)
ワカがうつむき、ため息を吐こうとした、その時だった。
(…あれ?)
突如訪れた沈黙にワカは混乱する。おそるおそる様子を伺うと、二人はひどく怯えた表情で境内脇、御神木の陰を凝視している。ワカもつられて視線を移す。
そこには着物姿の女性が立っていた。美しい姿だけれど様子がおかしい。
和服女は何の冗談か、山の洋館のトヨミ、町外れの灰色教会のジェミミと同じく、クロエに『瓜二つ』だった。
「「ひっ、ひいいいいいいッ!」」
老人達は女を見つめたまま、情けない悲鳴を上げ、後退りする。
そして、しまいには二人そろって一目散に退散していった。ワカは呆然と、その光景を見送った。
つづく
道すがら、紙袋を覗いて中身を確認していたワカは、ふと、先ほど店主と交わした会話を思い出す。
『O(オー)製薬のマスコットキャラクターで名前は……ザ・ベアー、性別はメス、15さい、ボーイフレンドなし、好きな色はすみれ色』
『あのクマは仕事熱心でね。街中の薬屋に自分とこの製品を補充してまわってるんだ。うちにも月に二回、営業と補充にやって来る』
店主は得意げにザ・ベアーについて語った。
(何をバカバカしいことを……あの店主、痴呆が始まっているのでは)
そんな風に下らない事を思い出しながら歩いているから、見知らぬ小道へ迷い込む。
小道の奥でワカを待ち受けていたのは小綺麗な神社であった。
(街中のオアシス的な雰囲気、嫌いじゃない、静かだし……)
ワカはふらりと境内に足を踏み入れた。古風な賽銭箱と小さな社、絵馬かけなどが設置されている、境内には他に参拝客の姿はない。
(地図がある……)
どうやらここは地元の氏神を祀る神社のようだ。
ワカは本殿の賽銭箱に小銭を投げ入れ、ゆっくりと手を合わせた。
(厄疫退散……!)
小道の奥でワカを待ち受けていたのは小綺麗な神社であった。
(街中のオアシス的な雰囲気、嫌いじゃない、静かだし……)
ワカはふらりと境内に足を踏み入れた。古風な賽銭箱と小さな社、絵馬かけなどが設置されている、境内には他に参拝客の姿はない。
(地図がある……)
どうやらここは地元の氏神を祀る神社のようだ。
ワカは本殿の賽銭箱に小銭を投げ入れ、ゆっくりと手を合わせた。
(厄疫退散……!)
目を瞑り、手を合わせ、一心に拝礼する。
「ずいぶんと熱心に祈願されとる」
どのくらいそうしていたのか、ふと声をかけられたワカは、ハッとして後ろを振り返った。
いつの間にかそこに二人の人影が佇んでいた。
「この辺の子じゃないね?」
人影は初老の男女で、二人とも時代劇映画から飛び出して来たような和装だった。
「顔は地味じゃが若い頃のあたいにそっくり」
婆が、ワカを興味深げに眺めながら言った。
「芸を仕込めば化けそうじゃのう」
爺が腕組みをしてニヤリとする。
「あの、いったい何のことでしょうか……」
ワカの声に警戒の色が混じる。
──これは怪しい、今すぐ逃げるべきだ、頭の中で警鐘が鳴り響く。しかし、動けない。二人が進路を塞ぐように立っているからだ。
パシン!、爺は、どこから取り出したのか扇子を開けたり閉じたりする。
それは、時代劇で悪代官が悪巧みする時の所作によく似ていた。
「さて。お嬢ちゃんはこの辺りが昔からの茶屋街だって事は知っとるかのぉ?」
「最近越してきたので詳しくは…」
「かつてこの地区には女郎屋があったんじゃ。その名残の店々が残っているのだよ」
「へー、そうなんですね」
ワカは適当に相づちをうつ。
「歴史の勉強になりました、それじゃあ、私はそろそろ…」
帰りが遅いと叱られるので……、そう言って、ワカは踵を返し立ち去ろうとした。だが。
「待たんかい!!!」
突然、婆が叫んだ。
「……実はうちの若い子が最近急にやめちゃってねェ、新しい子が中々見つからんで困っとったんよ~~、ちょうど良かった、うちの店で働かんかね?」
「いえ、結構です」
ワカは即座に断りを入れた。だが、
「オメカシしてお酌するだけだから」
「明るく楽しい職場だよぉ、最後まで面倒みるよぉ」
などと、二人はしつこく食い下がる。
「…ご覧の通り、私は未成年です、持病もある、悪いけど、他を、あたッ!」
パシン!ワカがその場を退散しようとした矢先、爺はワカの頬を閉じた扇子でうち据えた。
「……うん?なんかお前さん生意気だねぇ……わからせないと、わからないみたいだねぇ」
ワカは顔をしかめた。恐怖心よりも不快感の方が勝る。
「決めた、お前はしばらく店の地下蔵で教育してから店に出す」
「泣きわめいても無駄よ、こっちは年季が入っとりますけんね!」ははははは、ほほほほほ、黄昏時の神社の境内に男女の笑い声が響く。
(…わけがわからない…)
この二人は女郎屋の主人と女将なのか。もしくはタイムスリップして自分がそういう場所に紛れこんだのか。
後者ならば辻妻は合うが、どちらにしても嫌すぎる……。
「おや、急におとなしくなって、覚悟がついたのかい!?」
「アンタ、やったね!あたいらは金の卵をゲットしたよッ!!」
ははははは!、ほほほほほ!
押し黙ったワカを見て歓喜鼓舞する二人。
(頭痛くなってきた…あと吐き気も…)
ワカがうつむき、ため息を吐こうとした、その時だった。
(…あれ?)
突如訪れた沈黙にワカは混乱する。おそるおそる様子を伺うと、二人はひどく怯えた表情で境内脇、御神木の陰を凝視している。ワカもつられて視線を移す。
そこには着物姿の女性が立っていた。美しい姿だけれど様子がおかしい。
和服女は何の冗談か、山の洋館のトヨミ、町外れの灰色教会のジェミミと同じく、クロエに『瓜二つ』だった。
「「ひっ、ひいいいいいいッ!」」
老人達は女を見つめたまま、情けない悲鳴を上げ、後退りする。
そして、しまいには二人そろって一目散に退散していった。ワカは呆然と、その光景を見送った。
つづく
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